〇白いアパート

〇アパートの玄関前
本間 大河？「休みの日にごめんね」
早瀬 悠「気にしないで」

〇シンプルなワンルーム
本間 大河？「どうぞ」
早瀬 悠「お邪魔しまーす」
本間 大河？「死んでから家に招待することになるとはね」
早瀬 悠「ほんと、生きてるうちに 呼んでくれたらよかったのに」
本間 大河？「ははっ」
早瀬 悠「なに？」
本間 大河？「そういう軽口を叩いてくれるようになって 良かったなと思って」
早瀬 悠「だって・・・」
早瀬 悠「考えても分からないことだらけだし、 開き直った方が楽かなって」
本間 大河？「悠ちゃんらしい」
早瀬 悠「でも、おじさんたちの前では 大和として接するからね」
本間 大河？「悠ちゃん、大和が相手の時と 大河が相手の時で態度違うの？」
早瀬 悠「そういうわけじゃないけど・・・」
早瀬 悠「あ、ほら！ 恋人にしか見せない表情ってあるじゃん？」
本間 大河？「例えば？」
早瀬 悠「例えばって・・・」
早瀬 悠「うーん」
早瀬 悠「キス顔とか！」
早瀬 悠「ははっ、なんちゃって──」
早瀬 悠「・・・大河？」
本間 大河？「その顔なら、俺も知ってるけどね」
早瀬 悠「えっ・・・？」
早瀬 悠「何言って──」
早瀬 悠「キャッ」
　　大河に肩を押されてベッドに倒れ込むと、そのままシーツに押さえ付けられた。
早瀬 悠「大河・・・？」
本間 大河？「だって、悠ちゃんの ファーストキスの相手は『俺』でしょ？」
早瀬 悠「え？」
本間 大河？「中学生の頃、二人でドラマのキスシーンを見た時に、『キスってどんな感じなんだろう』って悠ちゃんが言いだして・・・」
早瀬 悠「待って、どうして大河が知ってるの？ だってあれは────」
早瀬 悠（あの時、一緒にドラマを見ていたのは 大和だったはず・・・）
本間 大河？「だってあれは──」
本間 大河？「あの時、悠ちゃんと一緒に ドラマを見ていたのは『俺』だから」
本間 大河？「あの時、悠ちゃんとキスしたのは 『俺』だからだよ」
早瀬 悠「大河、だったの・・・？」
早瀬 悠「嘘・・・」
本間 大河？「嘘じゃない」
本間 大河？「『花とガラスの君』ってドラマだよね」
本間 大河？「主人公が花屋の店員で、相手役は──」
早瀬 悠「やめて！　嘘よ・・・嘘!!」
早瀬 悠「だって、だって──ッ」
早瀬 悠（私は、あのファーストキスがきっかけで 大和を好きになったのに・・・!!）
本間 大河？「勘違いしたのは悠ちゃんじゃないか」
本間 大河？「結局、悠ちゃんも、大和と大河の 見分けがついてなかったんだ」
早瀬 悠「そんな・・・」
早瀬 悠「──ッ!?」
　　吐息をはくために開いた口が、噛み付くようなキスで塞がれる。
早瀬 悠「──んっ、ぅ・・・!!」
　　大河の胸を叩いて抗議しても、聞き入れては貰えなかった。
　　のしかかられて身動きが取れずにいると、服の下に手が伸びる。
早瀬 悠「──やめてっ!!」
早瀬 悠「ちょっと待ってよ・・・おかしいよ」
早瀬 悠「どうして、こんなこと・・・っ」
本間 大河？「どうしてって──」
本間 大河？「・・・ッ」
早瀬 悠「大河？」
本間 大河？「あっ、く・・・っ」
早瀬 悠「頭痛いの!?」
早瀬 悠「どうしよう!?　救急車呼ぶ!?」
本間 大河？「大丈夫・・・」
早瀬 悠「でもっ」
本間 大河？「大丈夫だから・・・」
早瀬 悠「大河・・・っ」
本間 大河？「・・・・・・・・・」
本間 大河？「・・・ごめん、もう落ち着いたよ」
早瀬 悠「本当に？」
本間 大河？「うん」
本間 大河？「さっ、早く荷物片付けよーぜ」
早瀬 悠「えっ・・・」
本間 大河？「どうしたの？」
早瀬 悠「さっきの、話は・・・」
本間 大河？「・・・・・・」
本間 大河？「その話はもういいよ」
早瀬 悠「よくない！」
本間 大河？「・・・よくないって言ったって、 それで何かが変わるわけじゃないじゃん」
本間 大河？「──さて！」
本間 大河？「この服はもう着ないな。 あっちのはどうしよう・・・」
本間 大河？「あ、欲しい物があれば持って行っていいから」
早瀬 悠「大河っ!!」
早瀬 悠「・・・・・・・・・」
早瀬 悠「何よ、もう・・・」
早瀬 悠（あの時──キスした時・・・）
早瀬 悠（大和の名前を呼んだ私に、 自分は大河だって言わなかったじゃない）
早瀬 悠（見分けられなかった私が悪いの？）
早瀬 悠（見分けられなくて傷付けてしまった？ でも、どうして今になって怒ってるの？）
　　切り上げられた会話に、罪悪感だけが残された。

