13/アンドロイド(脚本)
〇飾りの多い玄関
コクノ「こんばんは。どちら様ですか?」
七月九日、夜の十一時前。
結局僕は考えることを放棄したまま、久野の家の玄関の前に辿り着いてしまっていた。
チャイムを押すと扉がゆっくりと開き、中から真っ白なワンピースを着た小さな女の子が出てきた。
「どうも・・・・・・、あの、久野さんと同じクラスの、虎丸と言います」
「学校のプリントを、届けに来ました」
コクノ「まあ! あなたがコハクお兄ちゃんなのね?」
コクノ「やっと会えたわ!」
「え、あ、どうも・・・・・・」
コクノ「私の名前はコクノ!」
コクノ「お姉ちゃんが、いつもお世話になってます!」
彼女はコクノと名乗ると、丁寧にぺこりとお辞儀をした。
久野に妹がいたとは知らなかった。
家が隣とはいえ、何だかんだで久野の家に来るのはこれが初めてかもしれない。
「いえ、その、こちらこそ」
「・・・・・・あの、久野さんの調子はいかがですか?」
コクノ「お陰様で、もう大丈夫よ!」
「ああ、それは良かった」
コクノ「あ、そうだわ! 届けてもらったお礼に、中でお茶でもいかがかしら?」
コクノ「お姉ちゃんのことなら、実際に見てもらう方が早いもの!」
・・・・・・いや、今日はもう、久野の家に初めて来れただけで充分だろう。
今日はもう既に疲れたし眠い。
久野の前であまり疲れた顔は見せたくないし、無理もしたくない。
「・・・・・・ああ、いえ、お気持ちだけで」
「夜も遅いですし、僕はこれで・・・・・・」
コクノ「あ、でも・・・・・・」
プリントを渡そうとした途端、コクノの目がわかりやすく潤んでいった。
「・・・・・・待って、泣かないで!」
「わかった、お邪魔するから!」
人の涙が苦手な僕は、慌てて家の中に入る。
コクノ「ありがとお兄ちゃん!」
コクノ「コハクが戻ったわ、お姉ちゃん!」
笑顔を取り戻したコクノは、家の奥にいるであろう久野に呼びかけた。
戻ったという言い回しに妙な違和感を覚えたが、その疑念は、奥の部屋から出てきた久野の格好の衝撃で、眠気と共に吹き飛んだ。
「え・・・・・・久野?」
そこにいる久野は、何も身に着けていなかった。
久野フミカ「サンキュー、コハク・・・・・・。今日はもう休んでいいよ」
「え、いや、え?」
久野はそのままサンダルを履いて、僕の手にあったプリントを取ってから玄関の鍵をかけた。
混乱する僕を見て、近づいてきたコクノがこてんと首をかしげる。
コクノ「どうしたの? お姉ちゃんはいつも、家では服を着てないでしょ?」
「いや、そんなこと知らないし、それに僕がいるんだけど」
コクノ「それが?」
「ええ・・・・・・、恥ずかしい、とかは?」
久野がプリントを見ながら、興味無さそうに答えた。
久野フミカ「アンドロイドに見られても仕方ないし」
久野フミカ「ていうか、今更どうしたの? もしかして、故障とかしてないよね?」
「・・・・・・アンドロイド?」
その途端、自分の体温が急激に下がっていくのを感じた。
血の気が引く、というよりはまるで、血の通っていない、別の何かになっていくような感覚。
そして視界に映る自分の両手、その色と光沢は人間のものではなく、真っ白なプラスチックそのものになっていた。
久野フミカ「今日はちょっと使いすぎたかな?」
久野フミカ「じゃあコハク、おやすみ」
〇黒背景
久野の一言で、僕は一瞬で意識を失った。
いや、正確には、登録された音声を認識したことにより、強制的に僕の身体がシャットダウンした、ということなのだろう。