ビターチョコレート(脚本)
〇テラス席
小森和子「棗検事ってカッコイイよね?!!」
安藤夏子「は?」
京極佐保子「えっ?」
・・・麗らかな冬の晴れ間のランチタイム。
同僚の小森和子(こもりかずこ)の発した言葉に、安藤夏子(あんどうなつこ)と京極佐保子(きょうごくさほこ)は声を上げる。
安藤夏子「ま、まあ・・・うちの検事よりは、カッコイイかな?チビデブハゲじゃないし・・・とても同年代には見えない・・・かな?」
小森和子「でしょう?! 清潔感ある良い匂いするし、汗臭いウチの検事とは大違い!!」
京極佐保子「あぁ・・・ 加齢臭気にして、毎日しつこいくらい、スーツにファブリーズしてるからね」
小森和子「身につけてるものもさ、さりげにオシャレじゃない? 時計なんて、カルティエのタンクソロだよ!? 余裕ある〜」
京極佐保子「い、いや・・・それ、質流れのアウトレット品だって言って」
小森和子「決めた!!!」
京極佐保子「はい?!!」
安藤夏子「な、何?!」
小森和子「アタシ、今度のバレンタイン・・・棗検事に、告白する!!!」
「ええっ!!?」
〇開けた交差点
安藤夏子「ど、どうすんのよ・・・ だから私、いつも言ってるのに・・・ さっさと彼女持ちだって言えって」
京極佐保子「そ、それを私に言われても困るよー それにあのバカ検事、そーゆーことになるとホントビビりだから・・・」
・・・ランチからの帰り道。
既に藤次には絢音(あやね)と言う恋人がいる事を知っている2人は、何も知らない和子の発言に、戸惑いを隠せないでいた。
安藤夏子「と、とにかく! 私も和子と一緒に検事に義理チョコあげるわ! 和子思い余って検事に何するか分かんないし・・・」
京極佐保子「な、何もそんな物騒な話しなくても・・・」
安藤夏子「あら。じゃあ、和子がフラれた腹いせに検事刺しても良いの? 検察官が色恋沙汰で裁判だなんて醜聞、私嫌よ?」
京極佐保子「う、うーん・・・」
和子は、普段は穏やかだが、感情的なところがあるのは事実。
上司が血まみれになる現場を想像して戸惑いを隠せない佐保子に、夏子は迫る。
安藤夏子「じゃあ、お互いバレンタインまでにチョコレート用意!! 分かった!?」
京極佐保子「ええっ!? わ、私もあげるの?! あのバカ検事に?!!! む、無理!!」
安藤夏子「なによ! 私だけに和子のお守り任せるわけ?!」
京極佐保子「い、いや、それは・・・」
安藤夏子「じゃあ決まりね! 精々高いチョコレート贈って、ホワイトデーに取り返しましょう?」
京極佐保子「え、えぇ・・・」
〇個別オフィス
京極佐保子「も、戻りました〜」
棗藤次「お、おう! お帰り、京極ちゃん・・・」
・・・京都地検の、棗藤次検察官室。
重い扉を開き部屋に入ると、木製の重厚な机の引き出しをゴソゴソしながら鼻を啜る、上司で和子の思い人、棗藤次(なつめとうじ)
京極佐保子「風邪ですか?」
棗藤次「い、いや・・・ な、なんか昼頃から妙にムズムズして・・・」
京極佐保子「あー・・・ははは・・・」
きっと、自分達の姦しい噂話が運んだ悪魔だろうと苦笑いを浮かべていると、藤次は鼻紙でチーンと鼻をかみ、自分を見上げる。
棗藤次「せや! 京極ちゃんがいっつも行ってる店、ちょい教えてーな!」
京極佐保子「は?!」
不意に、上司から思いもよらない事を聞かれ、机で書類を整理していた手を止め彼を見ると、頬を染め、照れ気味の藤次。
棗藤次「い、いや・・・ 最近デートがマンネリ化してきたよし、新規開拓しよかなぁ〜て」
京極佐保子「はあ・・・ そう言う訳なら構いませんが、近いですよ? ここからかなり・・・」
棗藤次「そ、そうなんか? せやったら、ナシやな。 他の連中に知られたらあかんし・・・ やっぱり、次は嵐山のあそこにするか・・・」
京極佐保子「っと言うか、いい加減公にされたらどうです? 別にやましい事されてるわけではないんですし・・・」
