2話 少女は話したい(脚本)
〇一戸建て
蓮「お、お嫁さん?」
花梨「そう、お嫁さん!」
蓮「俺の?」
花梨「うん!蓮くんの!」
花梨の真っ直ぐな目を見ていると嘘をついていないことは分かる。しかし、しかしだ。
蓮「もしかして、あの約束か?」
花梨「そうだよ」
適当に答えたが、不味い。約束というものは思い出した。幼い頃に公園でした約束。しかしその内容を明確に思い出せない。
花梨「もしかして、昔の話だからそんな約束なしだって言いたいの?」
これは助け舟だ。約束を覚えていなくともその約束を曖昧に出来るかもしれない。
花梨「男の子に二言はないんじゃないのー?」
ダメだ。流石に苦しい。というかさっきから最低な事ばかり考えている。
花梨「なんてね」
蓮「え?」
花梨「流石にそんな事言わないよ。今すぐお嫁さんになるって話もかなり無理があるしね」
花梨が笑ってそう言うと蓮は酷く安堵した。良かった。本当に良かった。
花梨「で・も」
花梨「蓮くんのお嫁さんになりたいのは本当だよ?」
花梨は楽しそうに蓮に笑顔を見せる。その笑顔はとても可愛さしいが、だからと言っていきなり結婚などの話は非常に重い。
〇一戸建て
寧々「うるさいぞれーん!ご近所迷惑でしょ、う、が?」
花梨「あ、寧々さん!久しぶり!」
家から寧々が扉を開いて顔を見せると花梨と目が合う。花梨は笑顔で久しぶりに会う寧々に手を振るが寧々は呆然としている。
寧々「かっ、かっかかか」
寧々「カーリン!?」
寧々は蓮を押し出すと花梨の元は一目散に走る。
寧々「うっそ本物じゃん!?えー!?どうなってんの!?ドッキリ!?うわ、間近で見るとクソ可愛い!!顔ちっちゃ!!」
花梨「えっと、あれ?もしかして寧々さん私の事覚えてない?」
寧々「えっ!?アイドルが私の名前把握してるんだけど!?何、ドッキリ!?」
慌てすぎてぐるぐるとその場を回り始める寧々。これじゃどっちが近所迷惑か分からない。
蓮「花梨だよ。俺が小学生の時隣に住んでた桜沢花梨」
寧々「えっ?えっ?えっ!?花梨ちゃんなの!?花梨ちゃんがカーリンなの!?うえ?ホント?えっ?」
蓮「テンパりすぎだろ」
いよいよ日本語が使えなくなった寧々。このままでは本当に近所から苦情がくる。
蓮「ひとまず家に入ろう。ほら行くぞ姉ちゃん」
寧々「ひょえー」
寧々が蓮に押されながら家に入っていく。
花梨「あの、それって私も?」
蓮「うん。昔はよく家にあがってだろ?」
蓮とずっとよく分からない声をあげている寧々、そして嬉しいけれど少し恥ずかしがっている花梨が家の中へと入っていった。
〇明るいリビング
蓮「そういえばカーリンって何だ?」
寧々「はぁ!?あんたもしかしてカーリン知らないの!?」
知らない。もしかして知らない人の方が少ないレベルの有名人なのか?
蓮「どれどれ」
本人の前で調べるのもどうかと思ったが本人が緊張と照れによって少し話せなさそうなのでやむ終えずスマホで調べてみた。
蓮「アイドル、か。しかも500年に一人の逸材とか言われてんじゃん」
寧々「そうよ!カーリンは歌もダンスもドラマだってめちゃくちゃ上手くてもう最高なんだから!」
花梨「まっ、待って寧々さん!本人の前でそんなにベタ褒めしないで!恥ずかしい!」
花梨が手で顔を覆う。まさか花梨がここまで人気のアイドルだったなんて。普段テレビなどは見ないから全く知らなかった。
蓮「そういえば花梨は東京に居たんだよな?それが急にこっちに来て大丈夫なのか?」
花梨「大丈夫!これから暫くは活動休止するし!」
寧々「えっ!?なんで!?」
花梨「アイドルになった本来の目的は果たせたので」
寧々「本来の目的?」
花梨の言葉に引っ掛かった寧々が花梨に質問する様にもう一度繰り返す。
猛烈に嫌な予感しかしない。
花梨「はい!蓮くんとの約束です!約束は果たせたので私は蓮くんのお嫁さんになるのです!」
寧々「は?」
よく分からないが子供の頃にした約束を守る為に花梨はアイドルとなったのか。
しかし蓮は悪くない。普通子供の戯言を間にうけてアイドルになるなんて思わない。よって蓮は悪くない。悪くないのだ。
寧々「あんたカーリンと結婚するつもり!?となるとカーリンが私の妹に!?」
寧々「えへっ、えへへへへへへ」
寧々「結婚しなさい。今すぐに」
蓮「え?そうくる?」
てっきり怒られるもんだと構えていた蓮はあまりの出来事に呆然とする。
蓮「いや待ってくれよ。俺の意見はどうなる!?」
寧々「ん?待って。蓮と結婚するって事はアイドル引退ってことよね?花梨ちゃんはそれでいいの?」
え?無視?ガン無視しました?
