エピソード2(脚本)
〇レトロ喫茶
佐野 雪也「・・・子どもができたんだ」
佐野 雪也「美智さんとの間に」
私の婚約者であるはずの彼が、私以外の女性を妊娠させたと話してくる。
しかもその相手は私の親友。
伊藤 さゆり(聞きたいことは山ほどあるはずなのに、言葉が出ない・・・)
思考が混乱するばかりで、雪也さんと美智の顔を交互に見るしか出来ない。
松本 美智「さゆり、本当にごめん・・・」
この場の空気に耐えかねたのか、美智が目から流れる大粒の涙を拭い、口を開いた。
伊藤 さゆり「妊娠してるって本当なの?」
彼女は小さく頷いた。
伊藤 さゆり(こんなこと聞くのは良くないかもしれないけど・・・)
伊藤 さゆり「他の人との子どもではないの・・・?」
私の質問に、美智は首を横に振った。
松本 美智「他の人とは心当たりがないから、間違いないの」
一体、いつ、どうやって、どうして。
次々と生まれる疑問を今すぐぶつけたい気持ちはあったけれど、取り乱して話が進まない方が嫌だ。
伊藤 さゆり「事の顛末を、最初から説明して」
私はできる限り冷静な態度で二人に尋ねた。
〇公園のベンチ
それは今から少し前の話だった。
佐野 雪也(結婚する為に転職を決めたけど、なかなか上手くいかないな・・・)
その日、雪也さんは転職活動をしていた。
面接を受けたけど手応えがなく、なかなか転職先が決まらない現状に行き詰まりを感じていたらしい。
佐野 雪也(もしこのまま就職出来なかったら、さゆりにも迷惑をかけてしまう)
佐野 雪也(暗い顔のまま帰ったら心配されそうだし、少しここで時間を潰そう)
雪也さんが途方に暮れていると──
松本 美智「雪也さん、どうしたんですか?」
偶然、美智が通りがかったそうだ。
松本 美智「顔色が悪いですけど、体調でも崩しちゃいました?」
佐野 雪也「いえ・・・」
雪也さんの様子がおかしいと気づいたのだろう、美智は優しく声をかけたようだ。
きっと、いつも私の相談に乗る時と同じ調子で。
松本 美智「私でよければ、お話聞きますよ」
松本 美智「ひとまず場所を変えませんか? 近くにおいしいお店があるんです」
そこからの流れは簡単だった。
転職に対する愚痴をこぼす雪也さん。
優しく話を聞く美智。
二人の会話は盛り上がり、酒も進み──翌朝、目が覚めたらホテルにいたと言う。
〇黒
酔った勢いで関係を持つ。
なんてありふれた話なんだろう。
二人の言い分としては一回きりの関係で、それ以降連絡も取っていないし、特別な感情も持っていない・・・らしい。
〇レトロ喫茶
浮気、不倫自体は世の中でよくある話だけど──
まさか自分の身に起こるとは思わなかった。
伊藤 さゆり(しかも婚約者と親友が、なんて・・・)
一度きりとは言え、起きたことを無かったことには出来ないのだ。
伊藤 さゆり「・・・」
私が話を切り出すのを待っているのか、雪也さんと美智は黙りこくっている。
伊藤 さゆり(私はどうすれば・・・)
声を荒らげて二人を責めるのは簡単だ。
そして私にはその資格がある。
伊藤 さゆり(でも、そうしたところで何も解決しないし・・・)
考えれば考えるほど、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
伊藤 さゆり(だめだ、頭がおかしくなりそう・・・)
その時、沈黙を破ったのは美智だった。
松本 美智「謝って済む話じゃないとは分かってる」
松本 美智「もしさゆりが慰謝料を払ってって言うなら払う」
松本 美智「私の顔を見たくないなら遠くに引っ越すし・・・子どもも、堕ろす」
美智が私の前から消える。
想像しただけで胃が痛くなる。
