湊の過去(脚本)
〇病室
これは、私がまだ中学生ぐらいの時の話。
立花 湊「敦人、来たよー」
立花 敦人「あ、姉さん!」
立花 湊「これ、お母さんからの差し入れ」
敦人は、私の弟の名前だ。
病弱で、小さい時から入退院を繰り返していた。
立花 湊「あ、あと、これ。頼まれてた本だよ」
立花 敦人「ありがと、姉さん!」
立花 敦人「でも、もっと別の話も読みたいなぁ・・・」
立花 湊「それ、あんまり好きじゃなかった?」
立花 敦人「そうじゃないんだけど・・・」
立花 敦人「もっと、こう・・・刺激的な物語を読みたいんだよね・・・」
立花 湊「グロ系とか?」
立花 湊「でもさすがに小学生の、しかも入院してる子にそんなの渡すわけにはいかないよ?」
立花 敦人「姉さんの発想に驚きだよ・・・」
立花 敦人「あ、そうだ!」
立花 湊「どうしたの?」
立花 敦人「姉さんが書いてみてよ!」
立花 湊「私が!?」
立花 敦人「うん!」
突然何を言っているのだろう、この子は・・・と思ったけど、どうやら本気のようだ
立花 湊「・・・分かった、書いてみるよ」
立花 敦人「やった!」
立花 敦人「楽しみにしてるね!」
弟に無茶振りされたけど、この子が楽しんでもらえるような小説を書きたい。
それが、私が小説を書き始めたきっかけだった。
〇病室
それから数日後・・・
立花 湊「敦人、持ってきたよ」
立花 敦人「ありがと!」
立花 敦人「結構書いたんだね・・・」
立花 湊「考えてたらいろいろ思いついちゃって・・・」
立花 敦人「どんな設定で書いたの?」
立花 湊「うーん・・・どんなのがいいか分からなかったから・・・」
立花 湊「とりあえず、宇宙人が侵略してくるって内容で書いた」
立花 敦人「姉さん、時々頭のネジ外れるよね・・・」
立花 敦人「でもありがと、読んでみるね!」
立花 湊「次はどんなの書いてほしい?」
立花 湊「宇宙人同士の恋愛とか?」
立花 敦人「姉さんは宇宙人から離れようよ・・・」
立花 敦人「それならさ、学園物を書いてよ」
立花 湊「学園物?」
立花 敦人「うん!!」
立花 敦人「学校って、楽しいところなんでしょ?」
立花 湊「・・・・・・・・・・・・」
立花 湊「うん、そうだよ」
純粋な瞳で私を見てくる敦人に、私はうそをついてしまった。
実は、私はいじめっ子集団のターゲットになっていて、学校が楽しいとは思えなかった。
立花 湊「分かった、書いてみるね」
でも、弟にそんな事実、知られたくない。
私は無理やり笑顔を浮かべる。
ひきつった笑顔になっていなかっただろうか?と心配になりながら。
〇教室
次の日の学校・・・
立花 湊「うーん・・・」
ノートにネタを書き込んでいると、私と仲のいい女子が話しかけてきた。
仲のいい女子生徒「湊、何やってるの?」
立花 湊「弟に無茶振りされてね・・・小説を書いてるんだ」
仲のいい女子生徒「そうなんだ、すごいね!」
そんな話をしていると、割り込んで来る人がいた。
いじめっ子のリーダー格の女子「えー?小説ぅ?」
そう、いじめっ子グループのリーダー格の女の子だ。
立花 湊「え、あ、うん・・・」
立花 湊「弟に、書いてて・・・」
正直、彼女は苦手であまり関わりたくないのだけど・・・
いじめっ子のリーダー格の女子「ちょっと見せなさいよ」
立花 湊「あ、ちょっと・・・!」
いじめっ子のリーダー格の女子「へぇ、こんなの書いてるんだ」
いじめっ子のリーダー格の女子「面白くないわね」
そう言って、机の上にあったノートをぶちまけた。
仲のいい女子生徒「ちょっと、勝手に見ておいて何それ・・・!」
立花 湊「ううん、大丈夫だよ」
私はノートを拾い集め、ギュッと抱きしめる。
立花 湊(大丈夫、敦人に喜んでもらえるなら、それで・・・)
ただ、そのためだけに書いているのだから。
〇病室
それからさら数日後・・・
立花 湊「やっほ、敦人」
立花 敦人「姉さん!」
立花 敦人「ありがとう!面白かったよ!」
立花 湊「それならよかった」
立花 湊「ほら、また書いてきたよ」
立花 敦人「あ、今度はノートで書いてくれたんだ」
立花 湊「うん、結構書きたいことがあったからさ」
立花 敦人「姉さん、僕よりやる気じゃん」
立花 湊「うん。これが「筆が乗る」ってことかな?」
立花 敦人「もう立派な作家さんじゃん」
立花 敦人「これ、僕だけが読んでるのはもったいないよ」
