彼と私のルサンチマン

白貝ルカ

彼の世界(脚本)

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〇空
  ポンコツここに極まれり。
  今週私は何度ミスを犯しただろうか。
  プライベートでも仕事でも。
  私の頭に過り続けるのは世界征服と彼の顔だった。

〇商店街の飲食店
七瀬 星奈「ごめん。 待った?久しぶりだね」
守山 大成「大丈夫。 僕も今来たところだから」
  パソコンを広げた彼が言う。
  カップのコーヒーはほとんどない。
七瀬 星奈「準備に手間取っちゃって」
守山 大成「いいよ。 男子と違って女子は何かと時間がかかるからね」
  写真の中で見た彼の姿がある。
守山 大成「良く僕って分かったね。 大分、昔とは違うと思うんだけど」
七瀬 星奈「えっ? ああ、目元よ。 目元が変わってなかったから・・・」
守山 大成「そうか、目元かぁ」
  ニコニコしながら彼はパソコンを閉じる。
守山 大成「注文どうする? 好きなの頼んでよ」
七瀬 星奈「じゃ、アイスココアで」
守山 大成「了解」
守山 大成「すいません!!」
  給仕をしているウェイトレスを呼び止めて、アイスココアとブレンドコーヒーを注文してくれる。
守山 大成「アイスココアで本当に良かったの?」
七瀬 星奈「え? 何で?」
守山 大成「いや、急に寒くなってきたのにさ。 ホットの方が良かったんじゃない?」
七瀬 星奈「私、猫舌だから熱いの苦手なんだよね」
守山 大成「ああ、そういうことか。 ごめん。知らなかった」
  他愛のない会話。
  やがてウェイトレスがやって来て、アイスココアとコーヒーを机におく。
守山 大成「さて、なんの話からしようか?」
七瀬 星奈「世界征服の話でしょ」
守山 大成「僕の計画の話ね」
  彼は一度ポジションを整えて、それからコーヒーを一口飲む。
守山 大成「僕はいじめられていた。 辛かったし、苦しかった。 いっそのこと死んでやろうと思ったこともあった」
守山 大成「でも、生き続ける選択をした。 虐められていた明確な原因は分からない。 でも、僕にも非があっただろうと今では思っている」
七瀬 星奈「非?」
守山 大成「そう、非。 少し癖っ毛で不潔に見えていたのかもしれない。 殺してやるって思っていた感情が相手に伝わっていたのかもしれない」
七瀬 星奈「・・・」
守山 大成「今思えば僕にも反抗する権利があったわけだ。 結果として耐え凌いだわけだけど」
七瀬 星奈「それでどうして世界征服?」
守山 大成「今は高校生の時のイジメは加害者も被害者も総じてイーブンだと思っているということさ。 じゃ、根本的な悪は何なんか?」
七瀬 星奈「世界」
守山 大成「そう。 いじめを許した世界だ」
七瀬 星奈「いや、でもそれはあまりにも飛躍が過ぎるんじゃ」
守山 大成「飛躍?そうかもね。 でも、全ての悪を世界に押し付けたら、森羅万象ありとあらゆることが楽なのも事実でしょ」
七瀬 星奈「それはそうかもしれないけど、そんなの目を逸らしてるだけじゃない」
守山 大成「逸らすことで助かる感情がいっぱいあると思うけど」
  私は何も言えない。
  彼の言っていることは不恰好ながらも正しいと思った
守山 大成「見たら分かるよ。 僕の正しさが、そして、僕が目指している世界征服の意味が」
  彼はコーヒーを飲み干して席を立った。
  私もその背中を追いかける

〇オフィスビル前の道
  それは大通りを避けた区画に立っていた。
  綺麗な建物、ガラス張りのエントランス
七瀬 星奈「ここは?」
守山 大成「僕の拠点。 世界征服への前線基地さ」
  Tシャツの中に仕舞い込んでいた社員証を引っ張り出して入口にかざす

〇高層ビルのエントランス
七瀬 星奈「へー、守山さんの職場?」
守山 大成「そーだよ。 僕の職場、そんでもって僕の会社でもある」
七瀬 星奈「へ?社長さん」
守山 大成「そ、ここは僕の会社」
七瀬 星奈「数々の粗相失礼しました。 社長様」
守山 大成「変わり身早いな」
七瀬 星奈「長い物に巻かれろ。 幼い頃からの親の教えなので」
  私は彼に連れられてエレベーターに乗り込む。

