21/うさ耳のカチューシャ(脚本)
〇古いアパートの一室
七月十一日、朝の七時過ぎ。いつもの寝室。
僕は目覚まし時計の音で目を覚ました。
アンドロイドではなく、人間、虎丸コハクとして。
「手が、白くない・・・・・・」
僕の腕は、人間の肌の色に戻っていた。そして僕の家も、こうして存在している。
どうやら世界は、元に戻ったようだった。
〇日本家屋の階段
カーテンを開け、着替えを終え、二階の自室から出て階段を降りる。
〇アパートのダイニング
いつものリビングに入りいつもの席に座ると、いつもの朝食をコロンが、僕の席に持って来てくれた。
コロン「・・・・・・おはようございます、お兄様」
「・・・・・・おはよう、コロン」
コロンが珍しく、しょんぼりとばつが悪そうにしている。
コロン「・・・・・・先輩すみません。星木ミウも魚岡ミオも、逃がしてしまったようです」
「ミオさんは・・・・・・生きてるのか」
コロン「ええ、多分」
コロン「この世界の魚岡ミオは人間ですから、人間が銃で壊されるという現象はこの世界で成り立ちません」
コロン「そもそも魚岡ミオがアンドロイドにならない限り、あの日あの場所に魚岡ミオが現れることも無かったでしょう」
コロン「この世界では、あの現象は起こり得ない」
「・・・・・・そ、そうだ!」
まだ寝ぼけまなこだった僕は、ようやくはっきりと目が覚めた。
最後にコロンが言っていたあの言葉が、彼女の顔と共に脳裏に蘇る。
「コクノが、死んだって・・・・・・!」
コロン「ええ、まあ・・・・・・多分」
コロン「こうして世界も、元に戻っていますから」
確かに僕も人間に戻っているし、僕の家もこうして存在している。
世界が元に戻ったのは、間違いないと思う。
「でも、何で・・・・・・」
コロン「それは、私にもわかりません」
「・・・・・・」
コロンが何かした、というわけではない気がする。
僕がそうであってほしいと思っているだけなのかもしれないが、あのタイミングで世界を元に戻す動機が、コロンには無い気がする。
僕がそうであってほしいと、思っているだけなのかもしれないが。
コロン「・・・・・・」
その時、玄関のチャイムが鳴った。
このタイミングで、僕の家に訪れる人がいるとすれば。
「久野・・・・・・?」
コロン「ああ、ったく。またですか・・・・・・」
コロン「お兄様、私が出ましょうか?」
コロンが心底面倒くさそうにしている。
「ああいや、僕が行くよ」
〇シックな玄関
僕が玄関の扉をちょっと開けたところで、扉越しに久野の声がしてその扉を抑えられた。
「待って!」
半開きになった扉の陰に隠れたまま、久野は出てこようとしない。
「・・・・・・ああ、そうか」
世界が元に戻っているということは、久野は僕を見たら、またゾンビになってしまうということ。
それをわかっていて久野が扉の影から出てこないのだとしたら、
これからずっと、久野とは壁越しの会話になってしまうということなのだろうか。
それは・・・・・・何というか、嫌だな・・・・・・。
「コハク、これ、つけてみて・・・・・・」
すると扉の向こうから久野の腕が伸びてきて、何かを差し出した。
「これは、指輪・・・・・・?」
最初に差し出されたそれは、白い石と黒い輪っかでできた、小さな指輪だった。
「そう。それをつけてみて」
「どの指でも、大丈夫だと思うから」
「え、な、何で・・・・・・?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
長い沈黙の後、久野が押し殺したような声で言った。
「・・・・・・コクノが、そうしてほしいって」
「コクノが・・・・・・?」
「・・・・・・うん、お願い」
どういうことだ・・・・・・?
コクノはまだ、生きているということか・・・・・・?
「・・・・・・わ、わかった」
ひとまず僕は、右手の中指にその指輪をはめてみた。
「それから、これも・・・・・・」
次に渡されたのは、なぜかうさ耳のついたカチューシャだった。
「・・・・・・これも、僕がつけるの?」
「うん」
「えっと・・・・・・」
「その・・・・・・コクノが、コハクにだけつけてもらってほしいって」
それは、冗談を言っているような声のトーンでは無かった。
「コクノが・・・・・・」
「うん・・・・・・」
「わ、わかった・・・・・・」
ひとまず久野に言われるがまま、自分の頭にうさ耳のカチューシャをつけた。
こんなもの初めてつけた。いや、何なら僕がうさ耳のカチューシャをつけるのなんて、これが最初で最後だろう。
「コハク、つけた・・・・・・?」
「うん・・・・・・」
すると久野が扉の向こうから、恐る恐る顔だけ覗かせた。
久野フミカ「・・・・・・」
「・・・・・・」
久野フミカ「・・・・・・ほんとだ」
正気の久野と、しっかり目が合った。