2.過去、昼から夕、出会い(脚本)
〇ボロい山小屋
──今からおよそ、10年ほど前。
・・・きて。おきて。起きて!
剣「起きなさい!」
猫「にゃ!?」
猫はたいそう驚き、勢いよく身体を跳ねさせました。真っ白な毛並みをみんな逆立て、睨みつけた先にいたのは、見知らぬ少女。
剣「・・・ふぅ、ようやく起きましたか」
水色の髪をかきあげた少女は、じっと猫を見つめてきます。その視線に怖気付きながら、猫もまた負けじと彼女を見返しました。
猫「・・・あなたは、だぁれ?」
とはいえ、まだまだ猫は子猫で、世の理を知りませんでした。「普通」を知らないのでは、いくら観察しても意味はありません。
手始めに投げかけた質問は、なんとも舌っ足らずな響きを持っています。
剣「・・・相手に名前を聞くのなら、先に名乗るのが礼儀ではなくて?」
けれどそれは相手を呆れさせ、警戒を解かせるには十分なようでした。
呆れたような返答に猫は納得し、必死に言葉を紡ぎます。
猫「猫は・・・猫!」
猫は、自分の名前を思い出すことができませんでした。本当に幼い子猫ですので、ここに来るまでの記憶がほとんどなかったのです。
ただ、うっすらと、周りの人たちに「猫ちゃん」と呼ばれていた気がする、と。思い出せるのはそれだけでした。
剣「猫って・・・。まあ、いいでしょう」
剣「自己紹介をしてもらったからには、わたくしも返さなければなりませんね。 わたくしは──剣。名も無き剣です、お見知り置きを」
猫「剣?」
剣「ええ、剣です」
ぼんやりとした記憶ですが、猫は「剣」というものを知っていました。だからこそ、不思議に思って、部屋を見渡します。
猫「剣って・・・あれのこと?」
部屋の中央、木造りの机の中心に、水色の剣が深々と刺さっています。窓から差す陽の光を反射している様子はなんともきれいです。
剣「・・・見えるのですか!?」
猫「うん──」
呆然とする少女をよそに、その美しさに吸い込まれるように、はたまた好奇心のおもむくまま、猫はそこへと近づいて行きます。
──今にも鼻先が剣の柄に触れそうだという距離まで近づいた、その瞬間のことでした。
剣「触るな!」
猫「!?」
スタスタと猫の方に歩いてきた少女は、怒った顔のまま、猫の身体を持ち上げました。
あまりに突然のことでしたので、猫は思わず、自分の身体を持つ少女の手に爪を立ててしまいます。
猫「・・・かたっ!」
──少女の手は、まるで生きものらしくありませんでした。猫が立てた爪は、まったく引っかかる様子を見せません。
よくよく感じ取ってみれば、猫の身体に触れるその手は、ずいぶんと冷たいようにも感じられるのでした。
剣「・・・驚かせましたね、すみません」
剣が刺さっている場所から離れた部屋の隅に移動して、少女はようやく、猫を床に下ろしてやりました。
目を閉じ、少女が困ったようにしている間も、猫はその姿を不思議そうに見つめつづけます。
──その時のことでした。
〇ボロい山小屋
猫「にゃっ──!?」
西の空に傾いた太陽の光が部屋に差し込み、ちょうど部屋の中央の剣の柄に反射します。折り返った光の行き先は、猫の瞳。
反射的に目を瞑った猫は、鋭すぎる光が目に差し入ってしまったことに悶えます。
剣「猫さん・・・!?」
慌てる剣の声は、猫の耳に届きません。その理由は、猫が痛みにのたうち回っていたから、ということだけではありませんでした。
──目覚めなさい、猫よ。
猫の内側に語りかけてきた声は、剣のものとそっくりです。
猫(──なぁんか、聞いたことがある声と、内容だなぁ・・・)
真っ白にそまった意識に身をゆだね、そんなことを考えながら、猫は眠りについたのでした。