〇黒

〇オフィスビル

〇オフィスのフロア
早瀬 悠「はぁ・・・」
上川 さゆり「あらまあ。お疲れですねぇ」
早瀬 悠「上川さぁ〜ん」
上川 さゆり「ありゃ、どしたの？」
早瀬 悠「土曜日、彼氏の手伝いに 行ったんですけど──」
上川 さゆり「あー、待った待った」
上川 さゆり「その話、長くなりそうだから 夜飲みながらにしない？」
早瀬 悠「月曜から飲みですか」
上川 さゆり「今日は旦那が夜勤でいないのっ」
上川 さゆり「付き合って？」
早瀬 悠「分かりました」
高橋 慶介「あっ、俺も行くー！」
早瀬 悠「高橋くん」
上川 さゆり「えー、あんたは誘ってませんけどぉ」
高橋 慶介「たまにはいいじゃないっすか」
上川 さゆり「早瀬さんがいいならね」
早瀬 悠「まぁ、いいですけど・・・」

〇オフィスビル

〇居酒屋の座敷席
高橋 慶介「──えーっ!?」
高橋 慶介「その彼氏やばくね？　大丈夫？」
早瀬 悠「分かんない」
早瀬 悠「もうなにもかも分かんないぃーっ」
上川 さゆり「だから早く病院連れてけって言ったのに」
早瀬 悠「それがなかなか難しくて・・・」
上川 さゆり「どうしたものかねぇ」
高橋 慶介「一回別れてみたらどーだ？」
早瀬 悠「別れる!?」
高橋 慶介「だって、早瀬が付き合ってんのは 兄の大和ってほうなんだろ？」
高橋 慶介「でも今は、中身が弟の大河ってほう ・・・と、本人は言っている」
早瀬 悠「うん」
高橋 慶介「外見が同じだとしても、 中身が違えば別人じゃん？」
早瀬 悠「それはそうなんだけど・・・」
上川 さゆり「性格も似てたりするの？」
早瀬 悠「いえ・・・」
早瀬 悠「どちらかというと大和のほうが落ち着いていて、大河のほうがおちゃらけてる感じですね」
上川 さゆり「だったらいいじゃない」
上川 さゆり「これで性格まで似てたら 迷っちゃうかもしれないけど」
早瀬 悠「えっと・・・」
高橋 慶介「早瀬は何をそんな渋ってんだ？」
早瀬 悠「それは・・・その・・・」
早瀬 悠「私が最初に好きになったのは、 実は大河だったかもしれなくて・・・」
上川 さゆり「カーッ、そうきたか！」
高橋 慶介「なにが問題なんだ？」
上川 さゆり「複雑な乙女心ってやつよねぇ」
高橋 慶介「分かんねぇ〜」
早瀬 悠「私のせい・・・なのかな・・・」
早瀬 悠「私が、二人を見分けられなかったから」
早瀬 悠「だから二人はこんなことに・・・」
上川 さゆり「それは違うでしょ！」
上川 さゆり「そもそも、中身が本当に 大河くんだなんてこと──」
早瀬 悠「私は・・・私だけは、二人を見分けられると思ってたのに・・・！」
早瀬 悠「うぅっ」
早瀬 悠「うわぁ〜ん!!」
上川 さゆり「ありゃー・・・飲ませすぎちゃった？」
高橋 慶介「こいつもストレス溜まってるんですね」
上川 さゆり「でも、さっきの高橋くんの案」
上川 さゆり「一回別れてみるっていうのは ありだと思うよ」
上川 さゆり「少し距離を取って、お互い考える時間も必要なんじゃない？」
高橋 慶介「ショック療法になるかもしれないしな」
上川 さゆり「はは、それはいいね」
早瀬 悠「そっか・・・」
早瀬 悠「そうですね」
早瀬 悠「そうします!!」
早瀬 悠「よし!!」
上川 さゆり「え、ちょ・・・もう送ったの!?」
早瀬 悠「はい!!」
早瀬 悠「『別れよう』と送りました!!」
高橋 慶介「仕事が早い!!」
上川 さゆり「早すぎるわ!!」
早瀬 悠「返事が・・・」
高橋 慶介「何だって？」
早瀬 悠「『迎えに行く、今どこ？』 ──とのことです」
上川 さゆり「えっ、大丈夫なの!?」
高橋 慶介「まぁ、直接会って話したほうが 真意が伝わるんじゃないですかね？」
上川 さゆり「酔っ払いが真意を語れると思う？」
早瀬 悠「お任せあれ!!」
上川 さゆり「不安・・・」

〇寂れた雑居ビル
上川 さゆり「本当に大丈夫？」
早瀬 悠「だいじょーぶですっ」
高橋 慶介「上川さん、電車はあっても終バス早いでしょ？　俺が一緒に待ってますから」
上川 さゆり「ごめん、助かる」
上川 さゆり「何かあったらすぐに連絡ちょうだい」
高橋 慶介「昼ドラじゃあるまいし、 いきなり修羅場にはなんないでしょ」
上川 さゆり「それもそうか。 じゃあ、また明日ね」
高橋 慶介「おつかれっしたー」
高橋 慶介「さてと」
高橋 慶介「おーい、早瀬ー？」
早瀬 悠「はぁーい！」
高橋 慶介「ご機嫌かよ」
高橋 慶介「彼氏、いつ着くって？」
早瀬 悠「えーっとぉ・・・」
本間 大河？「悠ちゃん・・・!!」