左の選択肢が知る事実(読切)(脚本)
〇本棚のある部屋
夢を見た──
〇教室
小4の頃、僕のクラスに1人の少女が転校してきた。
彼女は物言わぬ花で、よくいじめの的になっていた。
しかし当時弱虫だった僕は、彼女に声をかけてやることすらできなかったのだ。
〇本棚のある部屋
ただ、夢の中の僕は彼女を守り抜く勇敢な少年だった。
夢から覚めると右胸がズキンと痛んだ。
─ 結局その後、僕は彼女を救えずに長野へ転校することになった。
それが最初の転機だったかもしれない。
〇渋谷のスクランブル交差点
─月日は流れ、僕が再び東京に戻ったのは大学進学のとき。
長野での進学を考えていたが、東京にある大学の説明会にも参加した。
そこが僕にとって2度目の転機だった。
〇おしゃれな大学
当日は、学食体験に参加した。
これは高校の友人による「決め手は学食」という教えから。
その助言を受け参加したが、正直一人飯はしんどかった。
しかし─
鶴島 芽美「隣いいですか?」
そう話しかけてきた女性に
僕は恋をした。
優しい声と清楚な外見。
率直に可愛いと思った。
性格さえ知らないが、予想通りなら告白してしまうほど僕にとって理想の女性だった。
彼女は鶴島芽美さん。僕と同じ17歳。東京住みで文学部の見学に来たらしい。
僕は彼女との出会いが学食よりこの大学を選ぶ決定打となった。
〇おしゃれな大学
今思えば、彼女がその大学へ進む保証は何もなかった。
大学進学後に鶴島さんの顔を見ることはなかった──
〇本棚のある部屋
─僕はそんなことを思い出しながら、ようやく胸の違和感がなくなったことに気づく。
角谷 大(もうこんな時間か)
角谷 大(うっし!最後だ。頑張ろう)
僕にとって3度目の転機が今日だ。
今日、5年勤めた出版社を退職する。
理由は、僕にとって東京の父と呼べる宝来義一という爺さんの写真館を継ぐから。
爺さんは写真館を営みながら2階では小さな喫茶店もやっている。
そんな爺さんも86歳。流石に身体が限界だと頼んできたのがきっかけ。
僕は迷わずOKした。写真は好きだし何より爺さんの店だから。
〇散らかった職員室
引き継ぎを完了させ、同僚と挨拶を交わした後─
〇高層ビルのエントランス
エレベーターを降りるとそこにいた。
僕はそれが彼女だとすぐ分かった。
僕が惚れたあの彼女だ。
角谷 大「あの・・・」
彼女がこちらを向く。
角谷 大「──この会社に‥何か・・・?」
変な聞き方だった。
しかし彼女は不審な顔1つせず
鶴島 芽美「昨日から派遣社員としてお世話になります鶴島です」
鶴島 芽美「よろしくお願いします」
角谷 大「──僕のこと覚えてますか?」
鶴島 芽美「すみません!昨日はお世話になるチームの方にしか挨拶ができず‥まだお顔は‥」
あのとき会ったことなど忘れてるだろう。期待してた僕が馬鹿だった。
角谷 大「そうだったんですね!」
角谷 大「じゃあ、あとは頼みます」
訳わからない返しをして逃げるように会社を出た。
〇リサイクルショップの中
翌日から爺さんに写真館と喫茶店の業務を教わった。
全業務を覚えた頃には弱音しか出てこなかった。
すると爺さんがこんなことを言う。
宝来 義一「喫茶店は土曜しか営業せん。そっちは彼女にでも手伝ってもらえ」
角谷 大「・・・彼女‥いないけど」
宝来 義一「またまた〜。そういえば引き継ぎのためにデータを全部現像したんだが、こんな写真出てきよった」
爺さんは「彼女じゃないんか」と3枚の写真を見せてきた。
1枚目は小学校の卒業式、いじめられっ子だった少女との2ショット写真。
2枚目は大学の学園祭、僕とあの大学にいないはずの彼女が写ってる。
最後は、先日会ったボブカットの鶴島さんとここで撮影したであろう写真。
宝来 義一「ほぉ違うんか」
爺さんは戯けるように言う。
宝来 義一「大、お前は運命を信じるか?」
角谷 大「‥うん」
宝来 義一「じゃあ例えば・・・」
宝来 義一「写真館に転職する人生としない人生」
宝来 義一「お前は転職を選んだが、転職しない人生はどこにも存在してないと言えるか?」
宝来 義一「人は生まれる前に2つに分けられる」
宝来 義一「一般論、左側しか心臓がないように」
宝来 義一「もう片方の心臓を持つ自分は別の選択肢で生きている──」
途中何を言っているのかさっぱりだった。
眉間に皺を寄せる僕を鼻で笑いながら、爺さんは3枚の写真を封に入れ僕に渡した。
そしてカウンターに座る僕を優しく抱きしめた。
宝来 義一「お前の選んだ道に私の人生を託した」
じいさんの沈着な性格からは想像つかないほどのぬくもりと、二つの鼓動が彼の生き様を語っていた。
翌日、爺さんは帰らぬ人となった─
〇本棚のある部屋
葬式後、改めて爺さんに貰った写真を見てゾッとした。
3枚の写真裏にはそれぞれ
この少女にとって大は命の恩人らしい。大は勇敢だ。
大が惚れた女、まさかあのとき助けた少女だとは。
大の就職先に鶴島さんが派遣社員として勤めるらしい。これまた運命。
僕がしてきた決断と真逆のことが書いてあった。
そしてそのどれもが彼女との関わりによるものだった。
これが爺さんの言ってたことか。
僕が選んだ人生の逆を選んだ世界線が在るということ。
こっちの僕は彼女と結ばれない選択をしてきたのか。
──まず爺さんはなぜこの写真を?
角谷 大「‥もうひとりの僕に会える存在だから」
その証拠は、この写真とそれから‥
角谷 大「抱きしめられたときの二つの鼓動‥か」
そんなバカみたいなことを考えながら僕は知らぬ間に──
〇本棚のある部屋
夢を見た。
それは、彼女が喫茶店の手伝いに来るという幸せな夢だった。
目覚めたとき僕は、これからする選択を理解して、左胸をズキンと痛めた。
人生において選択は避けられなくて、どっちを選ぶかたいていの人は迷っていると思います。
彼はもう一つの運命と交差できたのでしょうか。
ここまで生きてきた中にもたくさんの枝分かれした道が無数にあってその1つ1つを辿ったら今に至るんだなーとしみじみと思いました。今のありふれた日常も運命なのかなと思ってしまいます。
人生って本当に無数の枝派を辿っていくようなものですね。誰でも思い通りにコマを進めることは容易ではないけど、自分にとって後悔のない選択をしたいものですね。彼はお爺さんから素敵な遺産を引き受けたようですね。