花梨「確かに蓮くんと結婚するならアイドルやめないとですけど、未練はあんまり」
実に不味い。蓮の意見が一切通らずにどんどん話が進んでいく。
寧々「カーリン、いや、花梨ちゃん。あなたはアイドルを辞めることをそんなに簡単に決めていいの?」
寧々「あなたにとってアイドルは蓮と結婚する為なら簡単に捨てられる程安いものなの?」
寧々の真剣な表情に花梨は少し驚き考え始める。
花梨「確かに蓮くんが一番優先だけど、アイドルの仕事は楽しいし、どのみち結婚はまだ出来ないし」
寧々「花梨ちゃんは凄くアイドルであることを楽しんでいるわよね。アイドルは一度辞めたら復帰するのは難しいわ」
寧々「だから、アイドルを続けるにしろ、アイドルを辞めるにしろ、花梨ちゃんの後悔のない道を進みなさいね」
花梨「寧々さん」
妙にキラキラしたオーラを醸し出しながら話す寧々に花梨は感動を覚えた様だ。
花梨「大好き!お義姉ちゃん!!」
寧々「かはっ!推しに抱きつかれた!!我が生涯一片の悔いなし!!!」
たまらず寧々に抱きついた花梨を寧々は優しく受け止めながら花梨には衝撃がいかないように地面に盛大に倒れる。
何をやっているんだこの人は。
蓮「あ、あの。俺の意見は」
花梨「あ、そうだよね!蓮くんの意見も聞かなきゃ!」
鼻血を出して幸せそうに気絶した寧々をソファに寝かせて花梨は席に座る。
花梨「さっきも言った通り、私は蓮くんのお嫁さんになりたい」
花梨「でも、それは今すぐじゃなくて、いつかなれればいいと思ってる。蓮くんは私のことどう思ってる?」
狙ってやっているのか素でやっているのか上目遣いで花梨が蓮に問いかける。しかし、蓮の答えとしてはもう決まっている。
蓮「花梨は可愛いと思う。けど、俺のお嫁さんなんかにはならない方がいい。きっと他にもっといい人がいるさ」
花梨「私は蓮くんがいい。うううん。蓮くんじゃなきゃ嫌なの」
分かっていたつもりだったが、花梨の意思は相当固い。蓮の言葉だけでは諦めないと言う強い意思を感じる。
だが、それは蓮も同じだ。
蓮「悪いけど、俺は結婚するつもりはない。花梨だからダメなんじゃなくて、結婚するつもりがサラサラないんだよ」
花梨「え?」
蓮「俺は、女性が信用できない。女性の事を性的な目で見ることは出来ないし、友達として付き合っていくことも苦手なんだ」
蓮「だから、結婚なんて絶対にしたくない」
花梨の意志が固いように、蓮の意思も少しの事で折れるほど脆くない。この考えだけは絶対に変わらない。
花梨「そっか。分かった」
蓮「分かってくれたか」
蓮が胸を撫で下ろしてそう言うと花梨はまたしても椅子から勢いよく立ち上がり指を突きつける。
花梨「それなら!蓮くんが私と結婚したいって思うくらいに私に惚れさせてみせる!」
花梨はそう言い残して「お邪魔しました!」と大声で叫んで家から出て行った。