先程の夏子達とのやりとりを思い出し、思い切って彼女持ちを公にしろと進言してみたが・・・
棗藤次「そんなん、恥ずかしわ。 第一、ワシに女がおるなんて同僚に知れたら、やれ仲人は結婚はと根掘り葉掘り騒がれるの、嫌やねん」
京極佐保子「は、はぁ・・・」
棗藤次「せやから、これからもこの事は極秘! なあに。 そのうちどうにかするよし。 せやから、な?」
京極佐保子「い、いや・・・ 検事がそんなだから私にとばっちりが・・・」
棗藤次「さあさ! この話はここでお終い!! 聴き込み行こか? 京極ちゃん!」
京極佐保子「は、はぁ・・・」
〇女の子の一人部屋
京極佐保子「あぁ・・・ このままじゃ今年のバレンタイン、あのバカ検事に義理とは言えチョコあげなきゃいけなくなる・・・」
・・・帰宅して、自分の部屋でひとりごちる佐保子。
・・藤次の事は検察官としては尊敬できるが、隙さえ見つければ仕事をサボりたがるし、感情的になり被告人に食い付く事もしばしば
その度に、尻拭いをさせられるのは部下の自分。
だから正直、自分の中で藤次は上司としても、ましてや異性としてなんて論外。
言い方はアレだが、顔も知らない藤次の恋人や和子の反応に、疑問しかなかった。
けど・・・
京極佐保子「ま、まあ・・・ 全然ダメって訳じゃ、ないんだけど・・・ね」
1日のおよそ半分を過ごし、付き合いもそろそろ5年。
そこらの事務官より、彼のダメなとこを散々見てきたけど・・・
京極佐保子「あれで結構・・・デキるとこも、あるしね・・・」
他の事務官以上に、彼のカッコいいところも、自分は沢山知っている。
そう思うと、義理チョコくらいなら、いっかなと思う自分が顔を覗き出し、佐保子は微笑む。
京極佐保子「うん! 明日、推しちゃんの新刊買いに行く序でに、選んでみるか!! チョコレート」
〇開けた交差点
京極佐保子(よーし! 推しちゃんの新刊、無事ゲットー!!)
・・・翌日の休日。
市内のアニメショップから出てきた佐保子は、お気に入りのBL作家の新刊を片手に、ホクホク顔で雑踏を歩いていた。
京極佐保子「後は、検事にあげる義理チョコ探しね。 ま、その辺の百貨店のフェアで適当に・・・ って・・・」
ふと、視線の先に見慣れた後ろ姿を発見して、佐保子は瞬く。
京極佐保子「あ。 あれ、検事・・・?」
私服だから自信はもてなかった。
しかし、あの締まりのないアホ顔(ツラ)は、見間違いようがない。
京極佐保子「や、ヤバイヤバイ!! チョコ買いに行ってるの見られたら・・・ って・・・」
棗藤次「ほんなら、この店入って一休みするか。 絢音(あやね)」
笠原絢音「うん! 藤次さん!!」
・・・仲良く腕を組んで、側のカフェに入って行く藤次と、初めて見る、彼の恋人らしき女性・・・
自分には見せない、とても幸せに満ち足りた笑顔を彼女に向ける藤次を見た瞬間、佐保子の胸がチクリと痛む。
京極佐保子「・・・えっ、 わ、私・・・なにモヤモヤしてるのよ。 そ、そうよ!あのバカ検事には不似合いよね! あ、あんな美人・・・」
そう言ってみたが、何故か胸が締め付けられるような切なさに襲われて・・・雑踏の中、佐保子はただただ、立ち尽くしていた・・・
〇個別オフィス
棗藤次「うーん!! 今日も1日お疲れさんっ!!」
・・・そうして迎えたバレンタイン当日。
何も知らない藤次は、定時の鐘を聞くなり盛大に伸びをして、席を立つ。
京極佐保子「ッ!!」
棗藤次「ん? 京極ちゃん、帰らへんの?」
京極佐保子「あ! いえはい!! か、帰ります!! お疲れ様でした!!!」
棗藤次「?」
弾かれたように席を立ち、足早に部屋を後にする佐保子に疑問を持ちながらも、藤次はロッカーからコートと鞄を出し、部屋を出た。
〇大ホールの廊下
京極佐保子(ど、どうしよ〜!!!)