許せない気持ちはもちろんあるけれど・・・それは望んでいない。
佐野 雪也「僕も・・・慰謝料の請求は覚悟してる」
佐野 雪也「さゆりが望むなら、婚約破棄も受け入れる」
雪也さんと別れる。
思い描いていた結婚生活は無くなり、付き合ってきた時間も色褪せていく。
それも嫌だった。
伊藤 さゆり(ここで私が選択肢を間違えれば、大好きな存在を二人も失ってしまう・・・)
〇黒
一度浮気した人間が信用を取り戻すのは難しい。
この先も二人と付き合っていくとしても、また何か起こるのではないかという不安は一生付きまとってくるはずだ。
〇レトロ喫茶
どれくらいの時間が経ったかは分からない。
考えに考え抜いて、私の脳みそは疲弊しきっていた。
伊藤 さゆり(なんだかもう・・・疲れたな)
申し訳無さそうに表情を曇らせている二人を見つめる。
伊藤 さゆり「・・・雪也さんはどう思ってるの」
伊藤 さゆり「私と結婚する意思はある?」
佐野 雪也「それはもちろん・・・今でも好きなのはさゆりだけだし、許されるなら結婚したい」
伊藤 さゆり「美智は? 子ども、産みたい?」
松本 美智「・・・」
美智は言葉を詰まらせている。
伊藤 さゆり「どう考えているのかを素直に教えて欲しい」
松本 美智「・・・産みたい」
松本 美智「父親が誰であっても、私の中に宿った命だから」
伊藤 さゆり「そう・・・」
二人の考えはよく分かった。
伊藤 さゆり「──堕ろさないでいいよ」
松本 美智「さゆり・・・」
私の言葉が意外だったのか、美智は目を見開いた。
伊藤 さゆり「ただし条件がある」
伊藤 さゆり「子どもは私達夫婦が引き取る」
伊藤 さゆり「本当の母親は子どもには明かさない」
そう言った時、二人の表情に緊張が走るのが分かった。
伊藤 さゆり「美智と雪也さんの子どもだもの、きっと凄く可愛い子が産まれる」
伊藤 さゆり「堕ろしてなんて、言えないよ」
伊藤 さゆり「むしろ産んでほしい」
伊藤 さゆり「それに私、美智のことも、雪也さんのことも、変わらずに好きだから」
伊藤 さゆり「大好きな二人の子どもを育てられるなんて・・・幸せじゃない?」
私の矢継ぎ早な発言に、二人は目を丸くしていた。
松本 美智「で、でも・・・他人の子どもを育てるなんて」
伊藤 さゆり「何がおかしいの?」
伊藤 さゆり「私が育てると言っているんだから、美智はそれに従うべきじゃない?」
伊藤 さゆり「雪也さんも、まさか自分の子を捨てるなんてしないよね?」
佐野 雪也「そのつもりはない、けど・・・」
佐野 雪也「やっぱり、さゆりにとっては血の繋がりのない子どもになるわけだし・・・」
松本 美智「考え直した方が・・・」
伊藤 さゆり「なぜ?」
伊藤 さゆり「美智は子どもを産める。 雪也さんは私と結婚できる」
伊藤 さゆり「慰謝料も養育費もいらない。 二人とも望み通りの結果でしょ?」
伊藤 さゆり「何を考え直す必要があるの?」
私の言葉に、二人は何も言わなくなった。
伊藤 さゆり「ねえ美智、私達、この先もずっと良い友達でいよう」
笑顔でそう言うと、彼女はより表情を曇らせた。
伊藤 さゆり「雪也さん、週末は結婚指輪を受け取りにいこうね」
雪也さんの唇が、「どうして」と動くのが見えた。
どうしてなんて聞きたいのはこっち。
何が正しいのか間違っているのかなんて考える思考は、すでに麻痺していた。
伊藤 さゆり「二人とも、これからもよろしくね」
親友を失わない。
好きな人と結婚する。
今の私にとっては、きっとこれが最善策なんだ。
お金は受け取らない...普段通りに...逆に怖いですね😨許すわけではなく、相手をじわじわと苛ませる展開になるのでしょうか...さすがです。