RiversideBaron~最終章~

山本律磨

ワルプルギスの夜と昼(2)(脚本)

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〇寂れた村
  『僕は、灰色の海を臨み夏は蒸し暑く冬は底冷えの止まない、そんな裏日本(うらひのもと)のちいさな山村に生まれた』
  『文明開化など生涯縁のない農民達が江戸の御世と変わらぬ暮らしを続けるムラで貧乏子沢山の小作の末倅としてひり出された僕は』
義孝「待て」
義孝「誰だその紅顔の美少年は?」
燕「え?僕だけど・・・」
義孝「情報は正確に伝えろ」
燕「少しくらいの誇張はいいだろう。思い出は美化されてしかるべきものだ」
義孝「程度というものがあろう。出だしからほぼ嘘ではないか」
燕「内容は真実なんだよ。続けるぞ」
  『工場勤めは地獄というがムラの暮らしはその比じゃない』
  『ひなびた畑で牛馬の如く働くよりは帝都で犬や蝶となって彷徨う道を選ぶ若者を、一体誰が責められよう』
  『僕もしかり。野良仕事の合間を縫って、寺の和尚から借りた書物で学問を行った』
  『そして遂に忌まわしきムラを捨て世界の内側、帝都への上京を果たしたのだ』
義孝「待て待て待て!」
燕「何だよ。いちいち話の腰を折るな」
義孝「最近の姿まで美化するんじゃない」
義孝「それとも鏡を見た事がないのか」
燕「失敬だな・・・」
義孝「とにかく入れ替われ。混乱する」
燕「はいはい」

〇古い倉庫の中
  『まあ、覚悟はしてたさ』
  『花の都で一旗揚げようなんて夢想に取り憑かれるほど浮かれた育ちはしてないよ』
  『勿論、明けても暮れても缶詰製造に追われる日々に学問なんて屁の役にすら立たない事すら想定済みだった』
  『そんな帝都での灰色の青春に存在した、ただ一つの光。それが・・・』
  『美し黒髪輝くティアラ♪』
  『どうか夕日が落ちぬ間に♪』
  『この恋続けとルルル願いましょう♪』

〇路面電車
  『だけどそんな僕のささやかな幸福すら、程なく消滅する』
  『松音未来子は引退し、表舞台から消えてしまった』
  『僕の光も消えた』
  『・・・かに見えた』
「女権拡張運動にご署名お願いしまーす!」
「誰もがみな平等に暮らせる社会を作りましょう!」
未来子「女権拡張運動にご協力お願いします!」
燕「・・・」
  『僕の人生に舞い降りた、たった一度だけの奇跡だった』

〇洋館の一室
  『松音未来子こと一条彩子が芸能人を捨て選んだ革命の道。それが女権拡張推進同好会ワルプルギスの夜』
  『と、いえば聞こえはいいが。いま思えばただのファンクラブの残党だった』
  『資金源だって華族の親の金だ。女権拡張どころか自立すらも出来ていない女が主宰ときた』
  『まるでママゴトみたいな活動だったよ。でもその時は確かに僕達には夢があった。理想があった』
  『何より、自由だった』
義孝「自由・・・」
燕「そうさ。自由でいいんだ」
燕「世の中に訴えかける手段は幾らでもある」
燕「歌でもいい。絵でもいい。小説でも詩でも」
未来子「じゃあ、純さんが歌詞を考えて。私が作曲するから」
未来子「こう見えても、もと歌手よ」
燕「今だって立派な歌手だよ」
燕「松音未来子の歌には人を動かす力がある」
未来子「でも悲しいかな文才はないのよね~」
未来子「だからお願い!ジュンさん、物書きでしょ」
  『生まれて初めて誰かに必要とされた気がした。それが嬉しくて。そして、少しだけ苦しくもあった』
燕「ただの手なぐさみだよ。天下の歌姫にうたってもらえるほどの文章なんて・・・」
「だったら僕が書こうかい?」
  『校倉倫太郎』
  『自称、美しきけもの達期待の新星』
  『僕に言わせれば勘当された成金商家の穀潰し。女に集って生きてるゴロツキだ』
校倉「歌姫未来子はシェイクスピアが似合うけど慧ちゃんはチェーホフって感じだね」
燕「馴れ馴れしいぞ校倉。仮にも彩子さんは、我らの盟主だ」
未来子「彩ちゃんでいいよ。響きも可愛いし」
校倉「そうさ。今時○○子なんて流行らない」
校倉「近々僕も改名しようと思ってるんだ」
校倉「根室清濁」
校倉「男たるものキヨメもケガレも併せ持たないと大きなことは成し遂げれないものさ」
未来子「だから清濁ね。素敵な名前」
燕「根室は?」
校倉「そ、そこは感覚というか、響き。テンポだ」
燕「何も考えてないんだろ」
校倉「ある意味然りだ。頭デッカチの小人になりたくないからね」
「はっはっはっは!」
義孝「ヒモ同士、実に低次元な争いだな」
燕「ああそうさ!」
燕「こんな下衆が得する世だと分かったから、僕は真面目に生きるのを辞めたんだ」
燕「あの出来事を境に・・・」