地検の玄関ホール。
物陰に隠れて、佐保子は鞄の中のラッピングされた高級チョコレートを見つめる。
思えば、朝から渡すチャンスはいくらでもあった。
しかし、今年に限って渡すのも不自然だし、なにより現実・・三次元の男性に贈り物をするなんて、よく考えたら経験がなくて・・・
早く夏子や和子が来ないかなと気を揉んでいたら、エレベーターホールから藤次が現れ、佐保子はドキッとする。
京極佐保子(な、なにをいつまでもウジウジ・・・ 相手はあのバカ検事よ! さっさと渡して推し活に・・・)
そうして、勇気を出して物陰から出ようとした時だった。
「棗検事!!」
棗藤次「ん?」
京極佐保子「あ。 夏子、和子・・・」
名を呼ばれ、不思議そうに振り返る藤次に駆け寄る夏子と和子に、佐保子は瞬き、慌てて隠れて様子を伺う。
棗藤次「なんや、柏木と大塚んとこの安藤さんに・・・ えっと・・・」
小森和子「小森和子です!! ひどい検事!!いつもお部屋に伺ってるじゃないですか!」
棗藤次「ああ・・・ すまんすまん! で? 2人ともどないしてん」
問いかける藤次の眼前に、夏子と和子はそれぞれチョコレートを差し出す。
安藤夏子「検事、甘いものお好きでしたよね? 義理ですけど」
小森和子「わ、私は手作りですよ!! 棗検事!!」
棗藤次「・・・・・・・・・」
差し出された2つのチョコレート・・・
あのお調子者だ。和子の気持ちはともかく、きっと鼻の下伸ばして二つ返事で受け取るんだろうと冷ややかに佐保子は見つめていたが
棗藤次「すまんな。 義理も手作りも、ワシ貰えんねん」
安藤夏子「えっ?」
小森和子「け、検事?!」
京極佐保子「・・・えっ」
棗藤次「ウチで手作りチョコケーキ焼いて待っとる相手、おるねん。 せやから、堪忍な」
そうして颯爽と立ち去ろうとする藤次に、和子は食い下がる。
小森和子「わ、私・・・一生懸命作ったんです!! だから、検事・・・」
棗藤次「ほんなら、尚更貰えんわ。 ワシ、その娘の傷つく顔、見たないねん。 その娘の事、ホンマに好きやねん。 せやから、堪忍な?」
小森和子「検事・・・」
安藤夏子「ふーん・・・」
棗藤次「な、なんね安藤さん」
安藤夏子「いえ別に? では、これは父にでもあげます。 ほら、行くわよ?和子」
小森和子「う、うん・・・」
京極佐保子「・・・・・・・・・」
そう言って、泣きじゃくる和子を連れて去って行く夏子と、楽しそうに外へと消えて行く藤次の背中を呆然と見つめる佐保子。
笹井稔「あれ? 京極さん?」
京極佐保子「さ、笹井(ささい)君・・・」
不意に背後から現れた同僚の笹井稔(ささいみのる)に、佐保子は何を思ったか、鞄の中身のチョコを渡す。
笹井稔「き、京極さん?!」
京極佐保子「あげる。 いつもありがとう。 じゃあね」
笹井稔「き、京極さん・・・」
突然の贈り物に動揺する稔を置いて、佐保子はその場を後にする。
〇開けた交差点
京極佐保子「・・・・・・・・・・・・」
〇大ホールの廊下
棗藤次「(ワシ、その娘の傷つく顔、見たないねん。 その娘の事、ホンマに好きやねん。 )」
〇開けた交差点
京極佐保子「なによ・・・ バカ検事の分際で、カッコつけて・・・」
そう、いつものように貶してみたが、頭に浮かぶ、幸せそうな藤次の笑顔に、佐保子の口角は僅かに上がる。
京極佐保子「ホント、バッカみたい・・・」
・・・自然と口をついた言葉は、純粋な愛を貫く藤次にか。
それとも、何故か浮かれてしまっている、自分へのブレーキか。
分からなかったかったけど、佐保子は白い息をハアと吐いて、いきつけのアニメショップへと、駆けて行った・・・
これもシリーズだったのですね‼
バレンタインデーネタに興味あって伺いました。こういうイベントって面白いですね!
前回拝読した作品もですが、藤次が主人公ではなく、彼をめぐる人が各々のエピソードの主人公というのは面白い展開ですね。参考になりました。
意識しだす心の綾が短編として絶妙です! あやさんのバイタリティを見習って、どんどん作ったり読んだりしていきたいなと思いました😃
京極ちゃんが自分でも気づいていなかった藤次への淡い思いに揺れ動く様がよく描かれていて、読んでいてちょっと切なくなりました。和子の失恋というより京極ちゃんのプチ失恋でしたね。笹井君は棚からぼた餅というかなんというか。京極ちゃんには二次元があるからこういう時には救われますね。
いつものラブラブっぷりの作品とはまた違って、誠実さが凄く伝わってきました!
たまにはこういう話もアリですね!
にしてもこんな事言えるなんて、カッコ良いなぁ。