読切(脚本)
〇理科室
美也子「今まで秘密にしてたんだけどさ。アタシ、未来から来たんだ」
天板の分厚い机がいくつか並ぶ高校の理科室にて。
あたしがそう言うと、試験管に入れた薬品を、別の薬品に混ぜようとしていたサッちゃんが、手を止めた。
サッちゃん「美也子、一つ質問していいかしら?」
美也子「なぁに?」
サッちゃん「台形の面積の求め方は?」
美也子「えーとえーと・・・・・・台形ってなんだっけ?」
サッちゃんはため息交じりに、止めていた手を再び動かしていった。
サッちゃん「今現在でも、初等教育で教えられている程度の理系知識よ」
サッちゃん「この程度のことを、今より科学技術が進んでいるであろう未来人が知らないとは、思えないのだけど」
美也子「ふふふ。あたしも信じてくれないと思って、証拠を用意してきたのだよ!」
あたしはそう言って、鞄から鉄の塊を取り出した。
厚さ一センチ程度のフレームに、バレル、弾を入れるシリンダー、そしてグリップなどが付着したもの──
リボルバーと呼ばれる拳銃である。
銃を目の当たりにしたサッちゃんが、再び動きを止めた。
サッちゃん「・・・・・・まさとは思うけど、本物?」
美也子「イエーッス!」
あたしはそう言いながら、空のシリンダーを本体から外し、ポケットから取り出した一発の弾を込める。
作業が終わると、指でシリンダーを弾き、高速で回転させながら、元の位置に戻した。
サッちゃん「ロシアンルーレットでもするつもり?」
美也子「それもイエス! ただし、あたしは何発目に出るのか知ってるんだ。未来人だからね!」
サッちゃん「・・・・・・ちなみに何発目?」
美也子「三発目だよ。それじゃ、サッちゃんからね」
あたしはそう言いつつ、銃口をサッちゃんに向ける。
彼女の体が強張ったのがよくわかった。
サッちゃん「私、参加するなんて言ってないんだけど」
美也子「ごめんだけど、これ、強制。あたしは、そのために未来からやってきたんだから」
あたしはためらうことなく、リボルバーの引き金を引いた。
カチンという撃鉄が落ちる音が、二人きりの理科室に小さく反響する。
サッちゃん「・・・・・・どういうこと?」
美也子「サッちゃんはさ、将来、理系の研究者になりたいんだよね?」
サッちゃん「そうだけど・・・・・・」
美也子「その夢、叶うんだ。でも、まずいことになる」
あたしはそう言いつつ、自分のこめかみに銃口を押し当て、引き金を引いた。
一発目と同様に、カチンという金属音が、耳の近くで鳴るのみである。
サッちゃん「まずいことって?」
美也子「今さ、人の数が増えてるでしょ?」
サッちゃん「ええ。日本人は減ってるけど、世界的には増え続けているわね」
美也子「それ、将来はもっと増えるの。で、食べるものがなくなっていくんだ」
サッちゃん「食糧難ね。国連でも懸念されてる事態だわ」
美也子「でさ、本格的に食料不足になると、サッちゃんは、食べなくても生きていけるように、人間を改造する研究を始めるの」
サッちゃん「・・・・・・確かに、私ならそうするかも」
美也子「でもその研究、ものすごい失敗をするんだ」
あたしはリボルバーの銃口を、再度サッちゃんに向ける。
サッちゃん「具体的にはどんな失敗?」
美也子「人が人でなくなっちゃったっていうのかな。化け物みたいになって、他の人間を食べようとするの」
美也子「しかも、食べた分だけ大きくなるもんだから、強くってね。倒せないんだ」
サッちゃん「バイオハザードね。しかも、研究結果となれば、おそらく一体だけじゃない」
美也子「うん。何十体もそんな化け物が出たものだから、軍隊でも手に負えなくなるの」
サッちゃん「・・・・・・だから、そんな研究を行う前に戻って、私を殺そうとしているわけ?」
美也子「やっぱりサッちゃんは頭がいいね」
あたしは、リボルバーの撃鉄を起こした。
自分の顔から表情が消えているのがわかる。サッちゃんもまた、無表情となっていた。
美也子「バイバイ、サッちゃん。友達になれて──サッちゃんに会えて、ホントに嬉しかった」
あたしはそう言いながら、リボルバーの引き金を引いた。
すると──パァン!
乾いた破裂音が鳴り、同時に、銃口から紙テープと紙吹雪が飛び出る。
美也子「ハッピバースデイ、サッちゃん!」
あたしは花が開いたかのような笑顔となる。サッちゃんもまた、苦笑じみた微笑みを浮かべた。
サッちゃん「美也子にしては、随分考えてくれたわね」
美也子「考えたんじゃなくて、全部ホントのことだってば。今のも手品じゃないんだよ?」
サッちゃん「そういうことにしておくわ。ただね、美也子」
美也子「ん?」
サッちゃん「仮にその話が本当なら、私は化け物をどうにかする研究をするわ。そして、絶対にあきらめない」
美也子「・・・・・・サッちゃんのそういうところ、あたし、大好きだよ」
あたしはリボルバーを鞄の中にしまいつつ、サッちゃんに聞こえないよう、小さく呟いた。
美也子「だから、殺せないんだよ。任務なのに」
サッちゃん「何か言った?」
美也子「何にも。あ、ケーキ買いに行こっか! ホールの奴!」
サッちゃん「太りそうね」
あたしたちは笑い合いながら、連れ立って理科室を出ていった。
理科室の窓からは、地平線に沈みかけた夕焼けと、そこから伸びる赤とオレンジの中間のような光が、とてもよく見えていた──。
『未来が終わろう・・』というタイトルから、彼女が本当に未来人なのか、そうで無いのか想像が止まりません。私達が今、実際に感じる空気がこのストーリーをより身近なものに思わせます。
未来の話がリアリティがあって、ひきこまれました。嘘だったのか本当なのか、、どちらにせよ未来になればわかるのだけど、仮に本当だったとしてもさっちゃんがいうように、さっちゃんは世界を守れると思う。
夕暮れの景色だけが残るラストシーンが、余韻があって素敵でした。問題が未解決、友情も現状維持という暖かくて宙ぶらりんな気持ちに、光の中をたゆたう夕陽がよく似合っていました。決して諦めない性格のサッちゃんが、本当に頭のいい人という感じでかっこいいです。