読切(脚本)
〇高い屋上
椿谷 雪野「ねえ、知ってる? 明日、世界は滅びるんだよ」
10月31日。
気温17℃、晴れ。
私を屋上に呼び出した同級生は、
誰もが見惚れるくらいの綺麗な微笑みで、
世界の終焉を宣告したのだった。
椿谷 雪野「あはは。向坂さん、困ってるね」
向坂 日葵「いや、だって・・・」
当たり前だ。
誰だって突然呼び出されて、そんなことを言われれば困惑する。
それに、椿谷くんは朗らかな人ではあるが、
突拍子もない冗談を言って誰かを困らせるような人物ではない。
だからこそ、余計に訳が分からなかった。
椿谷 雪野「信じられなくてもいいからさ。 僕の話、聞いてくれる?」
向坂 日葵「えっ、あ、まあ・・・うん」
椿谷 雪野「ありがとう」
椿谷 雪野「今まで誰にも言ってこなかった秘密だから、話すの緊張するなぁ」
椿谷くんが話してくれたことは、
端的にいうとこうだ。
生まれてくる時に星の声を聞いた彼は、
ある二つのことを知っている。
一つ、明日11月1日に、地球は滅びること。
二つ、彼は世界を救う救世主であること。
改めて聞いても、荒唐無稽な話だ。
椿谷 雪野「信じられなくてもいいよ」
椿谷 雪野「でも、本当のことだから」
ただ、彼が嘘で私をからかおうとしている
ようにも見えなくて。
心から信じられる訳じゃないけれど、
一旦受け入れることした。
椿谷 雪野「・・・向坂さんは、生きていたいって思う?」
向坂 日葵「うーん・・・」
向坂 日葵「生きていたいかは分からないけど、 死にたくはないかな」
椿谷 雪野「それは、どうして?」
向坂 日葵「痛かったり苦しかったりみたいなのは 怖いから・・・」
椿谷 雪野「そっか。そうだよねえ」
椿谷 雪野「・・・うん、僕もそうだな」
向坂 日葵「・・・・・・」
向坂 日葵「椿谷くん」
椿谷 雪野「ん?何?」
向坂 日葵「なんで私に、こんなこと教えてくれたの? 誰にも言っていない秘密なんでしょ?」
椿谷 雪野「それは・・・・・・」
私達は友達ではないし、
特別仲が良いわけでもない。
唯一の繋がりといえば、去年同じクラスで
学級委員を一緒にやっただけ。
その時でさえ、仕事以外の話は
ほとんどしていなかったはずだ。
少し間が空いてから、彼は口を開いた。
椿谷 雪野「君のことがお気に入りだから、かな」
向坂 日葵「お気に入り」
椿谷 雪野「って、あーあ、これも僕の秘密だったのに、うっかり話しちゃったなー!」
向坂 日葵「・・・それって」
どういう意味、と聞こうとした。
途端、屋上に一際冷たい風が吹き込む。
向坂 日葵「うっ、寒い・・・」
椿谷 雪野「ああ、ごめんね」
椿谷 雪野「ここは冷え込むし、最近暗くなるのも 早いから、もう帰りなよ」
椿谷 雪野「今日は来てくれてありがとう」
向坂 日葵「じゃあ、そうしようかな」
彼が世界を救うのならば、
秘密のお気に入りの意味は明日聞けばいい。
屋上の出口に向かい、ドアに手をかけた時。
椿谷 雪野「向坂さん!」
呼びかけられ振り向くと、何かが真っ直ぐ
こちらに放り投げられている。
慌てて手の中に収めると、
それはりんご味の飴玉だった。
椿谷 雪野「今日のお礼!と、いつかのお返し!」
そういえば、前に学級委員の仕事中に、
彼に同じ味の飴玉をあげたことがあったな。
確かあったはずとポケットを弄って、
出てきたのはぶどう味の飴玉。
彼と同じように放り投げたそれは、
変な方向に曲がってしまったが、
椿谷くんは器用にキャッチしてみせた。
向坂 日葵「応援の気持ち!救世主さま、がんばってね!」
向坂 日葵「また明日!」
〇高い屋上
バタン。
彼女が行ってしまった。
貰った飴玉を口にすると、
芳醇で濃厚なぶどうの香りが広がる。
椿谷 雪野「『また明日』か・・・」
僕には、まだ隠し事があった。
どうやって世界を救うのか。
星の声に教えてもらったその方法は、
僕が消えること。
僕という存在と引き換えに、
世界は救われる。
死ぬのではなく、消えるのだ。
きっと、今日屋上で話したことも、
明日になれば彼女の記憶から消えるだろう。
彼女の言う『また明日』は、
永遠に訪れない。
僕の運命は、生まれた時から二つしかない。
僕ただ一人が消えるか、
僕を含めた世界中の全生物が死に絶えるか。
理不尽だと思うし、
世界のために消えるなんて自己犠牲、
本当はしたくないのだけど。
僕の人生は、どの道17年で終わりなのだ。
それならば。
椿谷 雪野「怖いけど、君のことを守ってあげられるのが僕でよかった」
椿谷 雪野「・・・・・・」
椿谷 雪野「はじめて、好きな子とあんなに話せたなあ」
〇高い屋上
口に残る甘さに、少しだけ勇気をもらって。
明日、名もなき救世主は降臨する。
〇空
11月1日。
気温14℃、晴れ。
〇学校の廊下
少女は、屋上に早足で向かっていた。
〇階段の踊り場
今まで屋上に行ったことは一度もないのに、
何故かそうしなければならないような焦燥感があった。
〇高い屋上
バタン。
屋上には、誰もいない。
酷い喪失感に襲われた気がして、それを
ごまかそうと、荒げた息を整えないままに
ポケットの中に入れていた飴を食らった。
口いっぱいに広がるすっきりとした甘い香りを思いっきり吸い込んで、はてと疑問に思うこと一つ。
向坂 日葵「私が持ってたの、りんご味だったっけ・・・」
高い秋空の下、こぼした小さな声は
誰にも届かない。
飴を投げて受け取ったり,飴を味わいながら考えに老けたりするシーン等,言葉巧みに表現されており,クオリティーの高さを感じました。
楽しく最後まで拝見させて頂きました。二人の会話が、何だか優しくて心が温まりました。もう少し、読んでいたい、そんな気分になったストーリーでした。
あら、本当に消えちゃった。ちょっぴり悲しくて切なくて、でも彼女を守るために彼が自ら望んで選んだ結末だから、これでよかった涙。ふたりの淡い恋を覗き見させてもらった気分です。儚いからこそ美しい。