クラークコードー愛to憎しみの歴史IF小説ー

神テラス

第五話「北の大地 明治札幌①」(脚本)

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〇ファンタジーの教室
クラーク博士「レディースエンジェントルマン。 プリーズ、イントロデュース、ユアセルフ!」
  威厳の漂う中年のアメリカ人の紳士が、教壇に立ち、学生達に述べた。
通訳の男「えーと、まず、おのおの、はじめて会うから、自己紹介をしてもらうおうかのう」
  西洋服を、ぎこちない感じで着た、通訳係の男が隣で英語を訳している。
  通訳係の男が翻訳を述べると、一人の威勢の良い若者が一番に立った。
「兄貴」と呼ばれる若い学生「俺は藩立の西洋式学校で一番。剣道場でも一番。この札幌農学校でも一番をとって、西洋に官費で留学するん男じゃい」
「兄貴」と呼ばれる若い学生「新しい時代は俺が担う。野郎ども、俺について来い!」
  「おー、さすが兄貴!」
  男子学生達は、兄貴分のその男子学生に一様に拍手をした。
  次に、おどおどしながら、独特の訛りで背の小さい女の子が立った。
長崎からきた「鈴(スズ)」「おらー、長崎からきた鈴と申すものだー。西洋には、看護学という病人を世話する学問があるだー。おら、それを習いたくて来ただ」
  おどおどした感じで鈴が自己紹介を述べると、講堂にいた男子学生達が、やじを述べ始めた。
  「田舎くせーな」
  「おいおい、田舎の商家の小娘に、何ができるというのだ。くにに帰れよ」
  「お前らは、近くの女学校で十分じゃい。そこで蝦夷の男とでも結婚すればいいじゃろうが。ハハハ」
  男子学生達は、一様にその女学生を馬鹿にした。
  すると、一人の長髪の女性が立ちあがった。
  すらっとした、凛々しい長髪の美人だ。
「お姉さま」と慕われる女性「お黙りなさい!」
  長髪の女性が強い口調で、笑う男子学生達を一喝した。
  場が静まり返った。
  クラークと呼ばれる中年紳士は、その様子をただ静かに見守っていた。
  おのおのの自己紹介が終わり、少しの休憩時間を挟むことになった。
長崎からきた「鈴(スズ)」「お姉さま、ありがとうだ」
  鈴はお礼を述べた。
「お姉さま」と慕われる女性「いいのよ。あなたも、自信を持ちなさい。この官立学校で、正規の学士課程を受けた女学生として、日本で初めて学ぶのだから」
  長髪の女性は優しい口調で、鈴に述べた。
長崎からきた「鈴(スズ)」「お姉様、うちのくにじゃ、たくさん魚がとれるけ。魚料理がうまいんだ。是非、みんなにも食べさせたいな」
「お姉さま」と慕われる女性「うふふ、いいわね」
  長髪の女学生の周囲には、他にも札幌農学校に学びに来た、女学生達が集まって、賑やかに、お国自慢の話などをしていた。
「兄貴」と呼ばれる若い学生「ちい、ここは、女子供が学びくる場所じゃねーぞ」
  兄貴とよばれるその男子学生は、そんな女学生達の姿に苛立っていた。

〇体育館の舞台
  明治時代、札幌農学校(北海道大学の前前身)では、教頭のクラーク博士のもとで男女差別なく、意欲的な講義が行われていた。
  女学生達は一生懸命、勉学に取り組んでいた。
  一方で、男子学生達は、昼間から酒を飲み、演武場では宴会騒ぎばかりしていた。
  そんなある日、教頭室に女学生が慌てて駆け込んできた。
女学生「クラーク教頭、大変です!  演武場に男子学生が集まってお姉様と喧嘩しようとしています!」
クラーク博士「分かった、すぐ行く!」
  クラーク博士は女学生に連れられて、演武場へと急いだ。
  演武場では、学生達の輪の中心で、木刀を持った兄貴分の学生がいた。
  一方では、凛とした姿で立ち薙刀(なぎなた)を持った、長髪の女学生が対峙していた
女学生「先生、辞めさせましょう!」
  女学生が教頭のクラーク博士にオロオロしながら言った。
クラーク博士「いい。そのままにしておきなさい」
  クラーク博士はただ、静かにその光景を見守っていた。
「兄貴」と呼ばれる若い学生「てめー、女の癖に生意気なんだよ。女は黙って家でガキの面倒を見ていればいいんだよ!ヒック」
  酒に酔いながら兄貴分の学生は話す。
「兄貴」と呼ばれる若い学生「俺は、剣術の師範代の免状も持っている。女になんぞ負けるかよ!」
  酔っぱらいながら、木刀を片手に長髪の女学生に切り込む。
  女学生は薙刀ですぐさま、男の木刀を払った。
  そしてまた、薙刀を巧みに使い、その酔っ払っている男子学生の脚を払った。
  兄貴分の男子学生が倒れたあと、長髪の女学生は首元に長刀をつけた。
クラーク博士「勝負あったな」
  クラーク博士はそう述べると、大きく手叩いた。
クラーク博士「そこまでだ。生徒は教室に戻りなさい。君(兄貴分と呼ばれる男子学生)は夕方、教頭室に来るように!」
  騒ぎが収まり、生徒たちは教室へと戻った。
「兄貴」と呼ばれる若い学生「畜生・・・」
  演武場には、一人、うなだれながら残る、兄貴分の男子学生がいた。

