読切(脚本)
〇黒
・・・!!
煩わしい目覚まし時計の音が脳を揺らした。起床の時間だ。
〇男の子の一人部屋
朝なんて来なければいいのに。そうしたら世界はもう少しだけ楽なのに。
「『お兄ちゃん、おはよ。ご飯食べよ。』」
おはよう、ミコ。
ミコは僕にとっての癒しだ。いつもその笑顔で僕を肯定してくれる。
ミコ「ほら、起きて起きて。朝ごはん食べよ」
しょうがないな。分かった起きるよ。 けど、塾は行きたくないな。 だるいし。 受験とかどうでもいい。
「こら、あき! いい加減起きなさい! 今日も塾でしょ!?」
僕は舌打ちをした。 心の中では抑えきれない苛立ちが巻き起こり、僕は枕をただひたすらに殴った。部屋に埃が舞った。
ミコ「わわ、お兄ちゃん抑えて抑えて。お母さんもお兄ちゃんの事が心配なだけだからね。大丈夫大丈夫」
いやなんかもうすべてがウザいんだ。親も塾も何もかもがノイズなんだ。この世界は僕にとってすべてがノイズなんだ。やかましい。
ミコ「うんうん、全然大丈夫だよ! ミコは何があってもお兄ちゃんの味方だからね」
ミコは僕にとって最良の妹で、神聖だった。僕の精神はミコのためにあって、僕の人生はミコと暮らすためだけに費やされるべきだ。
それが僕にとっての幸せで、けれど誰にも理解されるはずがなかった。
僕は部屋を出て階段を降りた。外では煩わしいアブラゼミが鳴いていた。朝ごはんのにおいがした。
僕にとって現実は退屈で窮屈だった。すべてが醜く見えて仕方がなかった。
僕にはミコが全てだった。
〇おしゃれな教室
夏期講習の教室はすでに気味が悪いくらいにしんとしていた。皆がテキストに向かい、予習に励んでいた。
僕はなぜ皆がそこまで受験に励むのかが分からなかった。高校に行って何かがしたいわけでもないし、そもそも勉強が嫌いだった。
僕は動物が好きだったから、ただその絵を描いていたかった。そして、それを仕事にしたかった。
それを去年母親にそれとなく伝えたが、返ってきたのは
「夢なんかみんと、ちゃんと勉強して公務員なるのが1番よ」
というどこまでもつまらないセリフだった。それからというもの僕は母親ですら視認するのをやめた。
そもそも公務員なんて仕事はない。
僕は空いていた席にそっと座り、テキストとノートを取り出した。そこには大量のラフスケッチが書かれていた。
ミコ「わわ、やっぱお兄ちゃん絵うまいね。これ全部えんぴつで書いたんでしょ? 雀に鳩、あとはフクロウとペンギン?」
ああ、そうだ。全部鉛筆で書いたんだ。お兄ちゃん、勉強は嫌いだけど、これだけは好きなんだ。
ミコ「えへへ、ミコ、お兄ちゃんの絵見るの好き」
ああ、まあこんなの出来てもミコ以外誰も褒めてくれないけどな
ミコ「大丈夫、ミコがちゃんと見てるからね」
ありがとう。ミコだけが救いだ。
僕にはミコがいて、ミコには僕がいる。これからもずっと一緒だ。
ミコ「うふふ、嬉しい。ミコもお兄ちゃんのことずっと好きだらかね」
気づけば授業開始の五分前になっていた。教室の扉が開き、教師が入ってきた。
「うし、やるぞー。準備いいかー? 今日は鎌倉幕府のところ総ざらいすっからなー。もちろん予習はしてるな?」
してるはずなかった。源氏も平氏も等しくどうでもよかった。そんなことよりもアデリーペンギンの可愛さの方が大事だった。
そんな僕の意志とは関係なく授業が開始された。ハイレベルクラスの名に恥じない凄まじい授業速度と演習量だった。
僕は苦しかった。この場に居たくなかった。
絵を描いて、呼吸を整えた。それでも無理だった。僕の体は、心は引き裂かれそうだった。
ミコ「お兄ちゃん、大丈夫?顔色悪いよ?」
いや、もうダメだ。しんどい。脳がゼリー漬けにされたみたいに苦しいんだ。
考えてみてよ。これから先のことをさ。受験して、高校入って、また受験。そしたら就活。あとは無限労働さ。死ぬまでそれが続く。
もう僕は辛いよ。ミコと、このスケッチと一緒に死にたいよ。
ミコ「お兄ちゃんはそれでいいの?ならミコもそれでいいよ」
それでいいんだ。もう十分生きた。
ミコ「そっか、なら死のう。お兄ちゃんがそれで救われるならそれでいいよ」
僕はノートと鉛筆を持って立ち上がった。先生が何かを言っていた気もしたが無視した。
僕は非常階段へ続く扉を開けて、飛び降りた。
時間は思ったよりもゆっくりと流れていた。僕はミコのことを考えていた。
ミコは、僕がこの世界に押し潰された結果生まれた僕の魂の片割れだった。だからミコは僕の妹なんだ。
またそれは僕の絵にも同じことが言えた。僕は自らの魂の残骸を紙に描くことで、何とか呼吸しようとしていた。
親や先生は絵ばかり描いて、独り言を呟くだけの僕を気味悪がっていた。そんなあいつらに僕が飛び降りた理由を知れるはずがない。
僕は秘密を守り続けたんだ。大好きな人を、動物を、最後まで愛し続けることが出来たんだ。
僕は負けてなんかない。むしろ勝ったんだ。
ざまみろ、てめぇら。一生苦しんで、拷問のような世界で生き続けろや、ばーか。
「はははははははははは」
僕は笑った。
脳内に架空の女性を作るほど、彼は疲れ切っていたんでしょうね。
自分を肯定してくれる誰かを欲していたのかもしれません。
最期の時まで彼女と一緒で、これでよかったのかと少し考えました。
彼を思うと切ないです。
短いストーリーの中に内容がギュッと凝縮されていて楽しく読ませて頂きました。命を絶ってしまうのは悲しいことですね、当人にしかわからないこともありますよね。
ミコちゃんが妹としてずっと書かれていたので、同じクラスにずっと一緒にいることに違和感を感じて、あれ、生まれた日&年齢が同じ双子だったのかななんて考えながら読みすすめましたが、最後の場面でやっと違和感がとけました。主人公の分身だったんですね。