洋食屋クロネコ軒の猫ブイヤベース

猫目 ひとつも

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〇店の入口
  当店は洋食屋のクロネコ軒です
  おいしいお料理でおもてなしいたします

〇黒
  * * * *
  洋食屋クロネコ軒の猫ブイヤベース
  * * * *

〇店の入口

〇おしゃれなレストラン
リョウジ(賑わってんな もうすぐオーダーストップってのに)
  俺は一人でこの洋食屋を訪れていた
  目的はもちろん──
店主「お決まりになりましたか?」
リョウジ「秘密のメニューを」
店主「さて、なんのことでしょう?」
  ここでひるんではいけない
リョウジ「猫ブイヤベースを」
店主「・・・・・・どこでそれを?」
リョウジ「あるんだな?  それを1人前頼む」
店主「・・・・・・かしこまりました」
  このやり取りは茶番だ
  なぜなら──
  この客も
  そしてこちらの客も
  みんな猫ブイヤベースを食しているからだ
  つまり、
  この店に訪れる客の大半が裏メニューである、猫ブイヤベースを注文しているのだ
  だったらいっそ、
  看板メニューにしてしまえよ
店主「おまたせしました」
  コトッ・・・・・・
  テーブルの上に、
  猫ブイヤベースが置かれる
リョウジ「なるほど、これはうまそうだ」
  浅い皿の上には、
  ほどよく煮込まれたムール貝やらホウボウやらがほどよく乗っている
  どの食材もトマトソースをまとって、
  うっすらと赤く染まっている
リョウジ「どれどれ・・・・・・?」
  ひと口すくって口に運ぶ
  ウイキョウの香り、
  サフランの香り、
  そしてスープに溶けだした海鮮の旨み、
  それらが渾然一体となって、
  ふあぁっと口の中に広がる
  本来はクセの強いサフランの苦味は、
  濃厚な魚たちのエキスをまとって、
  ストンと喉を落ちていく
リョウジ「うまいな、これは」
  普段は言わないようなセリフを口にしていた
  思わず頬が緩み、
  俺のようなおっさんでも自然と笑顔が零れる
  後はただ、黙々と食べることに専念する
  気付いた時には、
  俺は添えられていたバゲットで皿をぬぐって食していた
  客がだれも居なければ、
  皿を舐めていたであろう
  みんな満足げに店を後にする
  どの顔も幸せそうだ
  これだけ旨いブイヤベースを食べられたのだ
  それもうなずける

〇黒
  ――だが私は、この猫ブイヤベースの秘密を知っている
  それは・・・・・・

〇おしゃれなレストラン

〇広い厨房
店主「私は知っています この猫ブイヤベースには、 猫肉が使われてる」
店主「なんてウワサがあることくらい」
店主「そのウワサ、 本気で本当だと思ってますか?」

〇ビルの裏
  自己紹介が遅れたが、
  俺は某グルメガイドの編集部で
  覆面調査員をやっている
  クロネコ軒、
  味は確かなのだが、
  掲載すべきなのか判断に迷っている
  そりゃそうだろう
  猫肉を使っている料理店など、
  グルメガイドに掲載できるはずがない
  確たる証拠を掴むために、
  俺は厨房に侵入することにした

〇広い厨房
  周りを見回し、そっと寸胴のふたを開ける
  これは──
  デミグラスソースか・・・・・・
ブイヤベ「ふぎゃーっ!!」
  突然の猫の鳴き声に、
  俺は・・・・・・
  気絶した

〇牢獄
カップル客「助けてくれっ!」
カップル客「お願いっ! ここから出してっ!」
リョウジ「何だここは?」
店主「店の地下室だよ。 地下牢とも言うかな」
店主「猫ブイヤベースの秘密を知りたかったんだろ?」
店主「お望み通り教えてやるよ、 ほらっ!」
リョウジ「これは・・・・・・」
店主「骨だよ。人間の」
店主「旨いダシが出るんだよ。 それこそ病み付きになるくらいのな」
リョウジ「猫ですら、ないのか・・・・・・」
リョウジ「貴様、今までいったい何人の・・・・・・」
店主「人数か? 覚えてねえな。 知りたきゃ後ろ見てみな」
リョウジ「っ! うわぁぁぁぁっ!」

〇骸骨

〇牢獄
店主「せっかくだ。 明日の猫ブイヤベースには お前で取ったダシを使うことにしよう」
リョウジ「やめろっ!」
店主「皆様に美味しく召し上がってもらえっ!」
リョウジ「うわあぁぁぁーっ!」
ブイヤベ「にゃー」

〇広い厨房
ブイヤベ「にゃー」
リョウジ「うーん・・・・・・」
店主「お目覚めですか」
店主「それにしても」
リョウジ「どうしても知りたかったんだ、 あのブイヤベースの秘密を」
店主「何も特別なことはありませんよ」
リョウジ「ウソだ!」
店主「ウソじゃありません」
リョウジ「俺は知ってる!  あんたの店で出だしてる猫ブイヤベースは猫肉が混ざっている。 だからあんなにも病み付きなんだ」
店主「・・・・・・」
リョウジ「ほらみろ、何も言えないじゃないか」
店主「仕方ありませんね」
店主「おいで、ブイヤベ」
ブイヤベ「にゃ?」
リョウジ「もしかして、コイツを今から・・・・・・」
  店主が厨房から持ってきたのは、包丁
  ではなくて
  猫皿に入ったブイヤベースだった
ブイヤベ「にゃは♡」
店主「これが秘密の正体です」
リョウジ「まったく意味不明だが」
店主「冷たくするんです。ブイヤベースを」
リョウジ「うまいのか、そんなものが」
店主「ネコは熱いもの食べられないでしょ ネコ舌ですから」
店主「この子が満足してくれない時は、お店にも出さないんです」
店主「この子はいつもブイヤベースの最初のお客様なんです」
店主「だから猫ブイヤベースと名付けました」
リョウジ「しかし・・・・・・聞いたことがない、 冷めたブイヤベースなど」
店主「試してみますか? 冷めたブイヤベースを」
  店主は俺の前にブイヤベースをおいた
  ひと口すくって口に運ぶ
  温かいブイヤベースに比べると、
  口の中に広がる香りが少ない
  だが、しかしだ
  食材を噛んだ瞬間、
  具材にしみた濃厚な海鮮のエキスがじゅわっと広がった
リョウジ「うまい」
店主「でしょ?」
  最後の一滴まで、ひと息にかきこむ
リョウジ「おかわりが欲しくなるな」
店主「ふふっ。 それは次回のご来店時に」
店主「その時は特別に冷えた猫ブイヤベースをお出しさせていただきますから」
ブイヤベ「にゃー」

〇おしゃれなレストラン
  カランカラン
店主「いらっしゃいませ! お待ちしておりました」

〇店の入口
  当店は洋食屋のクロネコ軒です
  おいしいお料理でおもてなしいたします
  おわり

コメント

  • 途中まで本当にホラーだと思ってました。
    猫ちゃんも人間も無事でよかったです。
    「猫ブイヤベース」って、そう言う意味だったんですね。
    すごく美味しそうです!

  • ホラーじゃないという言葉を信じようとするも、やっぱり色々と想像してしまう展開に見事にやられてしまいました。
    とても愛らしい猫様が無事で本当に良かったです、それだけが心から心配で。あっ人間も無事でヨカッタデス(付け足し感)

  • えっ猫の肉??えええ?人の肉???とまさに翻弄させられヒヤヒヤしましたがまさかのほっこりエンディングで読んでいて色んな感情を味わえ楽しかったです!

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