立花 湊「そうかな?」
立花 敦人「うん!どっかに出してみなよ!」
正直、あまり自信はなかったけど、弟の後押しもあって私は一度出版社に出してみることにした。
出版できるかは、私が高校に入学してから分かるって言われた。
〇駅のホーム
それは、私が高校に入学して一か月ほど経った時に起こった事件だった。
立花 敦人「姉さんとどっか出かけるの、久しぶり!」
立花 湊「そうだね、久しぶりに外出許可もらったもんね」
そう、本当に久しぶりだった。
最近は入院している敦人のためにゲーム作成にも勤しんでいたが、一週間の外出許可が出たのだ。
だから忙しいお母さんや兄さん達の代わりに敦人が行きたい場所に連れて行った。
立花 湊「ほら、早いけどそろそろ帰ろうか」
立花 敦人「えー!?まだ時間あるじゃん!」
立花 湊「身体に障るよ。一週間あるんだから、また明日」
立花 敦人「うー・・・分かったよ・・・」
立花 敦人「明日、絶対に連れて行ってね!」
立花 湊「分かってるって」
そう、直前までそんな会話をしていたのだ。
だから、あんなことになるなんて思っていなかった。
立花 湊「あ、そろそろ電車が来そうだね」
立花 敦人「・・・・・・・・・・・・」
立花 湊「・・・敦人?」
様子がおかしくなった敦人に声をかけていると、電車が来た。
それと同時だった。敦人が身を投げたのは
立花 湊「敦人!?何やってるの!?」
必死に手を伸ばして、腕を掴もうとするけど・・・
届かず、敦人は電車に轢かれてしまった。
立花 湊「あ、ああ・・・・・・」
状況が読み込めず、私はその場にへたり込んでしまった。
誰かが119番を呼んでくれたらしいが、当然敦人は帰らぬ人になった。
〇教室
敦人の葬式のあと、彼のために書いた小説が出版されることになった。
かなり斬新な物語で、発売されてすぐに再販が決まるほど人気になったらしい。
立花 湊「・・・・・・・・・・・・」
でも、私にとってはどうでもよかった。
あの子が読んでくれると一心不乱に小説を書き続けていた。
たとえそれが、現実逃避にしかならないとしても。
森岡 涼恵「立花さん」
そんな日々が続いていたが、高校三年のある時声をかけられた。
立花 湊「・・・森岡さん?」
彼女はこの年で祖父母の研究を引き継ぐために「ホープライトラボ」という研究所を立ち上げた天才だ。
進路も、東大に進学するのではないかと噂されている。
立花 湊「・・・なんですか?」
なぜ声をかけられたのかが分からない。
彼女は学校内でも人気なのに、一部の人としか関わろうとしないのだ。
それに、私は福祉学科だが彼女は普通科でかかわりもほとんどない。
それなのになぜ・・・?と思っていると、その理由がすぐに分かった。
森岡 涼恵「君に話したいことがある」
森岡 涼恵「・・・弟の事件についてだ」
立花 湊「・・・・・・っ!?」
森岡 涼恵「君が知りたいというのなら放課後、中庭に来てほしい」
それだけ言って、彼女は去っていった。
立花 湊「・・・・・・・・・・・・」
〇中庭
放課後、私が中庭に行くと森岡さんはすでにベンチに座っていた。
立花 湊「あの・・・」
森岡 涼恵「来たね」
森岡さんは微笑みかけたと思うと、私に封筒を渡してきた。
立花 湊「これは・・・?」
森岡 涼恵「君の弟の事件についてだ」
森岡 涼恵「・・・精神崩壊事件って、知ってるでしょ?」
その言葉は、最近連日テレビで言われているのでなじみがあった。
精神崩壊事件・・・一言でいうなら、突然急に別人のようになったり死んだりしてしまう事件のことだ。
最近では、怪盗がその容疑者になっているようだと聞いているが・・・
森岡 涼恵「悲しいことに、君の弟はそのターゲットになったんだよ」
立花 湊「え・・・?」
立花 湊「じゃあ、敦人は・・・怪盗団に殺されたんですか!?」
私が詰め寄ると、森岡さんは「違う」と否定した。
森岡 涼恵「怪盗団は何もしていない」
森岡 涼恵「・・・精神崩壊事件は、別の人間が起こしているんだよ」
ここでは言えないけどね、と彼女は目を伏せた。
立花 湊「別の、人・・・?」
森岡 涼恵「そう。お偉いさんが指揮をしている」
森岡 涼恵「誰でもよかったんだよ。・・・だから、君の弟が選ばれた」
その真実に、私は泣き崩れた。
森岡さんは、そんな私の背中を優しくなでてくれた。
