裏色一家(脚本)
〇銀座
かのこ「さて──」
かのこ「誰にしようか・・・」
かのこ「わっ」
ぶつかってきた男「おっと」
ぶつかってきた男「気を付けたまえ」
かのこ「相済みません」
ぶつかってきた男「まったく・・・」
かのこ「フンッ」
かのこ「そっちこそ『気を付けたまえ』」
かのこ「・・・やった、思ったより入ってる」
焰「かのこ!」
かのこ「姐さん」
焰「盗ったばかりの物を すぐに広げる奴があるかい」
焰「今日はあたしの技を見るために ついて来たんだろう」
焰「あんたにゃまだ早いよ」
かのこ「でもバレなかったよ?」
焰「そりゃ運が良かっただけさ」
焰「帰るよ」
かのこ「え、姐さんの仕事は?」
焰「もう終わったよ」
かのこ「えぇーっ」
かのこ「もう一度やって」
焰「お断りだね。余所見してたあんたが悪い」
焰「まぁ、見たって分かりゃしないさ」
焰「あたしの指さばきは天下一品だからねぇ」
焰「そうだ、甘いものでも食べて帰ろう」
かのこ「それって姐さんの奢り?」
かのこ「なら早く行こっ!」
焰「現金な娘だね、まったく・・・」
〇屋敷の門
〇大きな日本家屋
かのこ「おいしかったぁ」
焰「そりゃ、人のおあしで食べる甘味はおいしいだろうさ」
那由多「おえん姐さん!」
那由多「よかった、探しに行こうかと思っていました」
焰「何かあったのかい?」
那由多「それが・・・」
〇古風な和室(小物無し)
辰吉「──だから、信じてくだせえって親分!!」
是成「しかし、お前にそっくりじゃねえか」
是成「坊、名前は?」
辰治「辰治!」
辰治「おっちゃんは?」
辰吉「こら!」
是成「はは、私は是成だよ」
是成「名前までそっくりたぁな」
辰吉「偶然ですってぇ」
かのこ「辰兄の隠し子が来てるって本当?」
かのこ「わ、そっくり!」
焰「これ!」
是成「二人ともおかえり」
是成「辰治というそうだ」
かのこ「私、かのこ。よろしくね」
焰「辰吉にこんなおっきい子がいたとはねぇ」
焰「いくつなんだい?」
辰治「数えで十!」
焰「そうかい」
辰治「姉ちゃんは?」
焰「秘密」
辰治「えぇーっ」
かのこ「おえん姐さんに年齢の話はご法度だよ」
かのこ「この中できみと年齢が近いのは 十五の私と──」
かのこ「十七の那由多兄」
那由多「どうも」
辰治「みんな兄弟なの?」
「えっ?」
辰治「だって、姉やとか兄やって呼んでるから。 ・・・違うの?」
那由多「違うとも言い切れないけど・・・」
是成「それで、辰。 母ァはどこの誰なんだい」
辰吉「本当に身に覚えがねえんですよ」
辰吉「俺が親分に嘘吐いたことがありますかい?」
是成「はは、からかいすぎたか」
辰吉「勘弁してくだせえ」
辰吉「・・・大方、親に捨てられたんでしょう」
辰治「違うっ!!」
辰治「おっ母はそんなこと・・・」
辰治「ひっ、ぐすっ・・・」
是成「おっ母は、他に何て言ってた?」
辰治「ここに来れば、裏色の親分さんに気に入ってもらえれば、食いっぱぐれることはないって」
是成「・・・そうかい」
是成「ここにいたいか、坊主?」
辰治「・・・うん」
是成「分かった」
是成「それなら、お前はこれからたんと修業をして、立派な職人にならなきゃならねえ」
辰治「職人・・・?」
是成「ああ、今日からお前は 盗人集団『裏色一家』是成の子分だ」
辰治「裏色一家・・・」
〇古風な和室(小物無し)
是成「辰坊は?」
焰「夕餉を済ませた途端 ころりと寝ちまいました」
焰「那由多とかのこも一緒です」
是成「そうか」
焰「弟分ができて嬉しいようですよ」
是成「それなんだが」
是成「辰坊を迎え入れるにあたって、ケジメをつける必要があるたぁ思わねえか?」
辰吉「辰坊の両親ですね」
