被検体3613(脚本)
〇大樹の下
ここはとある郊外の公園。
近隣には工場が建ち並ぶ。
その周りは煙や排ガスも多く人が近寄らない。
特に中心は何やら真っ白の怪しい建物があり、何だか怪しい研究がされているんではないかと噂が絶えなかった。
「・・・はぁはぁ!」
シンジ「ふぅ!」
シンジ「よっし!これで走り込み10キロ終了!」
シンジ「ここは人が立ち寄らないから、ランニングの練習にはもってこいだな。 よし、帰るか」
シンジは呼吸を整えて歩いて公園から帰路に。
シンジ「ん?何か茂みのほうが揺れたような?」
シンジの脳裏には噂話が過る。
シンジ「いやいや、そんなそんな。 ・・・犬かなんかだろ?」
そう自分に言い聞かせる。
その時には既に好奇心が勝り、手が茂みのほうに伸びていた。
先程の発言はまるで自分を合理化させる為のもののようだった。
茂みの奥の方には不思議な格好をした少女の姿があった。
〇大樹の下
シンジと少女はお互いに見合って止まってしまった。
シンジ(な・・・なんで・・・女の子が? ・・・いや、それになんだ? この服は?)
被検体3613「あなたは・・・誰ですか?」
シンジ「あ、・・・俺はシンジ・・・。 えっと・・・あなたは・・・名前」
被検体3613「・・・・・・・・・・・・」
被検体3613「被検体3613」
シンジ「え?あ?・・・被検体?・・・」
シンジは少女の言葉に脳みそがついていかなくなっていた。
「おい!被検体はどこに行った?」
被検体3613「いけない!逃げないと!」
シンジ「ちょっと!?」
シンジは少女の後を追いかけた。
研究員「さてさて被検体が逃げ出してしまいましたね」
研究員「さてこれからだ」
〇カウンター席
公園から逃げてきた二人はファストフード店に入っていた。
被検体3613「シンジ君、一緒に来てくれてありがとうね」
シンジ「いやいや、そんなそんな」
被検体3613「ねぇ、これ何?」
シンジ「ハンバーガーだけど?」
被検体3613「食べていいの?」
シンジ「う、うん」
被検体3613「やった!ありがとう!」
被検体3613「お、美味しー!!」
シンジ「はははっ、そんな大げさな」
被検体3613「だって、美味しーんだもん!」
被検体3613「私、シンジ君好きよ!」
シンジ「な、何さいきなり!」
被検体3613「だって、こんなにお話できるのも、楽しい話ができるのも、大事にしてくれるのも、シンジ君が初めてで♡」
被検体3613「もしかして迷惑?」
シンジ「迷惑じゃないよ! ただ慣れないし、なんというか・・・」
お互いに視線が合うと体温が上がってしまい、思わず視線を反らす。
(このまま、この時間が続けば良いのに)
被検体3613「あのね!シンジ君!」
被検体3613「私! きっとこれから! ずっとこれから! シンジ君の事を忘れないからね!」
シンジ「そんな・・・変な言い方だなぁ。別に俺はどこにも行かないし」
しかしふとシンジは現実に帰ってきた。
シンジ(いや、待てよ。 彼女が何かの被検体だとしたら・・・)
シンジ(何かの病気? それとも研究? そもそも被検体3613って そんなたくさんの被験者がいるのかな?)
シンジ(とはいえ。 本人に聞くのは野暮だしなぁ)
突如部屋の中に流れるアラーム。
そして店員も客も一斉に外へ出ていく。
被検体3613「な、何?何!?」
シンジ「分からないけど・・・ 一緒に、出よう!」
シンジが被検体3613の手を握り外へ行こうと出入り口に向かった。
しかしそこには大量の白衣を身にまとう研究員達が。
研究員「いやいや、まさか外と接触していたとはね」
研究員「被検体3613」
〇カウンター席
被検体3613「あ、あなたは・・・研究所の!」
研究員「そうだよ。 逃げてもいいんだが、まさか外の人間と接触しているなんてね」
研究員「まぁ、 『予定通り』処分する」
処分という言葉をシンジは聞き逃さなかった。
シンジ「待ってくれ! 処分って!? 彼女は一体何の研究を!?」
研究員「私は君と話す気など毛頭ないよ」
被検体3613「あっ?・・・」
シンジの耳には酷く重たく鈍い音がした。
振り返るそこには被検体3613が力無く人間のように倒れていた。
シンジ「おい! しっかり! しっかりしてくれ!」
被検体3613「私は・・・ シンジ・・・く・・・ん・・・。 忘れな・・・い」
シンジ「待ってくれ、待ってくれよ・・・」
被験体3613に返事は無かった。
研究員「よし・・・被検体3613は正常だ」
シンジ「正常だ? 何がだよ!」
研究員「やれやれ、チンパンジーにも分かるように説明するのが大変だ」
少し間が空いて研究員は口を開いた。
研究員「まぁ、簡単に説明すると 我々は頭脳の保存をテストしているんだ。 脳みそは電気信号で動いているから」
研究員「そして、人間の動作を司るのは実は単純な『無意識』にある。 『無意識』の行動に『意識』が理由をつける」
研究員「いつの間にか食べ物に手が出ていたとか、そういうことあるだろう?その後に『腹が減っていた』と意識が理由付けするんだ」
シンジはふと、被検体3613との出会いを思い出していた。
確かに手が出て、「犬がいるんじゃないかと。」理由付けをしていたようだ。
研究員「まぁ、そんな訳で・・・。 君が納得するように説明すると 彼女、つまり被験体3613は生きているよ。 スマホの中にね」
シンジ「そうなのか!?」
研究員「まぁ、正しくは被検体3613の無意識がね」
研究員「我々の研究は来る世の中に備え、人の無意識を機械に落とし込んだ時にどのような動きをするかを調べているんだ」
研究員「残念ながら次の被検体3614になる頃には 君の事は覚えていない。 また一人で逃げたり見知らぬに声をかけるのさ」
研究員「こうして、産まれては死んでを繰り返す。 我々の無意識による行動の研究成果を高めるためにね。 はははっ!」
シンジは一人残されて膝をその場についた。
〇電脳空間
被検体7961「・・・シンジ君・・・会いに行くね」
臓器を移植された体には、提供者の記憶や嗜好が発現することがあるのを思い出しました。それと同じように、感情と結びついた被検体の記憶の在り処にも人智を超えた
神秘を感じます。ある日突然、シンジを探し続けた最新バージョンが彼の前に現れたりして…。
はじめてふれあった大事な人だったんだろうなと切なくなりました。彼女の未来が明るくあるといいと祈ってしまいますね。
虚しい終わり…かと思いきや、しっかり覚えてた!?
小さな希望が見える終わり方が好きです。