さまよえる青白い鈍刀(1)(脚本)
〇荒廃した教会
『ヒナ!どこにいるんだいヒナ!』
『閣下!来栖川閣下!』
「ここだ・・・ここだ最上・・・」
最上「閣下!ご無事で!」
最上「今、柱を持ち上げます!」
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
義孝「・・・」
最上「閣下!よくぞご無事で!」
義孝「俺のことはいい・・・ヒナを・・・」
蝶子「ヒナ!しっかりしな!目を覚ますんだよ!」
義孝「大丈夫だ・・・陸軍病院に送れ・・・桜子を通じて来栖川の名を出せば・・・」
最上「閣下も早く病院へ・・・!」
義孝「最上・・・」
義孝「誰の仕業だ・・・」
最上「え?」
義孝「名も無きテロリストがあんな大規模な真似をしでかせるものか」
義孝「大泉か?」
義孝「それとも天粕か?」
義孝「お前がここまで辿り着いたということは、あの芸能博爆発事故に不審な点があるのだろう?」
義孝「つまりは狙われたのは俺だ。違うか?」
最上「・・・」
義孝「お前は・・・信用していいのか?」
最上「当然です!」
義孝「ならば・・・作戦会議だ・・・」
義孝「・・・」
最上「閣下!」
〇廃倉庫
『手錠でも何でもいい。しっかりドアを封じておけ。この小屋の鍵はあってないようなものだ』
『わ、分かりました!』
〇暖炉のある小屋
最上「・・・そうですか。そのような事が」
義孝「おかげでチューリップくらいは弾けるようになった。余興のネタが出来たぞ」
最上「まさかこれからも、大道芸人として生きていくわけではないですよね」
義孝「この年でそれはキツい。自分の子供ほどの連中にバカだのアホだの言われまくるのだからな」
義孝「年を取ってから新たな事に挑戦するなど、罵詈雑言に快感を覚える異常者としか思えんな」
最上(憲兵司令をしてここまで苦悩させるとは、恐るべき芸能の道)
義孝「それでだ最上」
義孝「憲兵司令部・・・いや、全ての人間に俺の生存は伏せろ」
最上「え?だって・・・」
義孝「ああそうだな!貧民や観客の前で自己紹介したばかりだったな!悪かったな、気が短くて!」
最上「ああいえ。分かってらっしゃるなら」
最上(この面倒臭さ。やはり本物の閣下だ)
義孝「だから、黙っているのは少しの間でいい。俺の命を狙った黒幕の先手を取りたい」
義孝「素直に憲兵司令部に直帰したら問答無用で消されるに決まっているからな」
義孝「その爆弾犯の逆木某のように」
最上「足場を作るのですね」
義孝「とりあえず桜子だけでいい」
義孝「あれが今の来栖川家当主なら、本物の父と認めさせれば社会的に復活できる」
義孝「社会が俺の生存を認めれば、司令部に戻り反来栖川派を一掃できる」
義孝「それで終わりだ。何もかも」
最上「了解しました」
義孝「桜子が庭先で待っている。父として当主として肚を割って話してこよう」
義孝「良し!これより反撃を始める!」
〇西洋風の部屋
ヒナ「で?それが何でこんな事になってんだ?」
ヒナ「少尉、ショックで顎外れてるじゃねえか」
義孝「そ、その前に・・・」
義孝「お前には・・・色々と」
ヒナ「だからもういいって」
ヒナ「アンタと出会わなかったら地震に巻き込まれて死んでたかも知れねーんだ」
義孝「その時はバロン吉宗がお前を守っていただろう・・・だから」
ヒナ「あーもううっせーな!ああ言えばこう言うこう言えばああ言う!」
ヒナ「てめえ友達いねーだろ!」
義孝「・・・」
ヒナ「凹むな!」
ヒナ「オイラが許すつってんだ。『美しいお嬢様ありがとうございます』でいいんだよ」
義孝「う、美しいお嬢様・・・」
ヒナ「そこは冗談だよ!真に受けんな!」
ヒナ「あんた才能ねえから二度と大道芸人目指すんじゃねーぞ・・・」
最上「あんがあっ!」
ヒナ「おう。顎戻ったか」
最上「ど、どけ子ザル!」
最上「閣下!ここで何をしているのです!」
最上「潜伏中なのは分かります!ですがあれから50日も経っているんです!連絡くらいはあっても宜しいのではないですか!」
最上「それほど私か信用できませんか!あと何ですかそのエプロンは!」
最上「潜入捜査ですか!あの異人の遊び女に何か重大な秘密が隠されているのですか!」
義孝「一度に色々聞いてくるな」
最上「速やかに状況を報告して下さい!それと、声が小さい!」
義孝「自由の女神などと呼ばれているのだろう?」
最上「呼ばれてません!」
義孝「お前ではない。桜子だ」
最上「・・・それが何か」
最上「お嬢様の生き方がお気に召さないならば、会って説得すればいいでしょう」
最上「というか、会ったのではないのですか?」
最上「桜子さんに尋ねたら会ってないと言われましたし」
最上「会ったんですか?会ってないんですか?」
ヒナ「どっちなんだい?筋肉に聞いてみるかい?」
義孝「・・・もういい」
最上「え?」
義孝「あれは、おのれの人生を見つけたのだ」
義孝「革命という道を」
義孝「そしてどうやら、この俺が邪魔なようだ」
ヒナ「・・・」
〇ファンタジーの学園
義孝「き、貴様ら!何者だ!?」
義孝「大泉の手の者か?それとも天粕の手下か?」