是成「ああ。調べ上げておくれ」
辰吉「へい」
〇大きな日本家屋
〇和室
かのこ「んん、眩し・・・」
かのこ「朝っ!?」
かのこ「二人とも早く起きて!」
那由多「あれ・・・?」
那由多「もう朝!?」
かのこ「早く支度しないと!」
那由多「まずい」
那由多「兄ィにどやされる」
かのこ「朝餉の準備、間に合うかな」
かのこ「ほらっ、辰坊も起きて!」
辰治「ん~」
辰治「おいらまだ眠い」
かのこ「そんなこと言ってると、 ここに置いてもらえなくなるよ」
辰治「起きるっ!」
かのこ「えらい」
那由多「朝の掃除と食事の支度は 俺たちの仕事なんだ」
那由多「今日は俺と一緒に掃除をしよう」
辰治「うん!」
〇広い玄関(絵画無し)
那由多「手伝いに来たよ」
かのこ「掃除は?」
那由多「辰坊に任せてきた」
那由多「年のわりに丈は低いけど、気がまわって頭がいい」
那由多「辰兄を父親だと言ったのも、そうすればすぐには追い出されないと考えたからだろう」
那由多「たまたま顔と名前が似ていたから利用したんだな」
かのこ「そう・・・」
辰治「兄ちゃん、姉ちゃん!」
辰治「庭掃除終わった! 次は?」
那由多「なら、みんなでお勝手仕事をしようか」
かのこ「それなら大丈夫」
かのこ「昨夜のうちに、松婆が用意しておいてくれたみたいなの」
かのこ「私たちが寝過ごすことを見越して、親分が頼んだんだわ」
那由多「かなわないなぁ」
辰治「祖母ちゃんも一緒に住んでるの?」
那由多「松婆ってのは、是成親分の貸長屋に住んでる婆さんのことだ」
かのこ「松婆は親分の信奉者でね、たまに手伝いに来てくれるのよ」
辰治「・・・どうして家族じゃないのに 家族みたいに暮らしてるんだ?」
かのこ「辰坊・・・」
かのこ「私はね、実の親に女郎屋に売り飛ばされそうになっていたところを、是成親分に拾ってもらったの」
辰治「えっ・・・」
かのこ「汽車に乗せられる直前、フロックコートを着た身なりのいい男性が目に入ったから、咄嗟に「竹蔵おじさん!」なんて叫んで」
かのこ「そうしたらその男性が「どうしたんだ、かのこ!?」って言って合わせてくれたの」
辰治「それが、親分さんだったの?」
かのこ「そう。その場で女衒に財布を投げて 「姪っ子は返してもらうぞ」って」
かのこ「私のあまりの気迫に思わず返事しちまった、なんて親分は言っていたけど」
かのこ「そうやって私をすくい上げてくれた」
かのこ「その時から、私はかのことして生まれ変わったの」
かのこ「だからね」
かのこ「私は是成親分のことを、産みの親より尊敬しているし、慕ってる」
かのこ「血は水よりも濃し、なんて言うけれど 血より濃い水もあると思うんだ」
那由多「俺たちゃたしかに盗人集団だが 弱者からは絶対に奪わねえ」
那由多「富める者から奪い、貧しき者に分け与える」
那由多「それが裏色一家さ」
〇古風な和室(小物無し)
焰「失礼します」
焰「辰坊の両親が分かりました」
辰吉「父親は青鈍町の長屋に住んでる博打打ち」
焰「借金まみれの半端物ですよ」
辰吉「母親は、この春に病で死んだそうで」
焰「つれあいを医者に診せる金もなかったんだろ」
焰「自分に何かあったら是成親分を頼るようにって、母御は辰坊に言い聞かせていたのかもしれないね」
是成「そこまで見込まれちゃあ、期待に応えてやらねえとな」
焰「どうするんです?」
是成「まずは──」
〇城下町
是成「渡世人に化けた那由多が辰坊の親父に近付く」
那由多「兄さん、ちょっと金貸してくんねえかい?」
那由多「倍にして返すからよ」
是成「渋るだろうが無理矢理出さす。そして──」
那由多「おかげで勝たしてもらったぜ これはその礼だ」
