読切(脚本)
〇黒
──ねえ知ってる? ラムネの瓶ってコッド瓶って言うんだって。
「・・・そんなことどうでもいいよ」
──そんなこと言わないでよ、もう。
はい、ラムネ。
「ありがと」
──ふっふーん。
いつもラムネを飲めるのはわたしのお陰だからね!
「もちろん、わかってるよ──」
「──ゆな」
〇池のほとり
どこか懐かしい、ラムネの味。
シュワシュワと炭酸が弾けた。
由奈「もう、いつまでラムネなんか飲んでるわけ?」
「ああ、ごめん」
由奈「やめなよ、そんな子供っぽい飲み物」
隣でラムネを睨むのは愛しい人。
俺はラムネが好きだけれど彼女はそうではない。
「わかった。 すぐに飲み干すから」
由奈「もう。早くしてよ」
「懐かしいんだけどな・・・」
小さいころ、俺はある少女と一緒にラムネをよく飲んだ。
そのせいで嫌いだったラムネを好きになったんだっけ・・・
由奈「遅い、千智。 量減ってないじゃん」
「ごめん・・・つい・・・」
由奈「まあいつもだし別にいいけど? というかどうして毎年ここに来るの?」
「大切な場所だから、だ」
由奈「ふーん、小さいころ好きだったっていう子のこと?」
その言葉に思わずラムネを吹きだした。
「ど、どうして知ってるんだ!?」
由奈「千智の友達が教えてくれたの。 私と同じ名前なんだってね」
「あ、ああ」
由奈「まったく、どうして今まで教えてくれなかったのよ」
「まあ、過去のことだしな」
由奈「相模夕菜ちゃんだっけ。 過去とか言われたら悲しむと思うけど」
「夕菜はもう、いないんだ・・・」
由奈「そっか・・・」
「ああそう言えば、取ってきたい物があるんだ。 ついてきてくれないか?」
由奈「別にいいけど 何を?」
「・・・・・・あった」
それは古びた小さな段ボールだった。
由奈「何それ?」
慎重に箱を開ける。
由奈が中身を覗き込んでため息をついた。
由奈「なにこれ。 ラムネの瓶ばっかりじゃない!」
「ああ・・・」
コッド瓶に紛れ、小さな封筒が二つ入っていた。
その内の一つを取り出す。
それは俺と夕菜のタイムカプセル。
今日、二人で開けようと約束したものだ。
手紙は短かった。
「きっと隣にいるだろうし、伝えたい事は自分の言葉で話そうね!」
たった一文。
彼女の伝えたかったことは永遠に失われている。
「って由奈!? どうして泣いてるんだ?」
由奈「なんか、わからないけど・・・ 悲しくなって・・・」
由奈「私、が・・・ああ、そうだったんだ」
「どうしたんだ?」
由奈「全部思い出した。 私が相模夕菜だったんだね・・・」
その通りだった。
相模夕菜はストーカーによって殺害されたことになっているが、
本当は名前を変えて、生きていた。
その事実を知った時、俺は由奈と付き合っていたのだ。
まるで運命のように、俺は初恋の人──夕菜と再会していたのだ。
由奈「ねえ。千智」
「ん、どうした?」
由奈「私、相模夕菜だったときから、千智が好きだったよ」
手紙のメッセージを代弁するかのように、由奈は言った。
「俺もだよ。ゆな・・・」
その言葉は、由奈と夕菜どちらに向けて言ったのだろうか──
〇池のほとり
時が経ち、俺と由奈はまたあの場所に来ていた。
由奈「ねえ、千智。 こんな感じでいい?」
「ああ、大丈夫だ」
由奈「オッケー。 今から開けるのが楽しみだね! タイムカプセル!」
ラムネの瓶ってどうしてこんなにもノスタルジックな思いを掻き立てるんでしょうね。長い時の中で育まれる二人の関係の切なさや優しさを象徴するアイテムとしてコッド瓶をチョイスした作者さんのセンスに感心しました。
前半部は、彼氏の昔の思い出に付き合わされて可哀想な由奈さんと思っていたら、まさかの展開で!由奈さんのセリフがどれも端的に感情が込められていて心に響きますね
2人の縁の深さ、強い繋がりを感じ、こんなに短い文章なのにぐっと心をつかまれました。一人の人を思い続ける心がこんなにも輝いて感じられるのかと思わされるストーリーでした。