二階堂ちづるの冒険 完(脚本)
〇ファミリーレストランの店内
ファミリーレストラン さざなみ
小高い丘店
おさげ髪に眼鏡の少女と
体格のわりに幼い顔立ちの少年が向かい合って座っている
二階堂ちづる「私、ツーリングが趣味なのよ」
アキラ「へー、いいなあ オレも高校生になったらバイクの免許取りてえなあ」
二階堂ちづる「それでこの夏、宮沢賢治の史跡巡りに行ってきたのよ」
普段は無口なちづるが
相席している中学生が妙に人懐こいのかやけに饒舌だ
アキラ「銀河鉄道の夜だっけ?小学生の時に読んだな」
二階堂ちづる「そうね それで私、「台川」っていうエッセイの舞台に行ってきたのよ」
アキラ「それって面白いの?」
二階堂ちづる「読まなくてもいいわ、私が読んでおいてあげたから」
ちづるは先をつづけた
二階堂ちづる「国道297号線を西へ向かうと野暮ったい温泉街につくんだけど」
二階堂ちづる「その温泉街には入らずに左のわき道にそれるの」
二階堂ちづる「その先には温泉病院があるんだけど その途中に台川への入り口があるの」
そう言うとちづるは紙ナプキンを取り出し地図を描き始めた
アキラ「お姉さんは絵がへたくそだね」
二階堂ちづる「いいのよそんなことは」
二階堂ちづる「それで、バイクを温泉病院の駐車場に止めて歩いて入り口に向かったわ」
二階堂ちづる「温泉までの道中は野暮ったい田んぼが敷き詰められた農道なのだけど」
二階堂ちづる「階段を降りるとそこには別世界が広がっていたの」
二階堂ちづる「苔むした林道に日差しが差し込んで 夏なのにひんやり涼しい」
二階堂ちづる「澄んだ空気を思いっきり吸い込んで 私は先へと進んだわ」
アキラ「へえ、行ってみたいなあ」
二階堂ちづる「でもね、出るのよ」
アキラ「なにが?」
二階堂ちづる「クマが」
二階堂ちづる「少し先へ行くと看板があってね クマが出ます、クマよけの鈴を鳴らしてくださいって書いてあるのよ」
アキラ「それは怖いな・・・ それで、お姉さんどうしたの」
二階堂ちづる「ここまでの道中を考えたら先へ進むしかないじゃない」
二階堂ちづる「肌が粟立つのが林道の涼しさのせいなのか クマが出ると知った恐怖のせいなのか わからなかったけれど とりあえず進んだわ」
二階堂ちづる「少し進むとまた立て看板」
二階堂ちづる「やっぱりクマが出てくるのね 熊よ、出てこないでって思いながら鈴を鳴らしたわ」
二階堂ちづる「そんな看板が4、5本立ってたかしら」
二階堂ちづる「急に視界が開けて滝が目に飛び込んできたのよ 私、その滝を見て ああ、ここに来てよかったって思ったの」
アキラ「おれもみてみたいなぁ」
二階堂ちづる「そんなに大した滝じゃないのよ」
二階堂ちづる「でもね、こんな野暮ったい温泉街にね こじんまりとした神秘的な空間があるって思うとね それはそれでいいものだったのよ」
アキラ「・・・」
アキラ「お姉さんにバイクの免許の取り方について相談があるんだけど・・・」
二階堂ちづる「この話にはまだ続きがあるの・・・」
二階堂ちづる「私は立て看板を読んだり、写真を撮ったりしながら滝まで向かったから」
二階堂ちづる「後ろから女性の二人組、前から男女の老夫婦とすれ違ったの」
二階堂ちづる「前から人が来たってことはまだ先があるってことでしょ?」
アキラはうなずいた
二階堂ちづる「先へ行ってみると周りの景色とは溶け込みようのない 無骨なコンクリートの橋が架かっていたの」
二階堂ちづる「興ざめした私は来た道を引き返して バイクにまたがると駅前のビジネスホテルへ向かったの」
アキラ「え?それだけ?」
二階堂ちづる「そうよ、着の身着のままでホテルのベットへ倒れこんだわ」
二階堂ちづる「旅の疲れから解放された私はあることに気が付いたの」
二階堂ちづる「賢治って戦前の生まれじゃない?」
アキラ「そうなの?」
二階堂ちづる「だから、賢治の時代には滝までの道はいまほど整備されていなかったと考えられるわけ」
二階堂ちづる「わざわざ学生たちとフィールドワークに出かけたぐいだし」
二階堂ちづる「それで・・・戦後に建てられたと思われる建造物を取り除くと・・・」
ちづるはナプキンに書いた地図にバツ印を描いた
アキラ「ああ、滝で行き止まりになるのか」
二階堂ちづる「そうなの」
二階堂ちづる「それで、当時から滝までの道中 クマよけの鈴を鳴らしながら進む習慣は 今と同じだったとするじゃない」
二階堂ちづる「そうすると、袋小路で待ち構える熊に これから御馳走が来ますよって 教えることと同じにならないかしら」
アキラ「うーん、そうかな? 結局熊とは出会わなかったんだろ?」
二階堂ちづる「そうよ、私が出会ったのは人間だけ」
二階堂ちづる「でもね、私は自分が鳴らした鈴の音しか聞いてないのよ」
二階堂ちづる「それで、すれ違った4人はクマを恐れない人 つまり、地元の人間なんじゃないかと思ったの」
アキラ「鈴を鳴らすとクマが来る、だから鳴らさなかったってこと?」
二階堂ちづる「そうよ」
アキラ「でもさ、それじゃお姉さんが食べられちゃうじゃない」
二階堂ちづる「そうね、だから前と後ろから4人の地元の人がきた」
アキラ「大人数なら熊は寄ってこない・・・」
二階堂ちづる「そう、だから賢治は少人数で鈴を鳴らしながら袋小路にやってくる観光客を 御馳走に例えて物語を作ったんじゃないかと思ったの」
アキラ「ああ、山猫ってのは実は熊ってわけ?」
二階堂ちづる「そうね」
アキラ「まあ、憶測の域は出ないね」
二階堂ちづる「そうよ、だからこの話はあなたにしかしてないの」
「注文の多い料理店」がモチーフだったんですね。宮澤賢治の世界観を味わうためのツーリングって憧れちゃう。見た目と裏腹に相手に有無を言わせぬちづるの強引な語り口と聞き役アキラの何も考えてなさそうな絶妙な力の抜け具合がいいコンビネーションでした。タイトルもしゃれてますね。
ホラー?ミステリー?読み終わったあとも、なんだか心地よく不気味な残照感を心に残す作品だったよ。コンクリートの橋って、それまでの自然の描写とは明らかに人工的だし、そこから先はこの世に存在しない世界?行ったら二度と戻ってこられない場所?と、想像しては勝手にゾゾゾ…と鳥肌。登場人物の女の子と純粋そうな男の子だからこその、女の子が語るギャップが面白いのよ。話の全貌が気になる…
クマよけの鈴って付けなきゃ熊に襲われると、付けると熊が寄ってくると、2パターン言われますよね。
どっちが正しいのでしょうか…、と気になり始めちゃいました。