是成「そう言って倍以上の金を渡す」
〇古風な和室(小物無し)
辰吉「金をやっちまうんですかい」
是成「それで辰治を探し迎えに来るなら良し」
辰吉「来なかったら」
是成「そんときゃ、お前が裏色に潜めばいいだけさ」
辰吉「金を回収すりゃいんですね」
是成「半分もいらねえ」
是成「残りは手切れ金だ」
〇大きな日本家屋
辰吉(結局、親父は辰坊を探しゃしなかったな)
辰吉「──行くか」
辰治「待って!」
辰治「辰吉さん!」
辰吉「おう、まだ寝てなかったのか」
辰治「・・・お父つぁんのところへ行くんだろ?」
辰吉「やっと俺が親父じゃねえって認めたな」
辰治「みんな最初から信じてなかったじゃないか」
辰吉「それもそうだ」
辰吉「で、何だ?」
辰治「おいらも連れてって!」
辰吉「来てどうする?」
辰治「辰吉さんは、おいらがちゃんと裏色一家になれるよう、お父つぁんと話しに行くんだろ?」
辰治「だったら、当の本人のおいらがいなきゃ!」
辰治「自分の面倒は自分でみないとって、 那由多兄もかのこ姐もいつも言ってる」
辰吉「那由多兄にかのこ姐か・・・」
辰吉「あいつら、いつの間にそんな偉くなったんだか」
辰吉「──よし、分かった」
辰吉「一緒に行こう、辰治」
〇温泉街
〇街中の階段
〇空き地
〇おんぼろの民宿(看板無し)
辰吉「こりゃ立派な長屋だ」
辰吉「天井裏に入るまでもねえ」
辰治「どうするの?」
辰吉「んなもん決まってらァ」
〇古めかしい和室
辰吉「邪魔するぜ」
辰治の父「何だお前は!?」
辰吉「名乗るほどの者じゃあござんせん」
辰吉「これか」
辰治の父「何しやがんだ! そいつぁ俺の金だぞ!!」
辰吉「手前で稼いだ金でも 博打で当てた金でもねえだろう」
辰吉「・・・こんぐれえか?」
辰吉「おい辰、これ持っとけ」
辰治「はい」
辰治の父「お前・・・辰!? 何してやがんだ!!」
辰治「お父つぁん・・・」
辰治「おいら、裏色一家にお世話になることになった」
辰治「もうここには戻ってこない お父つぁんに会うこともない」
辰治の父「なっ──」
辰吉「お前が博打だ何だと遊び呆けている間に、この子は一人で生きる方法を見付けたのさ」
辰吉「残りはお前のもんだ」
辰吉「これを限りに、辰治のことは忘れろ」
辰吉「お前も、いいな?」
辰治「はい」
〇おんぼろの民宿(看板無し)
長屋の女「こんな時間に騒がしいね」
長屋の老人「何かあったのかい?」
辰吉「面目ねえ」
辰吉「ほれ、辰」
辰吉「ぼさっとしてねえで、皆さんにお詫びとご祝儀だ!」
辰治「えっ?」
辰吉「貸せ」
辰吉「そらっ!」
辰治「辰吉さん!?」
辰吉「これで、誰にとやかく言われる筋合いはなくなった」
辰吉「帰るぞ」
〇屋敷の門
〇大きな日本家屋
「おかえんなさい」
辰治「兄や、姐や」
焰「疲れたろ」
焰「うんと熱いお茶を入れてあげようね」
是成「ご苦労だったね、辰吉」
辰吉「裏色に潜むどころか タタキの真似をしちまいましたよ」
是成「はは、それは見てみたかった」
是成「辰治」
辰治「はい」
是成「よく戻ったね」
辰治「・・・・・・」
辰治「はい! ただいま戻りました!」
辰治「兄さん、姐さん、 これからもお世話になります!」
情に篤い「一家」のファミリーストーリ、すっごくステキです!言い回しや表現が特定の時代や集団のもので、リアリティがあって引き込まれます!
そして、是成さんがイケオジすぎます……
この時代背景が素敵ですね☺️和洋折衷で、アンバランスなお洒落さがあるような
辰吉には親分達のようないなせな男に育って欲しいですね😆
江戸時代にもぶつかり男😡笑
金よりも情け…血縁よりも強い絆で結ばれた粋な義賊✨
面白かったです!