僕と彼女の、ブレインバックアップ

仲道竹太朗

僕と彼女の、ブレインバックアップ(脚本)

僕と彼女の、ブレインバックアップ

仲道竹太朗

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〇黒
  昨日の交通事故は、僕の彼女である玲奈を脳死に至らしめた。
  昨日のデートにおいては、駅での別れ際まで元気だった彼女。
  その後の、帰り道での出来事だったらしい。
  すでに家に帰り着いていた僕の元に、彼女の両親から電話でその不幸な事実を告げられた。
  僕が抱いた感情は、「ショック」や「後悔」の文字ではもはや語れなかった。
  ああ、どうしてもっと一緒にいてあげられなかったんだろう。
  彼女の両親から明日改めて入院先に来るように言われたけれど、その無念の気持ちでその夜は一睡も出来なかった。

〇総合病院
  翌朝、電話で指定された時間に病院に向かうも、僕の足取りは重かった。

〇病室の前
  移動までの電車のことや、受付のことは覚えていない。
  気がつけば、「咲頼玲奈様」のネームプレートがある病室のドアに前にいた。
  一刻も早く彼女に会いたい。
  しかし、すでに居るだろう両親の前でどのような顔をすれば?
  そのような複雑に絡み合った思考のまま、僕はドアをゆっくりと開く。

〇病室
  玲奈はベッドで、とうとうと眠っていた。
  脳死だけあって、呼吸器のマスクが曇っていることがわかる。
  彼女の傍に、両親がいた。
  18歳の玲奈を持つにしては、まだ若いと思う。
玲奈の父「君が、大城祐司くんだね?」
  父親の方が僕に気づき、声をかけてきた。
  僕がすることはただ一つ。
  深々と頭を下げることだけだった。
祐司「この度は誠に申し訳ありませんでした! 僕が最後まで付き添っていれば・・・」
  謝罪の言葉を言った時、自然と涙が溢れてくるのを自分で感じた。
  18歳にもなって、こんな姿はみっともないな。
  彼女の両親の方が僕より数倍泣きたいだろうに。
玲奈の母「あなたのせいじゃないわ。泣かないで。 玲奈は助かるから」
  ・・・?
祐司「・・・今、なんと?」
  彼女の母ははっきりと言っていた。玲奈は助かると。いつの間にか涙が止まる。
玲奈の父「秘密なんだが、玲奈には、『ブレインバックアップ』を施してあるんだ」
  どうりで両親が希望が残っている顔をしているはずだった。
  ブレインバックアップは聞いたことがある。文字通り、人間の脳情報を保存できる医療技術だ。
  最近脳情報をコピーできる「ブレインメモリー」が開発されてから、いざという時のためにバックアップを取る人が増えた。
  脳死はもちろん認知症にも効果があるらしい。バックアップしたメモリーの悪用防止のため、家族以外には秘密が原則だった。
  幸いにも玲奈のバックアップメモリーは健在。脳を専用の機器につなぎ、脳情報を復元できれば、彼女の記憶が戻る。
  そのことを聞いた僕はまるで希望の光が見えた心地になった。

〇近未来の病室
  玲奈は専用の治療室のベッドに運び込まれ、彼女の脳を囲むように機械がセットされた。
  機械にバックアップの入ったメモリースティックが差し込まれ、主治医がスイッチに手をかける。
主治医「準備はよろしいですね? では、参ります」
  脳に負担をかけるので、100%成功するとは限らない。
  僕と両親は、神に祈るしかなかった。
  カチッと、スイッチが押され、機械が起動した。
  そして、5分もかからずに復元完了のランプがつく。
  そして彼女は・・・
  目を開いた。
玲奈「ママ・・・? パパ・・・?  どうしたのこんなところで?」
  それを聞いた両親が、涙を流す。主治医が安堵の表情を浮かべる。
  脳の復元は大成功だった。
  僕もほっと胸を撫で下ろした。
  最新医療に、死ぬほど感謝の念を叫びたい。
祐司「玲奈! 僕だ。祐司だ」
  僕はベッドに駆け寄り、喜びいっぱいに呼びかけた。
玲奈「・・・」
玲奈「あなたは、誰?」
  彼女はしばらく僕の顔を見た後、きょとんとしてそう発した。
祐司「・・・え?」
  一瞬で頭が真っ白になった。なぜか、玲奈は僕のことを覚えていなかった。
主治医「もしや・・・」
主治医「祐司さん、あなたが彼女に出会ったのはいつぐらいでしょうか?」
  先程とはうって変わって静まり返った病室で、主治医が意味ありげに聞いてきた。
祐司「半年前・・・ですが?」
  主治医はやはり、と言わんばかりのため息をついて言った。
主治医「脳のバックアップはその容量の大きさから1年に一回のスパンでしか行えないのです」
主治医「前回のバックアップがほぼ一年前。 前回のバックアップ後にあなたたちは出会った」
主治医「よって、彼女はあなたのことを・・・」

〇黒
祐司「嘘だろ・・・」
  ここまできたのに、彼女は結局覚えていない悲しみ。思わず言葉が漏れてしまうほど、僕は絶望に打ちひしがれた。
  そうか、僕との思い出は、すべて無くなってしまったんだな・・・
  もう、僕たちは他人同士。
  僕の目頭が、再び熱くなっていく。
  ・・・
  そんな中、僕の肩が叩かれる感触があった。

〇近未来の病室
玲奈の父「君にはどう言葉をかけたらいいか・・・」
  それは、玲奈の父だった。
玲奈の父「でも大丈夫。これから新しい玲奈を一緒に支えてはくれないか。私達も手伝うから」
  その言葉で、僕は目が覚めた。
  そうだ、壊れたらまた新しく作り直せばいいんだ。泣いている暇なんてない。
  僕はさっきまで出かけた涙を拭う。
  新たな決意で、玲奈に手を差し伸べた。
祐司「僕と改めて、付き合ってください。 もう、君を不幸になんかしない」

〇朝日
  玲奈の笑顔も取り戻す。
  いや、それ以上のものにしよう。

コメント

  • 悲しい中にも希望があるお話ですね。
    もう一度恋をすることを選択したのは間違いではないと思います。
    もう一度新しい「二人の思い出」ができるといいですね。

  • 切ない悲しいストーリーですが、生きている限り別れは付きまといますよね。いい解決策があれば、皆が悲しまなくてすむ世界ができる、色々と考えさせられました。

  • こういう医療技術の発展は本当に待ち遠しいですね。彼らは半年の付き合いだったけれど、長年連れ添った夫婦や家族だとしたら、それは計り知れない損害です。どうかもう一度二人の間に温かい風が吹きますように。

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