32/終結(脚本)
〇アパートのダイニング
久野フミカ「コハク・・・・・・は、渡さない!」
クロコが横目で、久野をちらりと一瞥した。
クロコ「相変わらず人間はデンジャラスだな」
クロコ「さらに今のお前は、心も身体も見た目通りだ」
久野が、クロコの顔面に膝蹴りを入れようと飛び掛かるも、クロコは瞬間移動で久野の背後に回った。
久野フミカ「渡さ、ない・・・・・・!」
ゾンビになると疲労や痛覚が無くなり、脳や身体のリミッターが外れるという話を聞いたことがある。
その影響なのだろうか。久野は凄い速度と怪力で、背後のクロコに裏拳を決めた。
クロコの首が、変な方向に曲がっている。
「・・・・・・」
久野フミカ「渡さない・・・・・・」
久野はうわ言のように同じ言葉を繰り返している。
僕が彼女の視界にもう一度入った時点で、彼女の注意が僕の方に逸れた時点で、
ゾンビになって悪魔を追い払う久野の作戦は、恐らく失敗に終わるのだろう。
クロコ「そうか。だが、悪いが私も、リアクションというのは苦手だ」
クロコは自分の頭を両手でがっしり掴むと、力ずくで元の向きに戻した。
どうやらゾンビになった久野だけでなく、悪魔クロコの方も痛みは感じていないらしい。
久野フミカ「・・・・・・」
今度は久野が、手刀でクロコの首をはねようとするも、クロコはまた瞬間移動で久野の背後に回る。
しかし久野はまた凄い速度と怪力で背後のクロコの首を掴み、そのまま握り潰した。
コロン「おー」
横で見ていたコロンが感嘆の声を上げる。
しかし宙を舞ったクロコの頭部から、クロコの身体がにゅっと生えてきて元通りの姿に復元される。
復元された方のクロコが床に着地すると同時に、頭部を失った方のクロコが久野の背後に瞬間移動し、久野を羽交い締めにした。
久野フミカ「は、離して・・・・・・!」
クロコ「無理だな」
復元された方のクロコが、床に散らばった窓ガラスの破片をバキバキと踏み潰しながら久野に近づいていく。
「まずい・・・・・・」
何とかできないか辺りを見回すと、僕はミウさんの姿が無いことに気づいた。
「ミウさんが、いない!」
僕はクロコに聞こえるように、なるべく大きな声を出した。
クロコ「何・・・・・・?」
コロン「おー」
横で見ていたコロンが、またわざとらしく感嘆の声を上げる。
ミウさんがこの場にいないということは、あの指輪の力で無事逃げられたということなのだろうか?
そうなのだとしたら、もう久野がゾンビでいる必要は無い。
「久野!」
僕は慌ててうさ耳のカチューシャをつけてから、久野を押さえていたクロコの身体だったものの腕を外しにかかった。
久野フミカ「・・・・・・コハク?」
クロコの腕は、思ったよりも簡単に外せた。
「いや! 僕は、コハクじゃない。うさ耳つけてるし」
「ほら、もうこの部屋に、コハクはいないだろ?」
「コハクを守る必要も、もう無いはずだ!」
僕のでたらめに納得してくれたのか、すんなり元に戻った久野は辺りを見回すと、我に返りその場に座り込んだ。
僕は慌てて久野の身体を支える。
久野フミカ「コハク・・・・・・。ミウは・・・・・・?」
「ちゃんと、逃げられたみたいだ。久野のおかげだよ」
久野フミカ「そう・・・・・・。良かっ、た・・・・・・」
久野は安心したのか、そのまま気を失ってしまったようだった。
「・・・・・・」
すると今度は、頭部の無い方のクロコの身体が僕の背後に立ち塞がり、
コロンと、頭のついている方のクロコとが並んでゆらゆらとこちらに近づいてくる。
僕は自然と身構える。
でも、正直勝てる気がしない。
「コロン、クロコ。ミウさんを逃がしたことは、謝るよ」
「でも、そんなにミウさんを捕まえたいなら、早く追いかけた方が良いんじゃない?」
コロン「・・・・・・」
コロンは黙ったまま、クロコが口を開いた。
クロコ「わざわざ逃がした仲間を早く追えとは、君はまだ自分の立場を決めかねているらしいな」
「・・・・・・久野は」
コロン「・・・・・・」
気が付くと、僕の腕の色が白くなっていた。
情報送信システムは、破損したままだ。
「オーナーは、僕が守る」
侵入者が、僕の腕を見つめている。
クロコ「それは、アンドロイドの力・・・・・・」
「僕は久野のアンドロイド・コハク」
「オーナーは、僕が守る!」
もう一人の侵入者も、僕の白い腕を見つめている。
僕は右腕を構え、照準を合わせる。
クロコ「いや、その力は、コクノと共に死んだはず」
コロン「・・・・・・そうですか。やはりあなたでしたか。コクノを撃ったのは」
もう一人の侵入者が、ようやく口を開いた。
クロコ「・・・・・・そうだ」
コロン「なぜ、撃ったんですか?」
クロコ「人間に力は必要無い」
クロコ「だからアンドロイドの過ぎた力も、人間には必要無い」
クロコ「だが・・・・・・」
コロン「・・・・・・だが?」
クロコ「何でも一人でやるのは良くない、か・・・・・・」
「え・・・・・・?」
その言葉、前にどこかで聞いたような・・・・・・。
クロコ「コロン。力を貸してもらえるか?」
コロン「・・・・・・わかりました」
コロン「あなたに私の力、お貸しします」
「えっ、ちょっ、コロン?」
コロン「恐らく彼女はフェーズ1にいます」
クロコ「フェーズ1・・・・・・ゾンビの世界か」
侵入者・・・・・・いや、クロコが、落ちていたもう一丁の銃をひょいと拾った。
「・・・・・・」
コロン「はい。それではお兄様、良い一日を」
コロン「またいつか、どこかでお会いしましょう」
もう一人の侵入者・・・・・・いや、コロンがそう言った次の瞬間、コロンとクロコは消え失せた。
「・・・・・・」
そして久野も、いつの間にか部屋から消えていた。
窓の外を見ると、いつも通りの久野の家が見える。
突き破られたはずの部屋の窓ガラスも、きれいに元に戻っていた。
「・・・・・・乗り切った、のか?」
久野も、コロンも、クロコも、最初からいなかったかのような静寂。
今まで見てきたことは、全部夢だったんじゃないかという気さえしてくる。
しかし。
「・・・・・・これ、どうすんだよ?」
夢じゃないという明らかな証拠。
残された頭部の無いクロコの身体が、僕の背後で棒立ちしていた。