金曜日の鬼

なつかしゆえ

金曜日の鬼(脚本)

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〇河川敷
  ──私は、金曜日の放課後、鬼になる。
新山円香「まーた作ってる 飽きないよね、ほんとに」
  私は河川敷を眺めながら、小さな声で呟いた。
  小石がそこかしこに転がっている河川敷、橋の下。
  私は、そこに降り立ちある一角を見つめていた。
新山円香「ばっかみたい。 こんなの作ってさ」
  ──じゃりっ
  ガラガラ。
  五つの石が積み重なったそれを、私は鬱憤を晴らすように蹴り崩した。
新山円香「なんかの願掛けか知らないけど、気持ち悪い・・・」
  崩れた小石を見つめながら、私は鼻で笑う。
新山円香(あーあ。 残念だったね、藤吉さん)
  この小石の山を作った、クラスメイトの藤吉夏生の顔を思い浮かべて、私は爽快な気持ちになった。
  自分でも意地が悪いと思う。
  けれども、藤吉が懸命にこの小石を積み重ねている姿を見ていると
  ──それをつき崩してやりたい気持ちに駆られるのだ。
  それは、賽の河原の鬼のように。
  叶わぬ希望を持つ藤吉を、また地獄へ落としたくなる。
  ──それを最初に見たのは、一か月前。
  カタ・・・カタ・・・
  橋の下で、小石を積み重ねている藤吉を見つけたのだ。
  一日一個。
  拳くらいの大きさの石を重ねては去っていく。
  月曜日にそれを見て、火曜日にも同じようなことをしていた。
  水曜日も、木曜日も。
  そして、金曜日。
  藤吉が五つ目の石を積み上げて帰ったあと、私はこっそりとそれを見に行った。
新山円香「こんなの、何が楽しいの?」
  私は、藤吉の意味不明な行動に一人で笑った。
  ──さすが、陰キャ。
  虐められるだけあるわ、と。
  藤吉は、いわゆるいじめられっ子だ。
  クラスメイトの陽キャの女子たちに陰湿なイジメを受けている。
  もともと根暗で、休み時間に一人で本を読んでいるようなタイプ。
  誰とも馴染まないのが、ターゲットにされた理由なのだろう。
  一回目をつけられれば、もう坂を転がり落ちるようにいじめられっ子の地位におさまっていった。
  私も藤吉のことは好きじゃなかった。
  すました感じが嫌で、虐められ始めたとき、ざまぁみろとも思った。
  正直、今でも思っている。
  そんな藤吉が、毎日一個ずつ積み重ねていく小石たち。
  やっぱり何かの願掛けか儀式なのだろう。
  私は、どうせ叶わないんだからと、その小石の山を蹴った。
  そして次の月曜日、崩れた山を見つけた藤吉は
  ──カタ
  また一から石を置き始めたのだ。
  火曜日も、水曜日も、木曜日も、金曜日も石を置き・・・
  最後に私がそれを壊す。
  地獄で子どもたちが積み重ねた石を崩しに来る、賽の河原の鬼のように。
  完成したら天国にいけるなんて夢を壊すように。
  私は、藤吉の願いを踏み潰していた。

〇河川敷
  前の週の金曜日。
  私は用事があって、藤吉の石の山を崩すのを忘れていた。
  月曜日の放課後、石の山は崩れることなくそのままだった。
  願掛けがかなったということになるのだろう。
  けど・・・
新山円香(まぁ、思い知るでしょ。 願掛けなんて意味ないって)
  私は、愉悦の笑みを浮かべていた。
藤吉夏生「──何してるの?」
  突然藤吉が現れて私は驚いた。
新山円香「べ、別に? 藤吉さんは?」
  あんたの石の山を確かめにきたとは言えず、私は誤魔化す。
藤吉夏生「私ね、放課後に石を置きに来てるの。 毎日一個ずつ、石の山を積み重ねてね。 月曜から金曜まで」
新山円香「へ、へぇ・・・ 願掛けとか?」
  わざとらしく聞くと、藤吉はフッと笑った。
藤吉夏生「そう。 でも、いつも金曜日に壊されて、願掛けが達成しなくて」
新山円香(まぁ、私が壊してるからね)
  自分だけの秘密にほくそ笑む。
藤吉夏生「でもね、ようやく私の願いが通じたみたい。わたしね、これで自由になる決意ができる」
新山円香「・・・どういうこと?」
藤吉夏生「ずっと決めてたの。 私、石を積んで一週間崩れずにいたら・・・」
藤吉夏生「──天国に行こうって」
新山円香「え?!」
藤吉夏生「地獄の鬼に石の山を崩されずに積み上げることができた、──賽の河原の子供のようにね」
  つまり、私は・・・
藤吉夏生「──今回は邪魔せずにいてくれてありがとう、新山さん」
  不気味な笑みを浮かべながら、藤吉はどっかに行ってしまった。
新山円香「・・・天国とか ま、まさかね」
  なにかの冗談でしょ。
  まったく笑えないけど。
  私はどこか嬉しそうな藤吉の背中を睨みつけた。

〇学校の屋上
  ──次の日の朝、藤吉は遺体で見つかった。
  昨夜のうちに学校の屋上から飛び降りたらしい。
  学校は騒然となり、大人たちは自殺の原因を探っていたけれど、皆口を閉ざした。
  誰ひとりイジメのせいだとは言わなかったのだ。
  いじめっ子たちの報復が怖いから。
  
  ・・・私もそうだった。
  ──一年後。

〇河川敷
  ──カタッ
  私はあの河川敷にいた。
  月曜日に石をひとつ。
  きっと明日にもまた石をひとつ積み重ねる。
新山円香(・・・そっか。 藤吉もこんな気持ちだったんだ)
  今は私がイジメのターゲット。
  藤吉が死んだことなど、皆忘れたかのように新たな標的を決めていたぶっている。
  今なら、あのときの藤吉の気持ちが分かる。
  私も早く解放されたい。
  けど、勇気がないのだ。
  だから、私は藤吉の儀式を継承し石を積み重ねる。
新山円香(──私には金曜日の鬼が現れるのかな)
  現れてほしいのか、ほしくないのか。
  運命に委ねる気持ちで私は河原を立ち去った。

コメント

  • 人は人が思うほど強くはありませんよね。
    色々な物に頼って生きている部分は必ずあると思います。
    そんな時に誰かにたすけてもらえたなら、とも思ってしまうのは、図々しいのかな?

  • 願掛けは願掛けでも、結果的に主人公がその積まれていた石を壊すことで、彼女の命を救っていたことになるんですね。逝きたいけど怖い、その石を誰かが壊し続けてくれたら、それが希望になるのかもしれない。悲しいだけでなく深く考えさせられるような作品でした。

  • 心に深く響く作品ですね。
    現世で賽の河原の石積みで願いが成就したのにもかかわらず、結果的に親より先立つことになって霊魂でも賽の河原行になると考えると。

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