読切(脚本)
〇病院の診察室
斧乃木夢子「・・・どういう事ですか、先生」
斧乃木夢子は震える声で言った。
それに、諦めを含めた声で医者は言う。
医者「それが真実なんだ。今の君なら解るだろう?」
医者「君はこれから一週間に一度、誰かの嘘を暴かねばならない。そうしなければ、君は死んでしまう」
にわかには信じられないが、夢子にある『何か』のチカラが働いて、これは嘘ではないと夢子に告げている。
しかし信じられない病気になってしまったものだ。
――そして。
斧乃木夢子「先生。『一週間』というのは、嘘ですね?」
厄介なことに。
真実と嘘が混じっていても、夢子には手に取るように解る。医者の言った言葉さえ。
医者「そうだ。やはり君は嘘を暴かねばならない病気にかかっているね」
医者「そう。一週間ではない。三日に一度だ。この病気に特効薬はない。ただ、人の嘘を暴き続けるだけでいいんだ」
そうすれば君は助かるぞと。
込められた意味に、吐き気がした。
〇名門の学校
〇華やかな広場
〇大教室
〇大教室
夢子が思った以上に『嘘を暴く』という行為は残酷だった。
夢子が三日に一度、大学の友人の嘘を暴くたび、友人たちは怯えた顔をした。
絶対にバレない筈の嘘まで見抜く夢子に恐怖を感じる者もいた。
だから。
必然、夢子の前から人々は段々と去り、少女は孤独を味わい続けた。
斧乃木夢子「・・・」
斧乃木夢子「嘘を暴くたび、秘密を暴くたび、みんなみんな消えていく」
斧乃木夢子「私は、どうしたら・・・」
斧乃木夢子「・・・」
〇高い屋上
〇高い屋上
空は青々としていて、嘘がない。
夢子は深い深い青を見上げる。
もしも。
もしも自分が消えたのなら。
みんなに嫌な気持ちを抱かせることなんて無かった。
こんなに、自分が苦しくなることなんて、なかった。
斧乃木夢子「・・・死んでしまいたい」
斧乃木夢子「そうすれば、みんな幸せに──」
「もしもし、きみ」
斧乃木夢子「・・・え?」
?「そこは僕の場所なんだ、もし用事がないならどいてくれるかな」
突然現れた少年――なのだろうか、身長の小さな男性が夢子に声をかけてくる。
斧乃木夢子「ここは屋上よ? 公共の場所だわ」
?「そんなの僕には関係ないよ。ただ今一瞬の景色を見たいだけさ」
その言葉は普通の人間にとっては胡散臭いと思われただろう。
だが嘘が解る夢子には、それが『本当』だと解った。
斧乃木夢子「・・・あなた、誰? 見ない顔だけど・・・」
小早川誠「僕は小早川誠。いつも美術室にいて授業には殆ど出てないからよくそう思われてるよ」
小早川誠「そういう君は、夢子さん? 最近噂になってるよ。夢子さんに気をつけろって」
その言葉に、夢子は愕然とした。
そんなにも、周りの人たちに恐怖される存在となってしまったのかと。
斧乃木夢子「や、やりたくてやってる訳じゃないわ! ただ・・・」
続きを言いかけたところで、少年はくるりと身を翻した。
小早川誠「あ、インスピレーションが! 早くキャンバスに向かわなきゃ・・・」
斧乃木夢子「ちょ、ちょっと・・・!」
つられるように夢子は誠の後を追う。
真っ青な空を残して。
〇美術室
着いたのは、誠の言っていた美術室だった。
数々の油彩画で溢れかえっている。
斧乃木夢子「すごい・・・あなたが全部一人で描いたの?」
小早川誠「そうだよ。いつもあの屋上に行ってインスピレーションを受けるんだ」
ふと、夢子は一枚のキャンバスに目を奪われた。青い蝶が描かれている。
自由に舞う青い蝶が、やがて花になる絵。
美しくもどこか寂しいそれを見て、夢子は胸が苦しくなった。
小早川誠「それは僕の自信作なんだ」
小早川誠「蜜を吸う側の蝶が、蜜を吸われる側になる」
小早川誠「夢子さんには何か思い当たることがあったんだろうね」
そうかもしれない。
夢子は生きる上で必要な嘘を沢山吐いてきた。
だが今はどうだ。周りの嘘を暴きその蜜を吸う毒蛾のようじゃないか。
そのくせ、自分の嘘は、秘密は、守り通しているなんて。
斧乃木夢子「・・・不公平だわ」
小早川誠「不公平だね」
何が、と言わなくても誠は頷いた。
それが現実で、真実だ。
小早川誠「僕は才能があるって周りから持て囃された」
突然、誠は自らのことを語り始めた。
小早川誠「最初は僕も嬉しかったよ。みんなに認めて貰える、自慢できる! ってね」
斧乃木夢子「でも、そうじゃなかった?」
小早川誠「そう。僕のやることは、周りには解らないと言われた。段々人はいなくなって、このザマだ」
人は自分に理解し得ないものを遠ざける性質がある。
その地点において、夢子と誠は同じ境遇と言えるだろう。
斧乃木夢子「でもあなたは諦めなかった」
小早川誠「そう。僕は僕のやりたいことをするって決めたんだ。誰に理解されなくたって、それが僕の生き方だって」
小早川誠「夢子さんは、違うの?」
斧乃木夢子「私は──」
夢子は返答に迷った。自らの病について口に出すことを、今になって躊躇ってしまった。
だが。
小早川誠「夢子さんは、そのままで良いと思うよ」
斧乃木夢子「・・・え?」
小早川誠「何かを抱えているのは解る。夢子さんがどうしても嘘を暴かなきゃいけないってのは、何となく」
小早川誠「それがどうしてか、なんてどうでもいいよ。それは、夢子さんだけの秘密にしていればいいじゃないか」
斧乃木夢子「──」
そんなことが、許されるのだろうか。
そんな生き方が、赦されるのだろうか。
小早川誠「もしまた辛くなったらここへおいでよ。僕、夢子さんのこと気に入っちゃった」
斧乃木夢子「き、気に入ったって・・・」
小早川誠「必要なら嘘だって吐いてあげる」
小早川誠「だからもう二度と、あんな寂しい顔しないでね」
屋上での邂逅。
それがもう、遠い昔のように思えてしまうくらいに、二人の距離は縮まっていた。
嘘を暴くってわりと遠巻きにされるのはわかる気がします。
なんとなく空気を読んで、嘘だとわかってても気づかないふりをしたり、人間関係ってそんな感じですよね。
でも、彼は優しくてそんな彼女も理解していて…少し彼女も楽になれたのではないでしょうか。
人は誰しも嘘をついている。夢子ちゃんはその嘘を暴く事によって嘘のない社会を作っている。病気ではなく超能力だと思いました。
自分が嘘をつくより、他人の嘘に気づいてしまう事がより辛い事だと夢子はわかったのですね。そんな彼女を救うのは、友達の嘘を暴き続けることではなく、彼の存在なのかもと思いました。