【読切】ある夏の出来事(脚本)
〇古い畳部屋
8月4日。
国家試験まで1ヶ月を切った俺は、
寝る間を惜しんで勉強に励んでいた。
カラカラカラ・・・
香奈「あっくん!」
わあ!
香奈「あはは、びっくりしちゃって」
窓から入ってくるなよ
香奈「だって」
香奈「インターホン鳴らしても、出ないんだもん」
気付かなかった
香奈「どうせまた、徹夜で勉強してたんでしょ」
徹夜じゃねーよ
3時間くらいは寝たよ
香奈「ちゃんとごはん食べてる?」
食べてるよ
香奈「ビタミン剤は、ちゃんとした食事じゃないからね?」
うるさいなぁ
何しに来たんだよ
香奈「講義終わったから」
香奈「ちょっと休憩?」
自分ちで休めよ・・・
香奈「あ!」
香奈「「名探偵コマル」の16巻だ」
香奈「これ読みたかったんだよね」
うちは漫画喫茶じゃねーぞ
香奈「まあまあ♪」
香奈「この双子のキャラ、死んじゃうんだよね」
香奈「わたし好きなんだけどなあ」
え、そうなの?
香奈「あれ?」
俺、まだ最新話まで追いついてないんだけど・・・
香奈「もしかしてネタバレしちゃった?」
・・・何しに来たんだよマジで
勉強に集中したいんで帰ってくれる?
香奈「ご、ごめんごめん!」
香奈「お詫びにご飯、作ってあげるから!」
え? い、いいよ別に
香奈「待ってて! すぐできるから」
まじかよ
香奈の料理、
めちゃくちゃ不味いんだよな
香奈「じゃーん」
あれ? 美味しそう
香奈「でしょ? 食べて食べて!」
いただきます
・・・馬鹿な
香奈の料理が、美味しいだと!?
香奈「やったあ!」
いつの間に練習したんだよ
香奈「えへへ」
香奈「ないしょ」
ドキッ
今日の香奈、なんか、
いつもと雰囲気が違う
ていうか俺、そろそろ勉強に戻りたいんだけど
香奈「なに?」
香奈「料理だけ作らせて、追い返すの?」
いや、そんなつもりじゃ
ていうかそもそも、香奈が・・・
香奈「あーいえばこーいう」
香奈「わかりました」
香奈「「あれ」で決めよ」
ゲーム?
香奈「格闘ゲーム、あったでしょ?」
香奈「私が負けたら、大人しく帰るよ」
それでいいのか?
香奈「女に二言はないよ!」
大した自信があるようだが
香奈のやつ、俺がこのゲームを
どれだけやり込んだか知らないな
その勝負、乗った!
〇古い畳部屋
馬鹿な・・・
香奈「あっけなかったね」
もう一回やらせてくれ
何かの間違いだ!
香奈「仕方ないなあ」
なんでこいつ、こんなに強いんだ?
香奈「そういえばさ」
香奈「るりっぺとたかじゅん、付き合ってるらしいよ」
まじ?
香奈「まじまじ」
香奈「手繋いでるとこ見たって、目撃情報」
あいつらはそういうのじゃないと思ってた
香奈「本人たちも否定してたのにね」
香奈「やっぱり、男女の友情って、」
香奈「成立しないのかな?」
いや、する時もあるだろ
香奈「そう?」
どうやっても、恋愛対象にならない人っているだろ
昔からの腐れ縁とか・・・
香奈「・・・」
You lose!
また負けた・・・
香奈「何度やっても同じだよ」
いつの間に特訓したんだよ?
香奈「特訓なんてしてないよ」
香奈「そっちが下手になったんだよ」
香奈「勉強のしすぎでさ!」
そ、そうなのか・・・?