〇教室の外
  その日の夕方、兄貴分のその学生はクラーク博士から教頭室で、説教を受けていた
「兄貴」と呼ばれる若い学生「なんだよ、俺を退学処分にするのか?ああいいぜ、こんな田舎の学校なんぞ、もうこりごりだ。おれは東京の学校に行くさ!」
  兄貴分の学生はクラーク博士に対して強がってみせた。
クラーク博士「そうではない」
  クラーク博士はおもむろに答えた。
クラーク博士「なぜ、君は勉強しない? ここの環境は、 学ぼうとする者には最高の環境だ」
クラーク博士「衣食住も保障されている。西洋の文献も読み放題だ。これ以上の環境は、日本にはないぞ」
  クラーク博士は淡々とした口調で述べた。
「兄貴」と呼ばれる若い学生「ふん、当たり前だね」
「兄貴」と呼ばれる若い学生「俺は武士階級の出だ!」
「兄貴」と呼ばれる若い学生「これからの日本を担う人間には、当然のことだ!」
「兄貴」と呼ばれる若い学生「なおも兄貴分の男子学生は意地を張った」
クラーク博士「・・・私について来なさい」
  クラーク博士はそう言うと外套を着て、兄貴分の学生を引き連れて、正門前へと出て行った。

〇山間の集落
  農学校正面前には、馬車が用意されていた。
「兄貴」と呼ばれる若い学生「おいおい、俺をどこにつれていくのか? 開拓使の詰所か?」
  兄貴分の男子学生がそういっても、クラーク博士は全く動じないまま、馬車に乗るように手振りで答えた。
  兄貴分の男子学生はクラーク博士と共に馬車に乗り、(明治時代の)札幌の町を移動していた。
  兄貴分の学生とクラーク博士を乗せた馬車は、札幌の中心地をどんどん離れていった。
  馬車の中で、兄貴分の男子学生とクラーク博士は一言も会話をしなかった。
「兄貴」と呼ばれる若い学生(ちっ、これで俺も放校だ。こんなド田舎くるんじゃなかったぜ)
  兄貴分の学生は馬車に乗りながらそう考えていた。
  維新後、官軍の勝馬にのり、明治政府の官職に親父は就けた。
  だが、藩閥の壁は大きかった。
  長州や薩摩の藩閥に属さない、地方の藩の出身者では、超えることができない壁が存在したのだ。
  四民平等のお題目は立派だが、そんなものは、力のある連中の綺麗ごとにすぎない。
  親父は俺を東京の学校にやりたかった。俺も東京の学校を希望した。
  しかし、薩摩長州の藩閥に属さない親父の力では、俺を東京の学校にはやれなかったのだ。
  兄貴分の学生は馬車に乗りながら、そんなことを考えていた。

