私の秘密、それは彼らの秘密を知ったこと

小宇坂公路

エピソード1(脚本)

私の秘密、それは彼らの秘密を知ったこと

小宇坂公路

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〇黒
  誰もが抱えている
  誰もが苦しんでいる

〇広い改札
  例えば
  あの四十代のサラリーマン。
  これから仕事だからなのか、憂鬱そうな表情のまま溜息を吐いている。
  普通の人に見える。
  人当たりのよさそうで、帰ると家庭が待っているような。
  まるで、だだの中年男性に見える
  しかし、彼は・・・・・・
  ―――人殺し、である。
  それは些細な口喧嘩のはずだった。
  思わぬ方向へ向かうまでは。
  激情に支配され
  倫理的な判断がつかなくなり、彼はついに犯してしまう。
  振り上げた、右の拳。
  我に返った時
  そこにあったのは頭から血を滴らせる・・・・・・実の兄だった。
  覆水は盆に返らない。
  零れ落ちた血は、元には戻らない。
  それが、彼の秘密だ。

〇公園のベンチ
  例えば
  公園で談笑する主婦たちの一人。
  生活のことで、子供のことで。
  あがった話題に朗らかな笑顔を浮かべて語らう、その裏側で。
  彼女は罪を、隠している。
  その内容はありきたりと、そう言えるのかもしれない。
  それこそ戯曲にも小説にも。
  昔から題材になるほどメジャーだから。
  ただ、単純に 明快に
  ――不倫である。
  寂しさ 夫への不満 魔が差した 背徳感に突き動かされた。
  パッ、と思いつくならこの程度。
  一体、真相は何なのか。
  実際にどうだったかは定かではない
  どちらにせよ気にするほどでもない。
  結局のところ。
  わかりやすく引かれた一線を
  自分の意思で踏み越えたのは、彼女だ。
  法律とか、それ以前の問題。
  後悔しても
  汚点はなくならない。
  ・・・罪は、きえてくれない
  それが、彼女の秘密だ。

〇通学路
  例えば
  住宅街を独りで歩く、幼い少女。
  少女には姉がいた。
  優しくて 面倒見がよくて 
  よく両親に隠れてお菓子をくれたりする
  少し抜けたところもあるけど
  その辺りも含めて、憧れていた
  そんな姉と
  姉妹でいられるのは幸せだった
  それなのに。
  ある夜のこと。
  なんだか眠れずに目が覚めてしまったのだ
  少女は、強く思う。
  知ってしまった。
  ・・・知らなくてよかったのに。
  誤って、聞いてしまった。
  ・・・聞かないことが、きっと正解なのに
  もしかしたら、本人ですら知らないんじゃないだろうか
  ―――姉と自分に血のつながりはなかった
  その事実を受け止められるほどに
  精神は成熟していない。
  でも、事の重大さが実感できないほど
  未熟なわけじゃなかった
  お母さんも お父さんも
  友達も 先生も
  誰にも頼れない。
  一人じゃ、何もできないとしても
  まるで、先の見えない霧に閉じ込められたようで
  それが、少女の秘密だ

〇黒
  私だって抱えている。
  私だって苦しんでいる。
  なぜなら『秘密』を知ってしまったから。
  そう。
  彼ら、彼女らの──
  ――私の家族の秘密を知ってしまったから

コメント

  • 読後数秒後にゾクリとする物語ですね。”私”が何者で、”彼ら”とどのような関係があるのかと考えさせられながら坦々と進む語り、読み返して一層ゾクリとします。

  • 秘密を抱え込むのは辛いことですよね。
    でもそれを吐き出すことを選ばない精神力がすごいと思います。
    大抵の人はどこかでそれを吐露して騒ぎになるんですよね。

  • 秘密を抱えるのはつらいことだと思いました。特に他人の秘密を知ってしまって、それを誰にも言わずに過ごすというのは、すごくしんどいと思います。多分こういう気持ちになったときに、SNSなどにぶちまけてしまいたくなるのではないでしょうか。ジャンルはホラーと言うことでしたが、挿絵の感じも相まって、底のない怖さが伝わってきました。とても興味深い一冊でした。

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