森岡 涼恵「・・・つらかったな、ごめん」
森岡 涼恵「でも、真実は伝えないとって思ってね」
謝罪する彼女に、私は首を横に振った。
立花 湊「だい、じょうぶ・・・」
森岡 涼恵「・・・その封筒の中に、真犯人の名前を書いている」
森岡 涼恵「すぐに訴えることは出来ないけど・・・証拠ぐらいにはなるから」
そのまま、森岡さんは私が泣き止むまで傍にいてくれた。
立花 湊「あり、がとう・・・」
森岡 涼恵「落ち着いたか?」
立花 湊「うん・・・」
森岡 涼恵「よかった」
森岡 涼恵「もう遅い時間だし、早く帰った方がいい。最近は物騒だからね」
その声に促され、私はもう一度感謝を伝えた後、家に帰った。
森岡 涼恵「・・・記也、どうした?」
憶知 記也「スズ姉、よかったのか?」
森岡 涼恵「何が?」
憶知 記也「一応、商売だろ?」
憶知 記也「スズ姉、情報屋なんだし、ただで渡してよかったのかって」
森岡 涼恵「普段なら、こんなことしないけどね」
森岡 涼恵「彼女には真実を知る権利がある。そう判断しただけだよ」
憶知 記也「・・・そっか」
憶知 記也「スズ姉が言うなら、別にいいけどな」
森岡 涼恵「ほら、私達も帰ろうか」
憶知 記也「おう!蘭も待ってるだろうしな!」
〇豪華なリビングダイニング
それから、私は森岡さんと仲良くなっていった。
森岡 涼恵「へぇ、あの小説、君が書いていたのか」
立花 湊「うん。弟に書いていたものなんだ」
森岡 涼恵「私もあの物語、結構好きでね」
森岡 涼恵「楽しく読ませてもらってるよ」
立花 湊「ホープライトラボの所長さんにそう言ってもらえるなんて、光栄だね」
二人でそんな会話をしていると、黒髪の男性がお盆を持ってきた。
七守 恵漣「お二人さん、お茶をどうぞ」
森岡 涼恵「ありがとう、兄さん」
七守 恵漣「いえ、このぐらい当然です」
七守 恵漣「それより、涼恵に友達が出来てうれしい限りです」
では、ごゆっくり、と言って彼はキッチンに立った。
・・・いや、待って。聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど?
立花 湊「・・・え、「兄さん」・・・?」
森岡 涼恵「うん、うちの兄さん」
立花 湊「・・・血の繋がった?」
森岡 涼恵「うん」
森岡 涼恵「実を言うと、記也も双子の弟」
立花 湊「・・・憶知君も?」
森岡 涼恵「うん」
立花 湊「・・・親友、じゃなかった?」
森岡 涼恵「公にはそういうことにしてる」
立花 湊「・・・どういうこと?」
事情がよく分かっていない私に、森岡さんは説明してくれた。
森岡 涼恵「兄さんと記也は小さい時にそれぞれ引き取られたんだよ」
森岡 涼恵「高校を卒業したら、二人とも森岡姓に戻る予定なんだ」
立花 湊「そんなことある・・・?」
森岡 涼恵「目の前で起こってる」
森岡 涼恵「親友ってことにしてるのは、双子なのに離れ離れになってるってのを隠すためなんだ」
立花 湊「な、なるほど・・・」
確かに、森岡さんと憶知君は親友と言うにはあまりに距離が近すぎたけど・・・
その時、「ただいまー!」と憶知君の声が聞こえてきた。
憶知 記也「スズ姉ー!聞いてくれよー!佑夜さんがさー!」
リビングに入ってきたと思うと、突然森岡さんに抱き着いた。
・・・なるほど、人懐っこい弟と思えば確かに理解できるかもしれない。
森岡 涼恵「こら、記也。お客さんも来てるんだから落ち着いて」
森岡 涼恵「あと、大きいんだから急に飛びついてこないで・・・」
憶知 記也「おっと、わりぃ」
憶知 記也「あ、立花さんじゃん。ゆっくりしていってな!」
立花 湊「・・・本当に弟なんだね・・・」
立花 湊「噂じゃ、恋人なんじゃないかって言われてたけど・・・」
森岡 涼恵「違う違う。距離感近いのは認めるけど」
憶知 記也「オレもスズ姉も、恋人いるぜ?」
立花 湊「そうなの!?」
憶知君はともかく、森岡さんに恋人がいることに驚いた。
森岡 涼恵「そうそう、誰かは教えないけど」
立花 湊「え、同じ学校の人?」
憶知 記也「オレはそうだけど、スズ姉は違うなー」
森岡 涼恵「ちょ、記也!」
立花 湊「いいなぁ。私、彼氏いないからなー」
こうやって、ちょくちょく森岡さんの家に尋ねるようになった。
同居人達もよくしてくれて、敦人を失って冷めていた心も癒えていくようだった。