〇個別オフィス
  社長室と書かれたプレートの扉を臆することなく開く。
  彼は本当にここの会社の社長なのだろう。
七瀬 星奈「会社名って何?」
守山 大成「株式会社アストロワールド。 アストロって宇宙って意味だけど、近未来の世界って思いを込めて命名した」
守山 大成「あまり社名に深い意味はないよ」
七瀬 星奈「それで近未来の世界は何をしてる会社なの?」
守山 大成「ちょっとネーミングセンスをバカにした?」
七瀬 星奈「そんなにしてない」
守山 大成「ちょっとしてるんかい。 まぁ、自分でも適当過ぎたなとは思ってるよ」
七瀬 星奈「それでどうやってこの会社で世界征服するの?」
守山 大成「これさ」
  それは革張りの高そうな椅子
七瀬 星奈「椅子?」
守山 大成「椅子はおまけ。 大本命はこっちさ」
七瀬 星奈「ゴーグル?」
守山 大成「そう、これはVRゴーグル。 近年ではゲームもショッピングもエロでさえVRの商品が出てきている」
守山 大成「体験したことある?」
七瀬 星奈「ない。 噂は聞いたことはあるけど」
守山 大成「ほら、椅子に座ってリラックス。 そんでもってゴーグルつけてみて」
七瀬 星奈「守山さんは?」
守山 大成「大丈夫。 後で追うから」
  そう言った彼の手にもゴーグルが握られていた。
  私はソファに腰を掛けて、ゴーグルで目の前の景色を塞いだ。
守山 大成「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。 別に痛いものでも、怖いものでもないから」
  彼の優しい声と共に、目の前に光が吹き上がり私の視界を包み込む。
七瀬 星奈「眩しい」
  光を避けるように目を閉じる。そして、再び目を開けた時、そこは先ほどいた社長室だった。
七瀬 星奈「あれ?」
  振り返るとソファに沈んだ私がいる。
守山 大成「気分はどう?」
  彼がいる。
  その後ろには椅子の上でゴーグルを掛けている彼がいる。
七瀬 星奈「え?え?」
守山 大成「素直なリアクションが面白いな」
七瀬 星奈「これは何?」
守山 大成「僕が作った仮想の世界さ」
七瀬 星奈「でも、これって」
守山 大成「現実。と思ってるんでしょ。 そう、ここは仮想世界であり、現実。 もっと具体的にいうならば、僕の頭の中さ」
  私は顔を触り、床を触る。
  それは紛れもなく現実の感覚。
守山 大成「これが僕の世界征服。 この世界の人間を私が思うより良い世界に移住させる。 僕のこと殴ってみて」
  彼は両手を広げる。
七瀬 星奈「本当に良いの?」
守山 大成「良いよ。 思いっきりやってみて」
  人を殴ったことなんてこれまで一度もなかったけど、彼の鼻っ面目掛けて拳を突き出した。
  『システム・リジェクト』
七瀬 星奈「なにこれ?」
守山 大成「この世界では暴力は容認されないようにプログラムされてる。 今度は罵ってみて」
七瀬 星奈「何、それは守山さんの趣味?」
守山 大成「ははっ、昔からのね」
  ブラックジョークで返す彼。
  『システム・リジェクト』
  馬鹿、アホ、○ねと罵ろうとした私の声帯がそれを拒絶する。
  鯉のように口をパクパクと開くだけ。
守山 大成「言えないでしょ」
七瀬 星奈「うん」
守山 大成「この世界は言葉の暴力でさえ拒絶される。 ありとあらゆる暴力が拒絶される世界。 それが僕の望んだ理想の世界」
守山 大成「ちょっと外を散歩してみようか」
  彼は両手を合わせて合掌する。
守山 大成「一緒にやってみて」
七瀬 星奈「こう?」
  合わせた手を本のように開く。
  すると、モニターが表示される。
守山 大成「右下のアイコン押してみて」
  私は言われた通りにそのボタンを押下する。
守山 大成「これが飛行機能。 この世界に車や電車、飛行機は必要ない。 さぁーいこう」
  彼が私の手を掴む。
  その手に引かれるように体が浮き上がり、空を舞う。
七瀬 星奈「きゃー、怖い」
守山 大成「大丈夫。 僕の世界で傷つくことはないから」
  窓を開けて外に飛び出る。

〇街の全景
  今日の空。果てしない晴天。
  その中を彼と私が飛び回る。
  地上も人もみるみる小さくなっていく。
七瀬 星奈「キャー!!」
  私の悲鳴も彼は嬉しそうにしていた。
守山 大成「ほら、見てみて」
  私は目を開ける。
  はるか彼方まで広がる私が住んでいる街。
七瀬 星奈「この世界はどこまで続いてるの」
守山 大成「果てまでさ。 僕は高校を卒業して世界中を旅して回った」
守山 大成「僕は僕の世界を作るため、この世界の全てを僕の中に内包する必要があった」
守山 大成「喜怒哀楽、老若男女、物理現象も、この世の全てを理解する必要があった」
七瀬 星奈「うん」
  風が私の耳を優しく撫でる。
守山 大成「どう? 僕の世界征服は成功すると思わない?」
七瀬 星奈「できそう!」
  彼は笑う。
守山 大成「この世界なら現実世界に復讐できる。でも」
七瀬 星奈「でも?」
守山 大成「この世界に一つだけ足りないものが残されているんだ」
七瀬 星奈「足りないもの?」
守山 大成「愛」
七瀬 星奈「愛?」
守山 大成「世界中を旅して見て理解しても一つだけ僕には理解できないことがあった。 それが人間の恋愛感情。 僕には恋愛感情が分からない」
守山 大成「だから、この世界には愛が欠落している」
  果てしない世界の向こうを見て彼が言う。
守山 大成「七瀬さんは愛って何か分かる?」
七瀬 星奈「私は・・・」
  私もまた分からない。
  だって、私も彼と同じ日陰者だから

次のエピソード:それが愛さ

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