香奈「とにかく、勝負はわたしの勝ちだね」
ぐぬぬ・・・
香奈「ふかふかのベッド〜」
よ、汚すなよ・・・
香奈「寝転んでるだけじゃん」
香奈「シーツ替えた?」
夏用にな
香奈「サラサラしてて気持ちいい」
・・・パンツ見えてんぞ
香奈「・・・」
香奈「えっち」
見えてるから言っただけだろ・・・
香奈「ねえ」
香奈「あっくんも寝たら?」
な、なんでだよ
香奈「3時間しか寝てないんでしょ」
香奈「こっち来なよ」
そんな小さいベッドで、2人で寝れるかよ
香奈「いいじゃん、くっついて寝れば」
香奈「昔みたいにさ」
昔とは違うだろ
香奈「違うって?」
色々とさ
香奈「色々って何が?」
・・・
香奈「あっくん」
なんだよ
香奈「あのさ──」
誰かきた
香奈「出なくていい!」
え?
香奈「セールスだから」
・・・
〇安アパートの台所
・・・
〇古い畳部屋
香奈「おかえり」
どうしてわかったんだ?
新聞のセールスだって
香奈「か、勘だよ」
香奈「それより、話の続き──」
それと、もう一つ
香奈「え?」
双子のキャラが死ぬって言ったよな
あれ、いつの話だ?
ネットで調べたけど、そんな回ないぞ
香奈「そんなこと言ったっけ?」
お前・・・何者なんだ?
料理もゲームもできるなんて
本当に、香奈、なのか?
彼女は、深くため息をついた。
香奈「これ、見て」
スマホ?
それは、ネットの記事だった。
一人の大学生が、
自宅アパートで急死したという
ニュースだ。
写真に写っていたのは、
俺のアパートだった。
蘇る記憶。
カリカリカリ・・・
試験まで1ヶ月を切った
もっと勉強しないと
確実に受かるようにならないと
医師になって、香奈を助けるんだ・・・
うっ
なんだ、突然、胸が!?
そっか
思い出した
俺、
死んでたんだ
香奈「そう」
香奈「勉強中に、心臓発作を起こして」
香奈「私、第一発見者だったの」
ごめん
きついもの、見せちゃったな
香奈「へいき」
香奈「もう3年前だし」
3年前?
香奈「そうだよ」
香奈「あっくんが死んだ日から3年」
香奈「この部屋はずっと、時間が止まったままなの」
それじゃ、香奈は
香奈「わたしは今、25歳」
香奈「病院の事務で働いてる」
どうりで
ちょっと大人びたと思った
香奈「そう? ふふ」
香奈「ここに来れば、」
香奈「あの日のあっくんに会えると気付いて」
香奈「何回、通ったかなあ」
香奈「3年もやれば、ゲームも上手になるよね」
そういうことだったのか
香奈「来月、取り壊しになるんだって」
香奈「このアパート」
取り壊し・・・
香奈「幽霊が出るって噂のポロアパートじゃ、仕方ないよね」
はは、確かに
香奈「だから、会えるのは今日が最後」
・・・
香奈「私ね」
香奈「プロポーズされたの」
・・・!
香奈「同僚の人に」
それは・・・おめでとう
香奈「あっくんは」
香奈「あっくんは、私のこと、どう思ってる?」
どうって
香奈「私は、あっくんのこと、ずっと好きだった」
香奈「小さい時から・・・」
香奈「あっくんは?」
俺は
俺は、香奈のこと・・・
〇古い畳部屋
カラカラカラ・・・
パタン
(了)
香奈に対する些細な違和感が話が進むにつれて少しずつ増幅していって、最後に全ての理由が明かされるという巧みな展開に唸りました。夏の日の夕暮れのような切ない余韻が残る作品でした。
キャラ紹介に、料理とゲームが下手と書いてあったので、うまくなってたのはなぜだろうと思っていたら…いいお話でした。
あっくんのやるせなさに同情してしまいました。それでも、互いに前を向いて進む終わり方が素敵です。