大観覧車がくれた16分

糸本もとい

16分間の秘密(脚本)

大観覧車がくれた16分

糸本もとい

今すぐ読む

大観覧車がくれた16分
この作品をTapNovel形式で読もう!
この作品をTapNovel形式で読もう!

今すぐ読む

〇お台場
  お台場の大観覧車
  1999年3月19日の開業当時、世界最大を誇った観覧車は──
  2022年8月31日。その役目を終え、23年の歴史に幕を閉じた

〇お台場
  1999年8月11日。お台場

〇車内
岡崎 花「水曜日の昼間やのに、渋滞なんですねえ」
本宮 雅彦「今や、東京で人を最も集めるスポットだからね。お台場は」
岡崎 花「はあ・・・人混みは勘弁やわあ」
本宮 雅彦「まあ、たまにはいいんじゃないか? 定番のデートスポットってのも」
岡崎 花「大樹はミーハーなところあるんです」
本宮 雅彦「大樹くんは19歳だろ。少しミーハーなぐらいでちょうどいいよ」
本宮 雅彦「新聞奨学生として頑張ってるんだ。立派なもんさ」
岡崎 花「自慢の弟ですから」
本宮 雅彦「大樹くんが、両親を事故で亡くしたのは12歳の時だっけ?」
岡崎 花「そうです。大樹はまだ小学6年生で、背もちっこくて」
岡崎 花「当時15歳やったあたしから見ても子供やったなあ・・・うちに来たあとは」
岡崎 花「うちの仕事を手伝いながら勉強もがんばって・・・」
岡崎 花「ほんまに自慢の弟ですよ」
本宮 雅彦「そんな大事な弟くんの誕生日だ。祝ってあげないとね」
岡崎 花「はい!」

〇ショッピングモールの一階
猪上 大樹「あ・・・!」
岡崎 花「お待たせ」
猪上 大樹「いや、待ってへんよ」
岡崎 花「誕生日おめでと」
猪上 大樹「ありがと」
岡崎 花「大樹も19歳かあ」
猪上 大樹「うん。あと1年で成人やわ。やっと、て感じやね」
岡崎 花「そっかあ・・・しっかし、人多ない?」
猪上 大樹「うん・・・平日やから大丈夫やと思った僕が甘かったわ」
猪上 大樹「花ねえは、人混み嫌いやのにゴメンな」
岡崎 花「ええよ。きょうは特別やわ。乗りたかったんやろ、あの観覧車」
猪上 大樹「そやねん。なんか無性に乗ってみたくて」
岡崎 花「ほな付き合うよ」
猪上 大樹「ありがと」
岡崎 花「それはそうと、おなか空いてへん?」
猪上 大樹「ペコペコやわ。ゴハンにしよか」
岡崎 花「そしよ。あたしもペコペコ」

〇テーブル席
岡崎 花「ふう。食べた食べた」
猪上 大樹「僕も腹いっぱいやわ」
岡崎 花「あ、そや。忘れんうちに渡しちゃうわ」
岡崎 花「ほい。誕生日おめでと」
猪上 大樹「こんなん、ええのに・・・」
岡崎 花「まあええから。開けてみ」
猪上 大樹「これって・・・」
岡崎 花「好きやろ、そのブランド。着けてみ?」
岡崎 花「うん。似合うてる」
猪上 大樹「ありがと・・・恐怖の大王も降りてこんと、19歳になれて、ほんま良かったわ」
岡崎 花「なんやソレ。ノストラダムスかいな。すでに懐かしいわ」
岡崎 花「ほな、腹ごなしに真新しいモールでも見て回ろか」
猪上 大樹「そやね」

