空白のひとコマ

遠藤彰一

エピソード1(脚本)

空白のひとコマ

遠藤彰一

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〇ハイツ
  とあるマンションの一室。
  漫画家、木嶋真也(きじましんや)の部屋・・・

  午前2時35分──

〇漫画家の仕事部屋
  漫画家アシスタントの小田正人(おだまさと)、長谷川清香(はせがわきよか)は締め切りに向け机に向かっている。
  ベテランアシスタントの宮本義和(みやもとよしかず)はエアコンの修理をしていた。
  ブーッ、ブーッ、ブーッ、ブーッ
長谷川清香「小田君、電話。気が散ります」
小田正人「いや、俺のじゃないっすよ。 木嶋(きじま)先生のっすね」
「・・・・・・」
  ブーッ、ブーッ、ブーッ
  ブーッ、ブーッ、ブーッ
小田正人「先生ー、電話なってますよー」

〇漫画家の仕事部屋
長谷川清香「小田君、電話出てください」
小田正人「清香さんが出てくださいよ。 ってか、いつまでやってるんすか宮本さん」
「うーん。駄目だねえ」
小田正人「もういいっすよ。少しくらい暑くたって。 どうせ今日で最後なんだし」
宮本義和「出なよ。石黒さんでしょ。 こんな時間にかけてくるの」
小田正人「だから嫌なんですよ」
長谷川清香「なぜですか?」
小田正人「だって、仕上がった分をFAXで送れって言われるに決まってるじゃないですか」
長谷川清香「それの何がいけないんですか?」
小田正人「あの人、仕上げになってから無茶なこと言い出すんですもん。 ろくにネームも見ないくせに」
長谷川清香「それで少しでも作品が良くなるのであれば良いじゃないですか」
小田正人「真面目だなー、清香さんは」
長谷川清香「当たり前のことだと思います」
宮本義和「まあ、あの人は編集部の言いなりだからね」
小田正人「そうそう。 自分の意見が一切ないっていうか。 あ、仕上げ終わりました」
宮本義和「貸して」
  ブーッ、ブーッ、ブッ・・・
小田正人「あ、切れた」
長谷川清香「私、折り返します」
小田正人「まあまあまあ」
長谷川清香「何か?」
小田正人「どうせ5時になれば原稿取りに来るんだから。 それまでは放っておきましょ。ね?」
長谷川清香「でも・・・」
小田正人「まだ仕上げ残ってますよね? それからでも遅くないっすよ」
長谷川清香「・・・・・・」
宮本義和「まあ、小田君の言っていることも一理あるよ。 直しは僕らだけでもできるからね」
小田正人「そうそう。で、どうですか? 俺の仕上げ」
宮本義和「この背景って、前回の使いまわし?」
小田正人「あ、そうです。バレました?」
宮本義和「うーん。 さすがに先週と全く一緒だと読者も気付くかな」
小田正人「別にいいんじゃないですか? 同じ構図なんですし」
長谷川清香「良くないと思います」
小田正人「え」
長谷川清香「せめて最後くらいちゃんとやりましょうよ。 まだ締め切りまで2時間以上あるんですから」
小田正人「えー」
宮本義和「じゃあ、ここをちょっと手入れしようか」
小田正人「どんな風にですか?」
宮本義和「あー、僕がやっておくよ。 こんなのすぐだから」
小田正人「あざっす」
  スマホが繋がらないことに業を煮やしたのか、自宅用の電話が鳴り始める。
  トゥルルルルル、トゥルルルルル
小田正人「あー、もう。ほんっと、しつこい。 俺、先生起こしてきます」
長谷川清香「先生、絶対に起こさないでくれって言ってましたよ」
小田正人「もう起きてもいい時間です」
  トゥルルルルル、トゥルルルルル
長谷川清香「小田君。電話出て」
小田正人「何で俺なんすか? 勘弁してくださいよ。 こういうのは一番新人の人が」
宮本義和「小田君、手、空いてるでしょ?」
小田正人「清香さん、俺の方が先輩っすよ」
長谷川清香「私の方が年上ですけど?」
小田正人「そういう意味じゃなくて。 清香さんはいつからここで働いてますっけ?」
長谷川清香「半年前からですけど?」
小田正人「俺はもう3年目。あら大変。 2年半も俺の方が長く働いてる!」
宮本義和「小田君」
小田正人「・・・わっかりましたよ」

〇漫画家の仕事部屋
小田正人「はい。お疲れ様です・・・ 先生は今仮眠をとってます。 ・・・多分間に合うと思いますよ」
小田正人「・・・いえ、絶対間に合います。 あとひとコマだけなんで」
小田正人「え、今からっすか?」
小田正人「大丈夫ですって。だって5時までですよね? 背景はほぼ終わってるし、あとは表情だけ・・・」
小田正人「はい、分かりました」
  ガチャンッ──

〇漫画家の仕事部屋
小田正人「すぐに来るそうです」
宮本義和「そう。 今から向かうとなると30分後くらいかな」
小田正人「いや、10分程度で着くとのことです」
宮本義和「そう」
小田正人「俺は嫌ですよ。今から描き直しなんて」
長谷川清香「さすがに今から修正はないのではないでしょうか。 締め切りは5時なんですから」
小田正人「でも、今回、最終回じゃないですか。 何言い出すかわかんないっすよ」
長谷川清香「最後だからって関係ありますか?」
小田正人「大ありですよ。 あの人、この作品に出世かかってるみたいだし」
長谷川清香「出世のことはわかりませんが、私は指示を受けたら描き直します」
小田正人「俺は勘弁。 『報い人』の最終回に携われたのは光栄なことだけど、自分の漫画も描かなきゃなんで」
小田正人「小塚(おづか)賞の締め切りも近いし・・・ 宮本さん、確認お願いします」
宮本義和「はい。これでオッケー」
小田正人「終わったー」
  作業が終わり、宮本はスタスタと玄関の方へ歩いていく。
宮本義和「じゃあ、清香ちゃんの仕上げ、手伝ってあげて」
小田正人「え・・・」
宮本義和「当たり前でしょ」
小田正人「ですよね。 で。宮本さんはどちらへ?」
宮本義和「一服」
小田正人「・・・・・・」
  宮本が外に出て行き、玄関が締まる音が部屋に響き渡る。
小田正人「・・・・・・」

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