〇建物の裏手
燕「馬鹿野郎!」
燕「夜の街で大臣暗殺などと吹聴しやがって!こんな結果を招くことも想像できなかったのか!」
校倉「か、革命家たるもの、それくらいの気概を持たずしてどうする!」
燕「我々の目的は婦女子や子供、弱き者の権利拡大だ!闘争じゃない!」
燕「この迂闊者め!とっとと出頭しろ!」
未来子「・・・」
校倉「・・・彩ちゃん」
燕「いいか。お前ひとりの責任だ。絶対に主宰の名は出すな」
未来子「私の責任よ」
燕「彩子さん・・・何を言ってるんだ」
未来子「会で起こった事件の全ては主宰が負わなければならないわ」
未来子「私が出頭します・・・」
未来子「二人は逃げて」
燕「・・・」
燕「僕が捕まる」
未来子「え?」
燕「まあ、役不足は根性で補うさ」
未来子「どうして?」
燕「あなたの歌に救われたから・・・」
校倉「・・・い、いや、ここは僕が責任を取って」
燕「今更しゃしゃり出るな!鼠野郎!」
燕「大事な話をしてるんだ。とっとと消えろ」
校倉「・・・クッ」
燕「なに、ちょっとばかり牢屋で痛めつけられるだけだよ」
未来子「・・・」
未来子「・・・ごめんなさい。純さん」
未来子「革命の火は消しません!」
燕「駄目だよ。もう終わりだ。そのために僕は捕まるんだから」
未来子「純さん」
燕「行って」
燕「・・・」
燕「・・・あの」
未来子「・・・?」
燕「また会ってくれるかな?」
燕「今度はファンでも同志でもなく普通の友達として・・・」
未来子「・・・」
燕「ハハッ・・・無理だよね」
未来子「・・・待っています」
燕「ありがとう」
燕「ありがとう・・・」

〇路面電車
  『出所したのは一年前』
  『会いに行こうなんて、思わなかったよ。本当さ・・・』
  『全部忘れて田舎に帰るつもりだった』
  『そんな僕を絶望が襲った』
  『何もかもどうでも良くなるほどの』
  『この世界の全てを否定してしまうほどの絶望が』

〇飲み屋街
チンピラ浮浪者「兄さん。喧嘩は相手を見て売るもんだぜ」
チンピラ浮浪者「そこで死んでろ。青瓢箪がよ」
燕「・・・」
ダリア「・・・ちょっと。大丈夫?」
ダリア「このあたりガラ悪いから気を付けたほうがいいよ」
燕「知ってるさ」
燕「だからうろついてる」
燕「この世の闇を眼に焼き付け書き記すために」
ダリア「作家さん?」
燕「作家でもあり哲学者でもあり愚者でもある凡俗或いは天才だ!」
ダリア「・・・ふ~ん」
ダリア「カッコいいじゃん」
燕「は?」

〇川沿いの原っぱ
義孝「成程。無秩序な自由恋愛とやらの、それが成れの果てか」
義孝「して結局、何が言いたい」
義孝「忙しい中、わざわざお前の一代記を聞いてやったのだ」
燕「あれは歌姫なんかじゃない。魔女だ」
燕「人を惑わすワルプルギスの魔女だ」
燕「あんな女のために料理をしたり皿を洗ってやる必要なんかない」
義孝「松音女史はついでだ」
義孝「ヒモは廃業した。孤児の子育てと呼べ」
燕「見ず知らずの乞食の娘を世話する、元憲兵司令か」
義孝「小説のネタにでもするか?売り上げは折半でいいぞ。はっはっは」
燕「誰が読むか。そんな陳腐な話」
義孝「まあ心配するな。歌姫は元気にやっとる。折を見て実家に帰るよう説得しよう」
燕「し、心配なんて・・・」
燕「組事務所が落ち着かないから、ここで暇を潰してるだけだ」
義孝「ふん。何のことはない。魔女に魅入られているのはお前自身ではないか」
義孝「掃き溜めですら逃げ回っているのならば、お前も鼠と大差はない。愚痴をこぼす相手はダリアだけにしてくれ」
燕「・・・」
燕「・・・あ」
義孝「何だ?」
燕「そっちも少しは逃げ回った方がいいんじゃないか?」
義孝「え?」
  『いたぞ!偽バロンの来栖川だ!』
  『ぶっ殺せオラーーーーーーーー!』
義孝「ええい!鬱陶しい!」
  つづく

次のエピソード:ワルプルギスの夜と昼(3)

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