このメロディーは誰のもの?

木春詩野

リオというピアニスト(脚本)

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〇炎
  誰が悪いわけでもない。
  何かが悪かったわけでもない。
  そういう「どうしようもない」ことというのは、この世にありふれている。
  きっと、あれもそうだった。
  頭では理解している。
  それでも──
ハル「リオ、リオ!!!!! お願いだ、返事をしてくれ!!」
ハル「リオ!! お願いだ!!」
  それでも、時が戻ればと思うことはある。
  そう思ってしまうのは、罪なのだろうか。

〇劇場の舞台
  ピアノが最後の音を鳴らした瞬間、「ブラボー!」という声がホール中に響いた。
  聴衆は余韻を待つことなく、我先に、我先にと「ブラボー」と叫ぶ。
  場内の様子をゆっくりと見まわした少年──リオは、椅子から立ち上がり、にこりと微笑んだ。
リオ「本日はご来場ありがとうございました」
  騒がしかったはずの客席は、リオが話し始めたことで静寂を取り戻す。
リオ「また来年もここでピアノリサイタルを開催するので、来ていただけたら嬉しいです」
  その言葉に、どこからともなく歓声が湧き上がった。
  聴衆は再び「ブラボー」と叫ぶ。
  言葉は波のように伝播し、ブラボーの叫びが会場を包み込む。
  リオはもう一度にこりと微笑み、舞台からおりた。

〇大ホールの廊下
モブA「さすがリオくん、今日の演奏も素晴らしかったですね」
モブB「本当に、素敵でしたね。彼の演奏を聴くと、心が揺さぶられる気がいたします」
モブC「わたしは昨年、チケット戦争に負けてしまってね。今年初めて聴けたんですよ」
モブC「いやあ、まったく評判通り、美しいピアノでしたな。チケットが取れて本当によかった」
モブA「リオくんは巨匠たちも認める天才ピアニストですからね」
モブA「チケットはどうやってもとるのが難しいんですよね」
  コンサート終わり。
  聴衆たちは熱気も冷めきらぬまま、談笑に勤しんでいる。

〇黒背景
「うん、さすがだね、リオ。 それでこそ僕のリオだ」

〇大ホールの廊下
  ホワイエの片隅で男のひとりごとがぽつりと放たれる。
  だがそれに他の客が気づくことはなく。
  男はその場から去った。
モブB「でもリオくん、すごいですよね。 あんなことがあったのに・・・・・・」
モブC「むしろ、あんなことがあったから、なのかもしれんな」
モブA「まあ、そうですね」
モブA「だから彼は『奇跡のピアニスト』になれたと言えるのかもしれません」
モブA「あんな火事の中から生還した、天才ピアノ少年ですからね」

〇コンサートの控室
ハル「今日もお疲れ様、すごかったよ」
リオ「いつも通りに弾いただけです、先生」
ハル「先生だなんて、悲しい呼び方はしないでくれ・・・・・・」
リオ「そうでした、オトウサン」
  リオのぎこちない呼び方に、「先生」と言われていた男性──ハルは嬉しそうに微笑んだ。
ハル「うん、そうそう。 僕はリオのお父さんだからね」
リオ「もちろん、わかっています。 オトウサン」
  リオはにこりともしない。
  その一方、ハルは満面の笑みを浮かべている。
  異様な光景だった。
  だが、それをふたりとも気にも留めない。
ハル「ところでリオ、演奏中、なにか不具合はあったかな?」
リオ「そうですね・・・・・・」
  少し思案したリオは、おもむろに服を脱ぎ始める。
リオ「強いて言えば、ですが、肩の可動域が少し狭くなった気がします」
  リオの申告を聞いたハルは、あらわにされた肩をじっと見つめた。
ハル「そうか。 うん、わかった。家に帰ったら少し調整をしようね」
リオ「はい、お願いします」
ハル「親が子どもの面倒を見るだけだ。 当たり前だろう?」
リオ「そうでした。 えっと、ありがとうございます、オトウサン」

〇研究開発室
ハル「じゃあ、調整を始めよう。 リオ、そこに座ってくれ」
  リオは指示通り、椅子に腰かける。
  すると身体に次々と機械を取り付けられた。
  だがリオはそれを気にしない。
  いつも通りだからだ。
ハル「最近、演奏会続きだったから腕がちょっと悲鳴を上げているのかもしれないね。 少しいじるよ」
  ハルはそう言って、パソコンのキーボードを慣れたように叩き始めた。
  リオはそれを黙って見つめる。
ハル「やっぱり腕が摩耗しているから取り換えるね」
  一言断りを入れたハルは、がちゃんと大袈裟な音を立ててリオの両腕を外した。
  リオはピアニストにとっての武器であり商品であるそれが外されたとて、動揺もしなければ反抗もしない。
  ただ当然のように見つめるだけだった。
ハル「明日までに新しいのを用意するからね」
リオ「はい、ありがとうございます」

〇黒背景
  動揺も反抗もするわけがない。
  だって、リオはそもそも人間ではないから。
  彼はハルが創り出した機械だ。

〇炎
  ちょうど四年前のこと。
  ハルとリオの暮らす家が燃えた。
  ハルは妻に先出たれており、父ひとり子ひとりだった。
ハル「リオ、リオ・・・・・・」
  ちょうどハルが仕事で家にいなかったときのことだった。
  だからハルは無事だった。
  だが、リオは。
  リオは炎に包まれてしまった。
  妻の忘れ形見を失ったハル。
  彼は狂ってしまった。
ハル「リオはよくピアノを弾いてくれるんだ。 上手なんだよ、きっと妻の遺伝子だね。 彼女も上手だったから」
  彼にはリオを生き返らせるために技術があった。
  だから──
  本当にリオが生き返ってしまったのだ。
  機械仕掛けのリオが。
リオ「新しい腕、楽しみです。 そしたら、オトウサンに最初にピアノを弾きますね」
ハル「それはすごく楽しみだな」
  きっとこれは、悲しい秘密。
  リオもハルもわかっているかどうかわからない、秘密。

コメント

  • ストーリーの展開も、表現の仕方や会話のテンポもよくて自分の中でイメージしながら読ませて頂くことが出来ました。昔の悲しい思い出、、、が何だか心に残っています。

  • 観客をモブと表現しているのに笑ってしまいました。そして今リオくんが機械としている事が嬉しい事なのか悲しい事なのか、お父さんと、リオ君の気持ち次第だなと思いました。

  • 火事から生還した少年の秘密を誰も知らない。
    知ったらどういう反応をするのか?近未来には、普通のことになっているのかも?そんな想像してしまいました。

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