読切(脚本)
〇中世の野球場
バッターボックスに立つと少し肌寒かった。
金属バットをかまえてみる。この持ち方で合っているのだろうか。
審判「プレイボールッ!!」
審判が突然叫んで、わたしは驚いた。
705番「あと3球・・・」
監督にベンチで言われた言葉を思い出していた。
705番「あと3球で本当に消えてしまうのかな・・・」
〇球場のベンチ
監督「そろそろ落ち着いたかい?」
705番「はい」
ベンチにはわたしと監督の二人しかいない。
監督に聞かされたことは、いまだに信じられない。
わたしが死んでしまったなんて。
705番「本当に生き返ることができるんでしょうか?」
監督「ほっほっほ」
監督「705番さん」
705番「はい」
ここでは名前ではなく、番号で呼ばれる。
監督「星はどんなときでも輝いておる」
705番「はぁ・・・」
監督「何を見て、何を見ないかは、自分の心が決めることじゃ」
705番「わたしのこころ・・・?」
やっぱり何も思い出せない。
自分の記憶がぽっかりと抜け落ちている。
わたしは、だれ・・・
どうして死んでしまったのだろう・・・
監督「ほっほっほ」
監督「思いっきりいきなさい」
監督「後悔のないように」
〇中世の野球場
マウンドには真っ黒な影が立っている。
相手の表情は全く見えない。
705番「あと3球・・・」
野球のルールはあんまり詳しくなくても、ストライクが3つでアウトになることくらいは知っている。
少なくとも3回はチャンスがあるはずだ。
マウンドの投手と目が合ったような気がした。
わたしはバットを強く握りしめた。
ピッチャーは振りかぶった。そして──
バシッ!!
審判「ストライィィィィク!!!」
速すぎて球がほとんど見えなかった。
バットを振ることすらできなかった。
「わぁぁぁぁぁあ!!」
観客席から歓声が沸きあがった。
だけど、観客席には誰もいない。
705番「わたしには見えていないだけ?」
「やっぱり女には無理じゃねぇの」
歓声に交じり、声が聞こえた。
どこかで聞いたことのある声だった。
〇散らかった職員室
705番「わたしがプロジェクトから外されるってどういうことですか!!」
上司「そうカッカするな。もう決まったことだ」
上司「上からの強い意向があってね。君の代わりは彼に任せることになったんだよ」
上司の視線の先にはアイツがいた。
後輩「先輩の代わり、任せてください。女性には難しいと思いますから」
上司「君には君にしかできないことがあるだろう」
わたしの胎内には赤ちゃんがいた。
まだ初期段階で身体に変化はなく、プロジェクトには影響がないはずだった。
わたしが妊娠したから外されたってこと!?
女だから。女は子育てをしなくちゃいけないから。家事をしなくちゃいけないから。
違う。間違っている。
あんたら男ができないからでしょうがっ!!
705番「分かりました・・・」
〇中世の野球場
705番「これはわたしの記憶・・・!?」
やりがいのある仕事を途中で諦めなければならなかった悔しい思い出。
705番「あと2回・・・」
1球目はほとんど見えなかった。
バットをかまえるとさっきよりも重くなっているような気がした。
わたしの動きに反応して、ピッチャーが動き始める。
バシッ!!
審判「ストライィィィィク!!」
バットは振った。かすりもしなかった。
「あと1球!! あと1球!!」
会場の雰囲気に飲み込まれそうになる。
わたしの失敗を望む声。
705番「ゲホッ」
立ちくらみがした。
身体から力が失われていく。バットも重くて持てそうにない。
生き返っても嫌なことばかりだ。
「ママー!パパー!」
観客席のどこかで子どもが泣いているようだった。
迷子だろうか。
そういえばそんなこともあった。
〇遊園地の広場
女の子「ママー!パパー!」
705番「あの子、迷子かしら」
恋人「そうかもしれないね」
恋人「ちょっと声かけてくる!」
そう言って、恋人は走っていった。泣いている女の子とは反対の方向へ。
705番「ちょっと、どこ行くの?」
705番「ねえ、だいじょうぶ?痛いところある?」
女の子の目線と同じ高さにかがみ、やさしく話しかける。
こういうとき、迷子かどうかを子どもに確認すると、子どもがパニックになる。
とテレビで聞いたことがある。
女の子「ううん」
705番「今日はどこから来たの?」
女の子「今日?」
女の子「今日はね、遠くの遠くのほうからね」
女の子は答えを考えてるうちに、落ちつきを取り戻してきた。
女の子「車でね、パパと、ママといっしょに」
女の子「パパ、ママ・・・」
いまにも泣き出しそうだ。
恋人「おーい」
女の子「ママー!」
女の子は恋人が連れてきた女性に抱きついた。
705番「どうやってお母さん見つけてきたのよ」
恋人「迷子センターに行ったら、ちょうど子どもを探してる夫婦がいたんだ」
「ありがとうございます」
お母さんは頭をぺこりと下げた。
わたしたちも軽く頭を下げる。
恋人「お父さんのほうは別のところを探してるみたいだな。それに──」
恋人「下手に声をかけたら、誘拐犯に間違われるかもしれないだろ」
女の子「おねえちゃん、バイバイ」
わたしは手を女の子に振り返した。
〇中世の野球場
705番「よいしょ」
バットを杖のようにして真っすぐに立ち直した。
705番「見たいものしか見えない・・・」
心が嫌な気持ちに満たされたとき、自分の中から力が抜けていった。
だけど今は少しずつ力が戻ってきている。
わたしには恋人がいる。家族がいる。
子ども「イケー!!」
おじさん「かっ飛ばせーッ!!」
観客席から声援が届く。
わたしは深呼吸をして、バットをかついだ。
ピッチャーが大きく振りかぶる。
そして──
カッキーーンッ!!
歓声が、ため息が、それぞれの思いが熱気となり、わたしを包んだ。
???「この世界の秘密に気が付くとは」
???「ほっほっほっ」
~おわり~
私たちは見たい世界を自分の手で切り拓いて作っていくことができる、監督はそのことに自分自身で気づいてほしかったんですね。今、私たちが生きている現実世界にも通じるものがあると思いました。
監督のセリフが素敵です、心に残りました。自分が感じたことや思った事が答えなんですよね。ギュッと話しがまとめられていて読みごたえがあり楽しかったです。
不思議な場面設定に最初一瞬戸惑いましたが、吸引力のある文章にすぐに引き込まれました。一級ごとに過去のエピソードが蘇る展開、好きです。