君のいる教室(脚本)
〇教室
俺と凛が出会ったのは、高校一年の入学式。
式が終わって帰ろうと校門を出た時、忘れ物に気付いた俺は教室に戻ったんだ。
陽「・・・誰か居る?」
教室に着いて中を覗けば、一人の女子生徒が窓際の席に座っている。
彼女は机に伏せて眠っているようだ。
俺は本来の目的を忘れて、眠る彼女の元にそっと近付いた。
開いた窓からはまだ少し肌寒い春の風と共に、満開の桜の花びらが舞って教室の中に入ってくる。
その花びらの一枚が引き寄せられるかのように、眠る彼女の頬へと落ちる。
俺は無意識のうちに花びらを取ろうと、起こさないように手を近付けた。
陽「あ・・・」
大きなピンク色の瞳と目が合った。
起こしてしまったという罪悪感と、このあまり良いとは言えない状況に固まっていると・・・
凛「・・・おはよう」
彼女は俺を見つめてただ、ふわりと微笑んだのだった___
〇学校脇の道
俺と凛が出会ってから付き合うまで、時間はかからなかった。
初めて会ったはずなのに、彼女とは不思議なくらいに気が合った。
だから俺達が惹かれ合うのは必然だったのかもしれない。
凛「ねえ、陽くん」
陽「なんだ?」
凛「手・・・繋いでも、いい?」
ある日の帰り道。
少し照れながらもはっきりとそう口にした凛。
こんな可愛い願いを俺が断るはずがない。
陽「そんなの、聞かなくたって良いに決まってるだろ」
そう言って俺よりも小さな手を包み込めば、彼女は一瞬驚いたような顔をする。
だが、すぐに照れ笑いを浮かべて口を開いた。
凛「ありがとう。 私、恋人が出来たらやってみたかったの」
ただ手を繋いだだけなのに、心底嬉しそうに笑う凛。
その目元にはうっすら涙さえ浮かんでいる。
少し大袈裟なような気もしたが、彼女を見ていれば俺の口元にも自然と笑みが浮かんだ
〇大きな木のある校舎
俺達は順調に恋人として仲を深めていった。
凛はアウトドア派なのか、とにかく色々なところへ行こうと誘ってくれた。
遊園地、夜景、海・・・とにかく彼女の望む場所へ一緒に出掛けたんだ。
俺と居る時の彼女はいつも本当に楽しそうで、それは俺も同じだった。
そんな凛だが、いつも必ず言う台詞があった。
凛「私、恋人が出来たらやってみたかったの」
凛は俺と二人でどこかへ行った時や何かをした時に、必ずそう言うんだ。
いつも言うから自然と記憶に残るけれど、特に気にはしなかった。
あの言葉に凛の想い全てが詰まっているなんて、知る由もなかったんだ。
〇教室
時は過ぎ・・・俺達は卒業式を迎えていた。
式の後、俺は凛と二人であの一年の教室に居た。
俺達が初めて出会った大切な場所。
凛「懐かしいね。もう三年も経ったなんて・・・何だか信じられない」
陽「だよな。この三年間・・・お前が居たから、本当に楽しかったよ」
俺達が出会った時と同じように咲き誇る桜を眺める凛が、隣に立つ俺に視線を向ける。
静かに微笑む彼女に胸の奥の奥をぎゅっと掴まれた気がして、思わず彼女の手を取って口を開いた。
陽「なあ、凛。まだいつになるかは分からないけど・・・」
陽「将来、俺と結婚してくれるか?」
俺の一言だけが、二人だけの教室に響き渡る。
突然のプロポーズに少しの間固まったように動かなかった凛は、我に帰ると彼女も手を重ねてきてくれた。
凛「ふふ・・・ありがとう、陽くん。 これもね、ずっと憧れてたんだ」
凛「大好きな人からの、プロポーズ」
愛おしそうに俺の手を見つめる凛。
次の瞬間、ポタリと冷たい雫が手の上に落ちて弾けた。
陽「!なっ泣いてるのか・・・?」
凛「だって、嬉しかったから・・・ 陽くんはいつだって、私の願いを叶えてくれた・・・」
凛「本当に・・・本当に、嬉しかったの」
次から次へと溢れ出る涙を拭いながらも、凛は俺と目を合わせて震える声で言ったんだ。
凛「だから・・・もう、お別れなんだって・・・最後なんだって思うと、やっぱり辛いね・・・」
桜の花びらを散らす風の音が、妙に強く聞こえた気がした。
何を言われたのかが・・・俺には分からない。
ただ涙を流す彼女を見る事しか、出来ないんだ。
陽「どういう・・・意味だ?」
凛「私ね・・・もう一度陽くんに会う為に、ここに来たの」
凛「本当の私は高校一年の秋に、病気で死んじゃったんだ。 陽くんに想いも伝えられないまま・・・」
凛「だから神様にお願いしたの。 もう一度だけでいいから、陽くんにまた会わせてくださいって」
凛「そしたらまた会えた・・・ でも、私が陽くんとしたかった事を全部叶えるまでっていう、条件付きなんだけど」
凛「今まで黙ってて、ごめんね・・・」
こんな話、到底信じられない。
いや・・・信じたくない。
でも・・・彼女の流す涙が、これが現実なんだと嫌でも教えてくれる。
陽「!? 凛、お前・・・透けて・・・!」
言葉の通り、凛は淡い光と共に透け始めていた。
凛「もう、時間みたい。 だからせめて・・・最後は、陽くんの好きな私でいるから・・・」
陽だまりのような暖かさが、俺の唇に触れる。
凛「またね、陽くん!」
凛、と名前を呼ぶ前に、彼女は消えてしまった。
俺の大好きな笑顔を残して・・・
陽「・・・・・・」
陽「凛・・・また、な」
俺が一人呟いた言葉は、君の居た教室で静かに溶けていったのだった。
Fin.
切ないお話ですが、もう一度彼と会って願いを叶えて…彼女は幸せだったでしょう。
ただ、美しく温かい思い出として、彼の心に残った彼女を思うと少し悲しいです。
優しい終わり方がそのまま記憶を優しいものとして完成させているようで、美しくも切ないです。やりたいことがもっとあったらもっとそばにいられたんじゃないか…などと悪あがき的に考えてしまいました。あとがきのエピソードで気持ちが救われました。ありがとうございました。
凛ちゃんの願いが叶ってよかったとおもう反面、幸せな時間を過ごしたら過ごした分、余計に別れが辛くなったりするんだよなぁとか現実的なことまで考えてしまいました(涙)それでも私が凛ちゃんだったとしたら、やっぱり彼と一緒に過ごすという選択をしたと思います。純愛っていいなぁ。