〇観覧車のゴンドラ
岡崎 花「ちょうど夕焼けやん。並んだ甲斐あったなあ」
猪上 大樹「うん。きょうは、ありがと」
岡崎 花「ええよ。あたしも楽しかったし」
猪上 大樹「花ねえ。ひとつだけ伝えたいことがあるんやけど、ええかな?」
岡崎 花「なんやの? あらたまって」
猪上 大樹「僕な、花ねえのことが好きなんや」
岡崎 花「・・・知っとるよ?」
猪上 大樹「義理の家族としてやのうて、一人の女性として、なんや・・・」
岡崎 花「・・・うん。知っとるよ」
猪上 大樹「ゴメンな・・・僕の気持ちに応えてくれなんて言うつもりはないんや」
岡崎 花「うん・・・」
猪上 大樹「花ねえには彼氏もおるし、それ以前に僕が恋愛対象じゃないのも分かっとる」
猪上 大樹「ただ、それでも、伝えへんと気持ちの治まりがつかへんくて」
岡崎 花「うん・・・そっかあ」
猪上 大樹「ゴメンな・・・」
岡崎 花「あたしもな、大樹のこと大好きやよ」
岡崎 花「大好きやから、男女の関係にはなりとうない」
岡崎 花「あたしは大樹の姉として、ずっと繋がってたいんよ」
岡崎 花「大樹を絶対に独りにしないって決めたから」
猪上 大樹「うん。ありがと・・・」
猪上 大樹「その言葉だけで生きていけそうや僕」
岡崎 花「なあ、大樹」
猪上 大樹「ん?」
岡崎 花「この観覧車に乗っとる間だけ恋人になろっか」
猪上 大樹「へ?」
岡崎 花「1周が16分て言うとったから、16分間だけの恋人」
岡崎 花「お互い好いてるのに、くっつけない二人だけの秘密の時間」
岡崎 花「それぐらいは神様も大目に見てくれるやろうし」
猪上 大樹「うーん・・・なんや、うれしいけど、はずかしいなあ」
岡崎 花「ついさっき、あたしに告白しはった勇気はどこいったん?」
猪上 大樹「うん・・・そやね。じゃあ・・・」
岡崎 花「決まりやね。で、どうする? チューでもしとく?」
猪上 大樹「いきなりなに言わはるんや」
岡崎 花「16分は短いんやから。後悔ないようにせな」
猪上 大樹「それは、そうやけど・・・」
猪上 大樹「キスとかはええわ。なんか降りた後に余計つらくなりそうやし」
猪上 大樹「うん・・・そやな。花ねえのおかげで分かったわ」
猪上 大樹「僕も花ねえと、ずっと離れたくないんやわ」
猪上 大樹「家族としてなら、ずっと繋がっていられるって意味が分かった気がする」
猪上 大樹「ありがと・・・」
岡崎 花「恋人タイムはもうええの?」
猪上 大樹「うーん・・・せっかくやから、降りるまでは恋人として・・・」
岡崎 花「恋人として?」
猪上 大樹「一緒に景色でも眺めよか」
岡崎 花「それで、ええの?」
猪上 大樹「うん。この時間を大事に胸にしまっときたいから」
岡崎 花「そっか・・・うん。分かった」
岡崎 花「そろそろ、てっぺんやね」
猪上 大樹「ほんまや・・・気付かんかったわ」
岡崎 花「なあ、大樹」
猪上 大樹「ん?」
岡崎 花「あたしたち幸せになろな」

〇お台場
  2022年8月11日。お台場

〇観覧車のゴンドラ
猪上 桜「パパ、パパ! すっごく、たかいよ!」
猪上 大樹「うん。高いね」
猪上 桜「すっごいねー!」
猪上 大樹「うん。すっごい」
猪上 桜「こんなにおっきいのに、こわされちゃうの?」
猪上 大樹「そうだよ。あと少ししたらね」
猪上 桜「もったいないねえ・・・あっ! もうちょいで、てっぺんだよ!」
猪上 大樹「もう8分経ったのか・・・」
猪上 桜「8ぷん?」
猪上 大樹「うん。一周16分だからね・・・」

〇観覧車のゴンドラ
岡崎 花「あたしたち幸せになろな」

〇観覧車のゴンドラ
猪上 桜「パパ?」
猪上 大樹「ああ、ゴメン。なんでもないよ」
猪上 桜「ママもいっしょならよかったのにね」
猪上 大樹「お仕事が入っちゃったからね」
猪上 大樹「パパと二人じゃ物足りないかな?」
猪上 桜「ううん。そんなことないよ」
猪上 大樹「良かった」
猪上 桜「デートみたいだね。パパはうれしい?」
猪上 大樹「ああ、嬉しいよ」
猪上 桜「あたし、しってるよ。しあわせっていうんだよね」
猪上 大樹「よく知ってるね。その通り。パパは幸せだよ」
猪上 大樹「うん。幸せになったよ」

コメント

  • なんてロマンティック……
    2人の16分間に、甘さ、切なさ、苦さなどの様々な感情が凝縮して詰まっているようでした。
    それを胸に抱いて生きてきた大樹くんは、取り壊し前に訪れたのでしょうね。惜しむ意味でも、これまで幸せに生きてきたことを確認する意味でも。

  • 含みを持たせたまま終わるのは、読者によって、いろんな想像が膨らんでいいですね!😊
    素敵なストーリーでした✨

  • 16分って、この2人が家族として過ごしてきた時間と比べるときっと一瞬ですよね。その儚さが切なくて、美しいと感じました。ヒロインの子も魅力的です!

コメントをもっと見る(13件)

成分キーワード

ページTOPへ