晴天と雨と私と

秋田 夜美 (akita yomi)

晴天と雨と私と(脚本)

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秋田 夜美 (akita yomi)

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〇神社の本殿
女の声「最近よくおいでになりますね」
時雨(shigure)「──見えて、いるのか?」
ひより(hiyori)「いえ、残念ながら。でも気配はわかります」
ひより(hiyori)「何かお願い事でも?」
時雨(shigure)「雨を降らせてもらいにな」
ひより(hiyori)「雨乞いの御宮なら5里先に──」
時雨(shigure)「わかっている」
ひより(hiyori)「では、どうしてこちらに?」
時雨(shigure)「あんた、言い伝えを知ってるか」
ひより(hiyori)「私、ひよりと申します」
時雨(shigure)「──ひ、ひよりは」
時雨(shigure)「この神社の祭神が大蛇を退治した話を知っているか?」
ひより(hiyori)「聴かせてもらっても?」
時雨(shigure)「昔このあたりは川の氾濫に悩まされていてな」
時雨(shigure)「大蛇が川で水浴びをするのが原因だったとか」
ひより(hiyori)「大蛇ですか・・・」
時雨(shigure)「困った人々は生贄を捧げて晴天を祈った」
時雨(shigure)「すると、哀れんだ祭神は息を吹きかけて雲を遠ざけたという」
時雨(shigure)「大蛇は雨の降らなくなった土地に嫌気がさして、どこかへ移り住んでいった──」
時雨(shigure)「めでたしめでたし、ってな」
ひより(hiyori)「・・・」
時雨(shigure)「でもな」
時雨(shigure)「一人幸せになってないヤツがいると思わないか?」
ひより(hiyori)「生贄の、少女ですか?」
時雨(shigure)「そうだ。安寧は犠牲なしに成しえなかった」
時雨(shigure)「なのに、みんなそれを忘れちまった」
時雨(shigure)「だから今、長らく雨が降らないのはその恨みなんじゃないかって思ってな」
ひより(hiyori)「悲しい、お話ですね」
時雨(shigure)「ばかだろう? そんなのを信じてるなんて」
ひより(hiyori)「いえ、あなたはお優しいのです」
時雨(shigure)「俺の名は時雨だ」
ひより(hiyori)「時雨──」
時雨(shigure)「さてそろそろ行くが、送ってくか?」
ひより(hiyori)「ありがとうございます でも、慣れた道ですので」
時雨(shigure)「わかった。気ぃ付けろよ」
ひより(hiyori)「・・・」
ひより(hiyori)「またお会いしましょう、時雨」

〇神社の本殿
  ─数日後─
ひより(hiyori)「おはようございます」
時雨(shigure)「おう──」
ひより(hiyori)「お顔の色が優れませんね」
時雨(shigure)「この間、水道が止まっただろう?」
時雨(shigure)「俺の村は井戸水を共有して耐えているが、いつまで保つか・・・」
時雨(shigure)「全村避難も時間の問題だ」
時雨(shigure)「じじぃの水田も干上がっちまったしな」
ひより(hiyori)「そう、ですか」
時雨(shigure)「まぁ俺が祈りを捧げたぐらいじゃあな」
ひより(hiyori)「・・・」
時雨(shigure)「いやなんでもない。また来る」
ひより(hiyori)「・・・」
ひより(hiyori)「──ちゃんと効いてますよ」

〇神社の本殿
  ─さらに数日後─
ひより(hiyori)「おはようございます」
時雨(shigure)「おう──」
ひより(hiyori)「元気、ないですね」
時雨(shigure)「井戸が枯れそうでな」
時雨(shigure)「街まで避難することになった」
ひより(hiyori)「そう、ですか」
時雨(shigure)「ひよりと会うことはしばらくないかもな」
ひより(hiyori)「・・・です」
時雨(shigure)「ん?」
ひより(hiyori)「だから、あの、」
ひより(hiyori)「嫌だ、と言ったのです!」
時雨(shigure)「え?」
ひより(hiyori)「どうすれば、またこちらにおいでくださいますか?」
時雨(shigure)「そりゃあ、水の問題がなくなれば村には戻るが・・・」
ひより(hiyori)「・・・」
ひより(hiyori)「わかりました」
ひより(hiyori)「私が巫女の力で雨乞いをします」
時雨(shigure)「雨乞い!?」
時雨(shigure)「そんなこと・・・効果はあるのか?!」
ひより(hiyori)「はい──」
時雨(shigure)「し、しかし、だとしたら、どうして早く言ってくれなかった?」
ひより(hiyori)「──口止めを、されておりました」
ひより(hiyori)「ごめんなさい」
時雨(shigure)「そう、か」
ひより(hiyori)「あ、あの・・・」
ひより(hiyori)「その代わりというのも難なのですが、」
ひより(hiyori)「今日一日、一緒にいていただけないでしょうか!」
時雨(shigure)「は、はぁ?!」
ひより(hiyori)「私、時雨ともっとお話したいのです!」
時雨(shigure)「弱ったな」
時雨(shigure)「・・・」
時雨(shigure)「わかった!」
時雨(shigure)「村長に連絡するから待っててくれ」
ひより(hiyori)「はいっ!!」

