謎の少女観察日記

高峰なつ

読切(脚本)

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〇学校脇の道
  目の前には小柄の少女が立っていた。
  眉間に皺を寄せ、両手で俺の顔をこねる。
俺「おい、やめろ」
  手を振り払うが、少女は表情を崩さない。
謎の少女「帰る方法を探しています」
俺「はあ? 迷子か?」
謎の少女「迷子は私ではありません!」
  少女は俺の胸に頭突したあと、踵を返して走っていった。
俺「痛って。わけわかんねえ」
  胸を押さえた俺の手に白紙の本があって、
  俺は謎の少女を忘れないために日記をつけることにした。

〇川沿いの公園
  舗装された河川敷であの少女を見かけた。
  備えつけのベンチに仰向けに寝ている。
  首がベンチから出ていて、頭に血が上りそうな格好だ。
謎の少女「逆さまに世界を見ても、あなたは何も変わりません」
俺「てかさ、お前誰だ?」
  少女は立ち上がって俺を見上げる。
謎の少女「盲点でした。あなたなら私のことを知っているものとばかり・・・」
俺「はぁ? 知るわけないだろ」
若葉「そうですか・・・。私は若葉といいます。芸術大学の学生で絵が得意です」
若葉「よく友達に動き出しそうな絵と称賛されます。とはいえ、そんなに友達はいませんが」
俺(ただの可哀想なやつか)
若葉「でも、私はあなたのことをたくさん知っています」
俺(やばめのストーカーだった!)
  俺は一歩後ずさる。
  それに対して彼女は首を傾げた。
若葉「どうして離れようとしているんですか?」
俺「そりゃ離れるだろ!」
若葉「なぜです? 前から一緒にいたのに」
俺(こんな個性的な女、知り合ったら絶対忘れないはず)
俺(だが、言われてみればなぜか親近感を覚える・・・)
俺「くそっ」
  記憶がはっきりせず、俺は髪をかき乱した。
若葉「どんなお話が好きですか?」
俺「突然なんだよ」
若葉「私は、喜ぶあなたが好きです。なのに、あなたの好きな本が分かりません」
  その眼差しは真剣で、答えないのは悪いような気がしてくる。
俺「まぁ、笑える方がいいんじゃないか」
  すると、若葉の表情がぱっと明るくなる。
  その悪意のない笑顔に、俺は毒気を抜かれてしまった。

〇図書館
  大学の図書館で若葉を見つけた。
  彼女の両端には本が積まれていて、
  俺に気づいた彼女は積み本の一冊を引き抜いて俺に押しつけてきた。
若葉「この本がおすすめです」
  そして、どうぞと隣の椅子を引く。
  完全に彼女のペースだ。
  俺はため息をつき、本を読み始める。
  彼女は満足そうに頷くと、読みかけの本に向き直った。
  彼女は読むのが早い。
  俺が半分読み進めるまでに彼女は三冊読み終えて、そのたびに俺に本を進めてくる。
俺「うるせぇ」
  不満を言いつつも、俺のための行動だと思うと悪い気はしない。
俺(まったく、おせっかいなやつだ)

〇空
  それからも若葉は頻繁に俺の前に姿を現した。
  約束しているわけではなく、偶然にしてはできすぎだ。
俺(もしかして妖怪の類いか?)
俺(いやいや、あほらしい。すすめられた本の読みすぎだ)
  若葉と遭遇すると、毎回彼女に振り回される。
  だが、会うたびに彼女の新しい面を知って、イメージが変わって、ずいぶん親しくなった。
  すでに彼女が現れるのが当たり前の日々なっていた。
  そんなころだった・・・。

〇部屋のベッド
  気づいたら俺は月明かりが差し込む部屋に立っていた。
  目の前のベッドには若葉が座っている。
  若葉は小さく微笑む。
若葉「終わりが近いから会いにきてくれたの?」
俺(意味が分からない・・・)
若葉「あなたはこの世界にいないはずの存在だもんね」
俺「何を言って・・・」
俺(あれ? 待てよ・・・。俺の名前なんだっけ?)
俺(それに、若葉は俺を知っているのに、なんで俺は彼女を知らない)
俺「なんで俺は白紙の本を持っていた」
俺(なんで芸大生じゃない俺が芸大の図書館に入れた)
俺(なんで夜の若葉の部屋にいるんだ)
俺(世界に存在しない俺って・・・)
俺「もしかして、幽霊?」
若葉「はずれ」
俺「へっ?」
  即答で否定されて間抜けな声が出た。
若葉「初めて会ったとき帰る方法を探していたの。あなたが帰るための方法」
若葉「答えは簡単だった。私があなたを完成させること」
俺(俺を完成させる?)
若葉「あなたはいつも私が悩んでいると現れた」
若葉「最初は驚いたけど日に日にあなたを知れて、嬉しくて楽しくて前に進めた」
俺(そうだった。俺は・・・)
俺「俺の前に若葉が現れていたんじゃない。若葉の前に俺が現れていたのか」
俺「じゃあ、俺がまだここにいるのは、まだ何か悩んでいるのか?」
若葉「単純に寂しかった」
  若葉は困ったように微笑んだ。
若葉「完成して会えなくなるのが嫌で、完成させるの迷っちゃった」
若葉「でも・・・進まなきゃね」
俺「それが、俺がここにいる理由だから」
若葉「ねえ、私たちのお話は楽しいお話だったかな」
  白紙だった本は若葉との思い出で埋まっていて
  笑えてしまって、にやけてしまって、なんだか幸せで。
俺「ああ、最高に楽しかった。だから安心しろ」
  本を優しく握って、俺は満足げに笑った。

〇美術室
  窓から柔らかな斜陽が降り注ぐ教室に、若葉はいた。
  彼女の前には大きなキャンバス。
  その中で男が相貌を崩して笑っている。
  片手には本を持っていて。
  タイトルは『謎の少女観察日記』。
教授「ほう、いい絵ですね」
  若葉の後ろから教授が絵を覗き込む。
若葉「先生、創作ってすごく苦しいけど、作品と語り合ってお互いを知って・・・」
若葉「先生、彼は楽しいお話が好きなんです」
教授「ええ、伝わってきますよ」
若葉「私、彼のこんな表情が見られて嬉しい」
  若葉は指先を優しく絵の男の胸に当て、
  ゆっくり目を閉じた。
  そこには、彼のたしかな温もりを感じた。

コメント

  • 情熱をもって創作活動をし、その不安や喜びが彼のような存在を作り出したのですね。彼女は真のアーテイストですね。こういう関係性の描いた作品って初めて読みましたが、とても斬新だと思います。

  • 短いストーリーの中に、上手にお話しが展開されていて最後まで一気に読ませて頂きました。初めは「なに?!彼女は!?」と思いましたが最後は何だか温かい気持ちにさせて頂きました。

  • いっきに、気づいたら最後までさくさく読めていました。終わった後に感じるふんわり温かい感じがとても素敵な作品だなと思いました。二人にとって、良い時間だったんだろうな。

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