千代に八千代に

藤野月

読切純愛小説(脚本)

千代に八千代に

藤野月

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〇桜並木(提灯あり)
  平安時代の奈良は吉野山に、毎日金峰神社の桜を眺めてばかりいる少年がいた。そんな彼が13歳になった年の春のこと・・・
青之「おはよう。やっと目覚めてくれたんだね。 僕はこの神社の坊主だよ。とても美しい君を、毎日眺めて過ごしていたんだ」
千夜「?何を言ってるんだろう。というか、私って誰なんだろう。でも、この人は、とても嬉しそう。何だか私まで嬉しくなってしまう」
青之「君は、今年で樹齢百年になる吉野桜。 世界で唯一の原木だよ。 何て美しいんだろう・・・見てご覧、この水溜りを」
  彼は、水溜りに映る彼女の姿を指で示した。
千夜「私って淡いピンクの花だったんだ。 何でこの方は私の考えている事が分かるんだろう。不思議・・・」
  その次の瞬間、彼は話すのをやめて、意志を伝達してきた。彼女には、初めての経験だった。
青之(ごめんね、分からない言葉で喋って。 僕は人で、君は桜。儚い恋をしてしまったんだよ、君に。ずっと君を見ていたの)
千夜(え・・・私も、この方に好意を抱いてしまう。 こんなに優しい言葉をかけてもらったことがないから、恥ずかしいや)
  彼はふいに、すっと手を差し出した。
  ちょうど今日の夕陽のような、オレンジ色の液体が入った瓶を持っていた。
青之(喉乾いているでしょう。飲む? 早生みかんを絞って蜂蜜につけておいたシロップから作ったジュースだよ)
千夜(綺麗な色・・・ありがとう、おいしい。 体に染みわたるみたい)
  その時、周りの木々がざわめき出した。
  何を言っているか聞こえないけれど、不安そうな声色だ。すぐ横の梅が話しかけてきた。
円華(梅)「おはようございます、千夜様。 樹齢60年の梅の木の、円華と申します。 お初にお目にかかります」
青之「小五月蝿い梅だね。お黙り。千夜様はジュースを召し上がっているのだよ。今度余計な口を開いたら、叩き切ってやる」
  千夜は、なぜ敬語を使われるのか、またなぜ二人がいがみ合うのか分からず、下を向く。
  円華も、他の木々も、少年を睨み据える。
円華(梅)「千夜様と、御内儀にと思っただけですよ。 青様のお邪魔は致しません。それでは」
  少年が首を三回震わせると、木々は話せなくなった。最後にちっと舌打ちを残して、森は静けさに包まれた。
千夜(ねえ、青様って誰なの?木達と喧嘩をしてしまっていいの?)
青之(ああ、ごめん。まだ名前も言ってなかったね。僕の名前は青之。だから皆が青様と呼ぶのだよ。そして、他の木々は気にしないで)
  夕陽が釣瓶のように地平線の下に落ちていって、あたりは夜の闇に包まれていった。

〇桜並木(提灯あり)
青之(参道の灯りがついたね。 どんなにこの日を待ったことか。 気が遠くなるほどの年月、僕は眠る君を見続けてきたんだよ)
千夜(昔話を聞かせてよ。青之さんの。 苦しいことも、口に出しちゃった方が楽になれるんだよ)
  彼は、くすっと笑うと呟くように言った。「長すぎて無理だよ・・・」と。
  そして急に千夜に近づくと、口づけをした。
千夜「あっ・・・」
青之「見てご覧、水溜り。綺麗に映っているから」
  千夜は、びっくりして水鏡の自分を見つめた。人の姿になっていた。
千夜「どうやったの?まるで魔法みたい。 青之さんはいったい・・・」
青之「もう声も出るよ。鈴がなるような美しい声が・・・」
  青之は、静かに泣いていた。千夜はただ驚いて、恥ずかしくて、目を見開いていた。
  二人は見つめ合いながら、近寄っていき・・・
青之(もう、眠っちゃった)
青之「あっ・・・ああ・・・」
青之「信じられない。初めて瞳を合わせた今日が、最期のお別れの日なんて・・・」
  青之の懸命に抑え込もうとした泣き声が、春の星座広がる夜空に吸い込まれていった。

〇桜並木(提灯あり)
千夜「おはよう、青之さん。気持ちいい朝だね」
  青之は、少し寂しげにくすっと笑って、言った。
青之「婚約しませんか、千夜様。あなたに僕の体と心を捧げます」
千夜「はい・・・。私も、青之さんのこと、大好き。 声も、表情も、体も、考え方も、全部」
  その瞬間、青之の目が大きく見開かれて、千夜を抱き寄せ、深く接吻をした。そしてそのまま二人の姿は重なり合い・・・
青之「千夜に、僕の体をあげる。 君の体は酸素だから、触れられないの。僕の体に君の成分を満たしていくと、千年後に全くの君になる」
「やめて!ここから出して!あなたの体はどうなってしまうの?死んでしまうの? そんな事絶対にしたくない!」
青之「大丈夫。僕の種を君の中に残すから。 千年後に、僕を生んで。そうしたら、また会えるから。自分勝手なの解ってるけど・・・」
「ごめんね、ごめんね・・・それしかないんだ。明日から一緒に暮らせるかと思っていたのに。青之さんは自分勝手なんかじゃない!」
青之「大丈夫。長い眠りを何度か繰り返すけど、いつも僕の声が聞こえるから。大丈夫」
「愛してる・・・何千年経ってもあなたを愛してる!ああ・・・眠くなってきた・・・さようなら、愛しい人」
  青之は自分と重なった千夜を最期まで抱きしめていた。そして、完全に眠りに落ちた瞬間、空に吠えた。
青之「ああー!!!永遠に愛してる・・・君だけを・・・ただ君だけを・・・」
  ∼君が夜は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで∼
  『終わり』

コメント

  • 桜の花というのは、やはり人の心を幻惑する独特の魔力というか特別な力がありますよね。他の樹木と一線を画す存在感や一体化したいと願う人間の激情など、儚くも美しい世界観を堪能させていただきました。

  • 愛というのは目に見えないからこそ美しいのかもしれません。
    人と人でなくとも愛はありますし、全てを捧げたいという気持ちが本来の愛なのかもしれませんね。深いです。

  • 対面する人やモノに愛情が生まれる瞬間って本当に愛おしいと感じさせてもらいました。人間の持つ感受性がとても上手く比喩されていると思います。

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