「・・・」
義孝「妙な仮装をしおって。だがただの脅しではないようだな」
刺客「・・・全ては革命のため」
義孝「なに?」
義孝「・・・クッ!」
芳野「な、何をやっているのです!」
芳野「警察を呼びますよ!」
刺客「・・・」
義孝「芳野か?」
芳野「旦那様・・・」
芳野「やはり生きてらっしゃったのですね・・・」
芳野「ですがここに戻って来てはなりません」
義孝「なに?」
芳野「お嬢様・・・いえ新当主来栖川桜子様は」
芳野「気がふれてしまわれました」
義孝「なんだと?」
〇華やかな裏庭
桜子「よいですか?」
桜子「まもなくここに父が戻って来ます」
桜子「あれは私達の敵です」
桜子「自由な時代の妨げとなる魔王です」
桜子「速やかに討ち果たして下さい」
活動家「し、しかし・・・」
活動家「よろしいのですか?」
桜子「構いません。これが、私の革命家としての覚悟です」
桜子「新たな時代の為に、私は全ての過去を捧げます」
芳野「・・・!」
〇ファンタジーの学園
義孝「馬鹿な・・・」
芳野「地震など起こらなくても桜子様は最初から旦那様をここにお呼びになったはず」
芳野「先代当主を討ち、その屍を越える為に」
義孝「馬鹿な!」
芳野「早くお逃げ下さい・・・」
芳野「桜子様は絶対に、旦那様の生存をお認めになりません・・・」
芳野「どうか・・・」
義孝「・・・」
〇西洋風の部屋
最上「確かに桜子さんは、随分変わってしまわれました」
最上「いつ変わってしまったかは分かりませんが」
義孝「あれも肚を括ったという事だ」
最上「皮肉ですね」
義孝「・・・?」
最上「閣下の強さも冷たさも継いでいらっしゃいます」
義孝「この状況で褒められてもな」
最上「そしてそのカリスマ性も・・・」
最上「まだ世間的には巷の噂の段階ですが蓬莱街の貧民を先導し武力蜂起を目論んでいます」
最上「根室清濁にそそのかされているのは明らかです。桜子さんを説得して下さい」
ヒナ「そいつ、街には近づけねえよ」
最上「なに?」
ヒナ「トラ達にも命狙われたんだろ」
ヒナ「蓬莱街じゃそいつがバロンに成り代わって潜入捜査してたことになってんだ」
最上「・・・馬鹿どもが」
義孝「悪かったな!短気を起こし妙な演説をかまして己の首を絞めるような真似して!」
最上「ああそうですね!自業自得ですね!」
ヒナ「そんなこんなで逃げ回ってる所を、ダリアさんに拾われたんだろ」
義孝「まあそんなところだ」
義孝「かような掃き溜めにも武士の心を知る者がいたとは。しかもそれが女子とは」
ヒナ「あの人、弱い男拾うの趣味なんだよ」
義孝「へ?」
ヒナ「もう何十人も引きずりこんでるみてえだぞ」
義孝「最上!」
最上「私に当たってどうするんです!」
最上「強い武士ならば、娘の躾けくらい全うして下さい!」
ヒナ「もう躾けとかされる年じゃねえだろ」
ヒナ「女なめんなよ。少尉さん」
最上「・・・」
義孝「・・・そうだ。大儀の為に自分の父も討つ女に育ててしまったのは俺だ」
義孝「あれももう、立派な大人だ。新しい時代の創造とやらが桜子の道ならそれを阻む気は俺にはもうない」
義孝「娘を締め付け、追い込み、爆発させた愚かな父親にはな・・・」
義孝「新時代は始まってしまったのだ。もう誰にも止められん」
義孝「最上、お前はまだ若い」
義孝「適応しろ。自由な世界とやらにな」
最上「そ、そんな・・・」
最上「そんな裸エプロンになる自由など俺はいりません!」
義孝「服は着とるわい!」
最上「報復を恐れ憲兵司令に戻る気がないのなら」
最上「娘の刃を恐れ父親に戻る気がないのなら」
最上「最早敬う必要などない!」
最上「俺は一人でも新時代と戦ってみせる!自由に抗ってみせる!武人をなめるな!」
最上「どけ子ザル!」
ヒナ「・・・ってえな。何息まいてんだ」
ヒナ「小鹿みたいな面して。全然怖くねえんだよ」
義孝「・・・」
ヒナ「え?ビビッてんの?」
義孝「ああ、恐れている」
義孝「弱くなった自分自身に」
ヒナ「・・・」
義孝「舘で命を狙われた後、俺の足は自然と蓬莱街に向いた」
〇荒廃した市街地
『帝都のゴミが流れ着く瓦礫の街』
『今の俺にこそふさわしいと』
『だが』
『そこですら俺は・・・』
〇川沿いの原っぱ
『掃き溜めですら俺は・・・』
ダリア「・・・!」
義孝「・・・」
〇西洋風の部屋
ヒナ「それで新しい扉開いちゃったってわけか」
義孝「いや別に、好き好んで今の生活をしているのではない・・・ただ」
義孝「ついて行けんのだ。時の流れに」
ヒナ「あっそ。まあ、好きにしなよ」
ヒナ「あーあ。足いてーな」
義孝「すまん」
ヒナ「けど、歩くしかねえか」
ヒナ「そのうち走ってみせらあ」
ヒナ「踊ってみせらあ」
義孝「・・・」
ヒナ「男爵サンよ。あんた一個勘違いしてるぜ」
義孝「・・・?」
ヒナ「お嬢さんもな」
ヒナ「あんたがビビッてるもんも、お嬢さんが崇め奉ってるもんも『自由』なんかじゃねえ」
ヒナ「絶対に」
義孝「・・・」
義孝「きっと、ヒナには俺が分からない事がすでに分かっているのだ」
義孝「俺は愚かだ。誰よりも・・・」
つづく