エピソード1(脚本)
〇旅館の受付
私には大好きな人がいる。
佐野 雪也「本日はようこそお越しくださいました」
伊藤 さゆり「あ、どうも よろしくお願いします」
旅先である県外の旅館に勤めていた彼の眩しい笑顔に、私は一目惚れをした。
本当は良くないのだろうけれど、その後の旅行中何をしていても彼の笑顔が頭から離れなくなった私は、
こっそりと連絡先を渡して、何度も『連絡をください』と念押しをした。
ダメ元で渡したはいいものの、連絡は来ないものだと思っていた。
だけど、旅館に宿泊してから数ヶ月が経過した頃だった。
佐野 雪也「今度都内に行くので、よろしければお食事でもいかがですか?」
僕が連絡した事は秘密にしてくださいね、と綴られたメッセージを見て、私は思わず飛び跳ねた。
それが、後に婚約者となる雪也さんとの馴れ初めだった。
〇教室
私には大好きな友人がいる。
松本 美智「さゆり~放課後遊びに行こうよ」
学生時代から付き合いのある美智は、いつも穏やかに私の話を聞いてくれて、
辛いことがあれば互いに励まし合い、たまに喧嘩もしたけれどその度に仲直りをして、
社会人になってからもその関係は変わらなかった。
〇カウンター席
その日、私は美智と久しぶりに会っていた。
松本 美智「そういえば、一人旅行の感想聞けてなかったよね。どうだった?」
伊藤 さゆり「楽しかったよ。旅行もそうだけど、旅館で働いてるお兄さんがすっごい優しくて──」
松本 美智「かっこよかった?」
伊藤 さゆり「どうして分かるの?」
松本 美智「大好きなさゆりの事だもん。すぐに分かるよ~」
伊藤 さゆり「・・・美智には隠し事できないね」
伊藤 さゆり「笑顔が眩しい人で、ちょっと恥ずかしいけど・・・一目惚れしちゃってさ」
松本 美智「うんうん、それで? さゆりのことだから、黙って帰ってくるなんてしないでしょ?」
伊藤 さゆり「向こうにいる間に連絡先を渡したんだけど、最初は全然連絡が来なかったんだ」
伊藤 さゆり「でもこの前初めてメッセージが来てね。一緒にご飯を食べに行って、付き合うことになった」
松本 美智「よかったね! 私まで嬉しい!」
美智は私に彼氏ができたと知り、自分のことのように喜んでくれた。
松本 美智「でもちょっと寂しいかも。彼氏のことばかり優先しないで、たまには私にも構ってよね」
伊藤 さゆり「そんなの、当たり前でしょ」
それは学生時代から何度も繰り返したやり取りだった。
どちらかに恋人ができれば喜んで、別れれば一緒に泣いて──
直接言葉にはしないけど私は美智を親友だと思っているし、この先もおばあちゃんになるまで付き合いがあると考えていた。
伊藤 さゆり「美智さえよければ、今度紹介するね」
松本 美智「うん、もちろん! というか、むしろこっちから挨拶に行きたい!」
伊藤 さゆり「じゃあ、今度二人で雪也さんの勤め先に泊まりに行ってみる?」
大好きな恋人と、大好きな親友。
大好きな二人が揃うと思えば、私は遠足前の子どものようにそわそわして眠れなくなった。
──あの時軽率にそんなことを言わなければ、雪也さんと美智は出会わなかったかもしれないのに。
〇旅館の受付
美智と二人であの旅館を訪れたのは、季節が移り変わって、私と雪也さんが婚約をした後だった。
佐野 雪也「伊藤様、お待ちしておりました」
伊藤 さゆり「今回もよろしくお願いします」
雪也さんはどうしても休みが取れず、初日は従業員として私達を迎えることになっていた。
その代わり翌日からは連休を貰えたらしく、休みに入ったら三人でゆっくり過ごす予定だ。
松本 美智「この人が、さゆりの・・・」
美智は周囲に聞こえないよう、こっそりと私に話しかけてくる。
伊藤 さゆり「うん。また改めて紹介するね」
佐野 雪也「どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ」
松本 美智「・・・はい」
チェックインを済ませると、宿泊する部屋へ案内された。
〇旅館の和室
松本 美智「素敵な旅館だね」
温泉に浸かって夕食を済ませた後、美智はリラックスした様子でそう言った。
伊藤 さゆり「そうでしょ? 雪也さんとのことがなくても、気に入ってる場所なんだ」
伊藤 さゆり「・・・ところで、美智から見た雪也さんの印象はどうだった?」
私の口からお互いの存在を伝えてはいたけれど、雪也さんと美智は今日が初対面だった。