〇神社の本殿
時雨(shigure)「終わったぞ」
ひより(hiyori)「では、お社の中へ」

〇祈祷場
ひより(hiyori)「こちらは私の側仕え」
ひより(hiyori)「左近と右近です」
左近(sakon)「朝飯を用意しました」
右近(ukon)「酒を用意しました」
時雨「お、おう」
ひより(hiyori)「時雨、今日はゆるりとしていってください」

〇山間の集落
  ─翌朝─
時雨(shigure)「ここが俺の村だ」

〇集落の入口
ひより(hiyori)「こちらで──」
ひより(hiyori)「時雨。わがままにつき合ってくれて、ありがとうございました」
ひより(hiyori)「幸せな時間でした」
時雨(shigure)「──俺も楽しかった」
  ひよりは一人枯れた水田へ歩を進める。
左近「あやつ、本気じゃったか」
時雨(shigure)「おまえらいつの間に!」
左近(sakon)「ふん! 祭神の使いに向かって──」
左近(sakon)「まぁよい」
左近(sakon)「薄々わかっておるのじゃろう?」
右近(ukon)「あやつがあの昔話の生贄だと」
時雨(shigure)「・・・」
左近(sakon)「目を失った理由は聞いたか?」
時雨(shigure)「あぁ──」
左近(sakon)「むごい話じゃ」
右近(ukon)「そして生贄として捧げられた」
右近(ukon)「人を恨むのも無理ないじゃろうて」
  時雨の目には真摯に祈りを捧げるひよりの姿が映っていた。
  そして、いつの間にか手にした杖を逆手に舞い始めると・・・
時雨(shigure)「──本当に曇ってきたぞ」
左近(sakon)「あたりまえじゃ」
右近(ukon)「そろそろじゃろ」

〇集落の入口
時雨(shigure)「おぉ!」
時雨(shigure)「降ってきやがった!」
時雨(shigure)「助かるぞ!」
時雨(shigure)「村が助かるんだー!!」
「・・・」
時雨(shigure)「ん?」
時雨(shigure)「なんだかひより弱ってねーか?」
左近(sakon)「──人とは興味深いものじゃな」
右近(ukon)「我らは太陽の眷属」
右近(ukon)「その意味がわかるか?」
時雨(shigure)「おいおい、あべこべじゃねーか!!」
時雨(shigure)「許される、ことなのか?」
「・・・」
左近(sakon)「自身の根源を否定した者の末路はの」
右近(ukon)「いつの時代も同じなのじゃ」

〇集落の入口
ひより(hiyori)「ぅぐ、はぁはぁ・・・」
時雨(shigure)「もうやめろ! ボロボロじゃねーか!」
ひより(hiyori)「村を呪ったのは──」
ひより(hiyori)「私です!」
ひより(hiyori)「私なんですっ!!」
ひより(hiyori)「私が日照りを祈ったから・・・!」
ひより(hiyori)「だから・・・」
ひより(hiyori)「責任を取らせてください!!」
ひより(hiyori)「私が恨んでいたのは」
ひより(hiyori)「この時代の人達じゃない!」
ひより(hiyori)「あなたと」
ひより(hiyori)「あなたの大切な人に」
ひより(hiyori)「迷惑をかけたかったんじゃない!!」
時雨(shigure)「ひより・・・」
ひより(hiyori)「私はまだ舞えます」
ひより(hiyori)「下がっていてください」

〇集落の入口
時雨(shigure)「おい、おまえら!」
時雨(shigure)「ん? 左近!右近!」
時雨(shigure)「どこいった?」
時雨(shigure)「ま、さか・・・」
  時雨は駆け出した。
  ひよりの行く末を悟って。
時雨(shigure)「待て──」
時雨(shigure)「待ってくれ!」
時雨(shigure)「ひよりーっ!!!!」
ひより(hiyori)「時雨──」
ひより(hiyori)「ごめん、ね」
ひより「さよなら・・・」
時雨(shigure)「!?」
時雨(shigure)「ひよ、り?」
時雨(shigure)「ひより・・・!」
  時雨が手を伸ばした先には、
  ただ雨が降っているだけだった。
時雨(shigure)「おんなじじゃねーか」
時雨(shigure)「こんなの、昔と──」
時雨(shigure)「同じじゃねぇかぁぁーーっ!!!!!」

〇神社の本殿
  その雨はひと月の間優しく降り続き
  田畑は潤い、川は再び流れ始めた。
  しかし、あの穏やかな声が神社に響くことは二度となかった。
  次第に全てを受け入れていった時雨は、
  ひよりが毎朝腰掛けていた木陰に小さな社を建て、
  毎日欠かさず一対の日和坊主を奉納した。
  その様子を知った人々は小さな社を
  ”日和神社”と呼ぶようになったそうな。

コメント

  • 雨の季節に読んだせいもあってか、物語の世界観に引き込まれました。最初は生贄として雨を降らせたけれど、二度目は心を惹かれた時雨のために雨を降らせたのだから日和も本望だったのではないかと思いたいですね。

  • まるで神話や昔話にあるような設定で、現代的な感覚で美しく紡がれた繊細な物語、そう感じました。この切なさには思わず涙してしまいました。

  • ひよりと時雨の悲しいラブロマンス…思わず泣きそうになりました。いつか時を超えて二人が再会しハッピーエンドになれる事を祈っています。

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