〇山間の集落
  長い時間が経った後、馬車が止まった。
  兄貴分の男子学生が外を見ると、ボロイ長屋がある。
「兄貴」と呼ばれる若い学生「なんだ、臭い匂いがするぜ。いやだ、いやだ」
  兄貴分の男子学生は鼻をつまみながら、不快な表情をした。
クラーク博士「お前はそこで待っていなさい」
  クラーク博士は馬車を降りるとその長屋へと入っていった。
  兄貴分の男子学生が馬車から覗き込むと、
  まだ幼い風貌の子供達が喜んでクラーク博士を出迎えていた。
子供達「お姉ちゃん、クラークおじちゃんが来たよ!」
クラーク博士「また大きくなったね」
  クラーク博士は、その小さい子供達の頭を撫でながら述べた。
  そして子供達にお菓子や人形の入ったプレゼントを手渡した。
子供達「クラークおじちゃん、ありがとう。テンクス(THANK YOU)!」
  子供達も喜びながら受け取った。
  すると、幼い乳飲み子を背負った長髪の女性も現れた。
「兄貴」と呼ばれる若い学生(あいつだ!)
  兄貴分の学生はとっさに思った。
  けれども、普段の凛々しい姿と違い、生活じみた、地味な格好をしていた。
「お姉さま」と慕われる女性「クラーク先生、いつもすいません」
クラーク博士「気にするな。ところで、お父さんの病気はどうだ・・・」
  クラーク博士がそう述べると、二人は長屋の奥へと入っていった。

〇山間の集落
  長屋の奥の布団では、一人の痩せた男が咳き込みながら寝ていた。
病気の父親「いつもすまね。俺がこんな体だから ・・・。お前達に苦労ばかりをかける」
  男はクラーク博士が来たことに気がつき、布団から半分起きて述べた。
病気の父親「お前には本当に迷惑ばかりをかける」
  男は涙ぐみながら女学生に述べた。
「お姉さま」と慕われる女性「お父様。それは言わない約束でしょう」
  長髪の女学生はそう述べると、男の背中をさすった。
病気の父親「本当にすまん。昔ならば、こんな苦労させずにすんだ。綺麗な着物もお前達に買ってやれた・・・」
  病気の父親はうなだれながら述べた。
病気の父親「倒幕運動が、全てを変えてしまった。我が藩は賊軍として没落してしまった」
  男はがっくりと肩を落としてしまった。
「お姉さま」と慕われる女性「お父様、今は体を直すことが先でしょう」
  女学生は男の背中をさすりながら答えた。
クラーク博士「お父さん、彼女は札幌農学校一の才女です。勉強も運動も実験も素晴らしい成績です」
クラーク博士「やがて、日本を、いや世界を代表する人物になるでしょう」
  クラーク博士はあえてニコヤカな表情で男に述べた。

〇山間の集落
  クラーク博士はお見舞いを終えると、長屋から出ていった。
  女学生は頭を何度も下げながら、クラーク博士を見送った。
  すると、馬車に乗っていた兄貴分の男子学生とも一瞬、目が合った。
  お互い気まずくなり、二人とも目をそらした。
  クラーク博士が馬車に戻ると、男子学生に話を始めた。
クラーク博士「あの子は父親が反新政府軍側の藩士だったんだよ」
クラーク博士「内戦後に色々な差別も受けて、母親も心労で死んでしまった」
クラーク博士「父親もほとんど寝たきり状態だ」
クラーク博士「あの子は病気の父親の面倒もしながら学問に励んでいる」
  クラーク博士はそう述べた。
  兄貴分の男子学生はその話を聞いて、雷に打たれるような思いがした。
クラーク博士「お前達、男子学生が、夜遅くまで酒を喰らっている中で、女学生達は睡眠時間を削って勉強している」
  クラーク博士は威厳をもった口調で述べた。
クラーク博士「お前達、男子学生は知らんだろうが、他の女学生達も事情は似たり寄ったりだ」
クラーク博士「例えば、鈴は兄弟を、はやり病で亡くしている」
クラーク博士「医学をやりたくて、長崎からはるばる札幌にきた」
クラーク博士「他の学校は女学生を一切、受け入れていないからだ」
  そう話すクラーク博士の目は、いつになく厳しく奥深かった。
クラーク博士「お前達は何をやっているのだ!」
クラーク博士「お前達の学ぶ教科書や実験機器はすべて国民のお金だ!」
クラーク博士「しかし、国民の多くは、内戦の戦禍から未だに立ち直ってはいないのだ!」
  クラーク博士は強い口調で、しかし、心に響くような声で兄貴に述べた
「兄貴」と呼ばれる若い学生「俺は、俺は・・・」
  兄貴分の男子学生は、ただうなだれながら、クラーク博士の述べたことを聞くしかなかった。

次のエピソード:第六話「北の大地 明治札幌②」

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