雪也さんは、私としてはずっと一緒にいたいと思える人だけど、美智からの印象を聞くのは少し勇気が必要だった。
婚約なんてやめなよ、と言われたらどうしようという不安があったのだ。
松本 美智「う~ん・・・」
美智は間を置いて、ぱっと表情を明るくする。
松本 美智「写真で見るよりかっこよくって、物腰も柔らかくて、この人なら安心してさゆりを任せられるな~」
松本 美智「・・・って思った」
松本 美智「まだちゃんと話したわけじゃないけど、話を聞く限りは凄くいい人なんだろうし」
伊藤 さゆり「そう! 私にはもったいないくらい素敵な人なんだ」
松本 美智「ちょっと、惚気けないでよ~」
伊藤 さゆり「あはは、ごめん」
松本 美智「結婚式はまだ先なんだっけ?」
伊藤 さゆり「まだ両家で顔合わせしただけで、何も決まってないんだよね。挙式するとしてもかなり先になるかなあ」
松本 美智「楽しみだなあ、さゆりのドレス姿」
美智と過ごすのんびりとした時間は、雪也さんと過ごすそれとはまた別の幸福感があった。
伊藤 さゆり((明日は三人で過ごせるんだ。嬉しい))
私はこれから過ごすであろう幸せな時間に思いを馳せた。
〇駅前広場
翌日──
私は雪也さんと二人で合流していた。
佐野 雪也「あれ、美智さんは?」
伊藤 さゆり「もっと温泉に浸かりたいらしくて、昼は二人で会ってきな~って」
本当は全員で集まる予定だったけど、美智は温泉が気に入ったらしく『夕方には合流するから!』と一人で旅館に残ってしまった。
伊藤 さゆり「雪也さんと二人になれるように気を遣ってくれたのかも」
温泉に入りたい気持ちが半分、気遣いが半分、といったところだろうか。
佐野 雪也「優しい人だね」
伊藤 さゆり「昔からそうなの いつでも相手の気持ちに寄り添う人で・・・」
伊藤 さゆり「困ってる人がいたら放っておけないし、話してる時も相手を否定しないし」
伊藤 さゆり「私も何度美智に救われたかわからないよ」
美智について熱弁していると、雪也さんが突然私の肩を抱き寄せてきた。
伊藤 さゆり「急にどうしたの?」
佐野 雪也「ちょっと嫉妬した」
佐野 雪也「美智さんは僕の知らないさゆりをたくさん知ってるのかな、と」
どうやら妬いているらしい。
伊藤 さゆり「付き合いが長いから、それは仕方ないよ」
私の肩を寄せる手に力が入り、距離がさらに近づく。
顔を上げれば、雪也さんの柔らかな表情があった。
佐野 雪也「これからもっとさゆりのことを知っていくから、いいんだ」
唐突にキスしたい衝動に駆られたけれど、周囲に人がいるから難しそうだ。
その代わり、雪也さんの手をそっと握る。
伊藤 さゆり(美智がいて、雪也さんがいて、幸せだ)
伊藤 さゆり(この幸せがずっと続けばいいのに・・・)
雪也さんとデートをした後、三人で合流し──
みんなで過ごす夜は賑やかで、想像以上に楽しかった。
転機が訪れたのは、三人で初めて会ってからしばらくした頃だった。
私が結婚後も今の仕事を続けたいと話したところ、雪也さんが転職して東京に住むことになった。
それで今後の相談や、入籍の日取りを相談している最中、私は雪也さんに呼び出された。
そういえばそろそろ発注していた結婚指輪が仕上がる頃だな、なんて思いながら待ち合わせに向かうと──
〇レトロ喫茶
そこには雪也さんと、なぜか美智の姿があった。
伊藤 さゆり「どうしたの?」
そう尋ねたけれど、二人ともなかなか口を開かない。
伊藤 さゆり(・・・嫌な予感がする)
不安をごまかす為、店員に出された水を飲みながら二人の様子をうかがう。
先に口を開いたのは雪也さんだった。
佐野 雪也「・・・子どもが出来たんだ」
伊藤 さゆり(何の話? 私、妊娠なんてしてないけど)
戸惑う私を前に、彼は言葉を続ける。
佐野 雪也「──美智さんとの間に」
私は耳を疑った。
一瞬、ドッキリ? とも考えたけれど、そんな冗談を言っているとは思えない雰囲気だ。
伊藤 さゆり「どういうこと?」
松本 美智「ごめん、さゆり・・・」
涙を流す美智を見て、嘘ではないと確信する。
『子どもができた』『美智との間に』
掴んでいた冷たいグラスが、これは現実の出来事だと訴えてくる。
目の前が真っ暗になる──
というのは、こういうことなのかもしれない。
これらを実際に目の前にしたらパニックになりますね...主人公の今後の行動が気になります✊
復讐するのか、もしくは自分の環境を変えるのか...。
裏切られたからには復讐するしかない。それがどういった手法で行われえるのか楽しみです