楽しく遠くへ(脚本)
〇自転車屋
その日、私は1台の自転車に恋をした
〇小さい会議室
その週始め、職場での休憩中に若い後輩社員が自転車の話をしていた
私もいわゆる「ママチャリ」を所有しているが、パンクをきっかけに乗らなくなった。その後サビが増え、劣化だけが続いている
ただ、ラーメンを食べに行った後から、自転車があったら、と考える事が増えていた
私は若い二人の会話に混ぜさせてもらった
〇土手
二人は一緒にどこかへ行く事はないのだが、それぞれ同じタイプの自転車を所有している
クロスバイク。ロードバイクとマウンテンバイクの中間みたいなものなのだとか
トキメ「危なくないの?電動自転車の方が楽そうだし」
ダイエット中に言うセリフではないが
後輩「全然大丈夫ですよ、凄く乗り心地もいいし」
後輩「電動自転車よりも楽ですよ。それに電動自転車は、バッテリーが切れるとかなり重たいんですよ」
後輩「クロスバイクの方が、こいだ時に伸びがいいから遠くにも行きやすいんですよ」
「こいだ時の伸び」はちょっと解らないが、遠くまで行けるのは理想的かもしれない
二人にお勧めの自転車屋さんを聴いて、早速週末にお店へ行くことにした
その間二人は自転車のメーカーや相場の金額など、色々と私に教えてくれた
〇自転車屋
そして週末。二人が揃ってお勧めする自転車屋さんに行った。私の住んでいるアパートからは電車で二駅のところにあった
着いて店内に入ると、それまで想像してきた自転車屋さんとのギャップに驚いた
これまで「ママチャリ」しか見てこなかった私。改めてスポーツタイプまで視野を広げると、そのバリエーションの豊富さに驚いた
クロスバイクの事は事前に何度も聴いていたが、いざお店で探すと、急に不安になった
トキメ「すみませ〜ん」
私より少し年下の店員さんがやってきた
〇自転車屋
トキメ「知り合いにクロスバイクというのを勧められたんだけど、初めてでよく分からないんです」
店員さん「あっクロスバイクならあちらです。ロードバイクやマウンテンバイクの並びにあるんですけど」
後輩達から事前に聴いていた情報のおかげで、マウンテンバイクとロードバイクの違いはなんとなく解っていた
形は似ているが、タイヤがゴツいのが
マウンテンバイク。逆にタイヤか細くて、ハンドルの握る場所が複雑なのがロードバイク
タイヤは少し細めで、少し細いマウンテンバイクのようなのがクロスバイク。色も形もかなりお洒落だ
〇自転車屋
後輩達は、5万円から10万円くらいの自転車を勧めていた。もっと高いものも多くあるけど、それくらいのが調度良いのだとか
逆に安いものを購入しても、重かったりするのだとか。まぁ二人が言うには、少し高いと思うくらいが、愛着も湧きやすいのだとか
何を基準に選んだら良いのか聴いた事もあった。でも二人共、直感とかフィーリング
とかよく分からない事を言っていた
店員さんも説明してくれたが、言っている事は後輩達と同じ内容だった
〇自転車屋
ロードバイク、クロスバイク、マウンテンバイクが並んで展示をしている中、気になるデザインを探した
色鮮やかな、綺麗な自転車達。その中で1台を探す。時間がかかりそうだと思っていたけど、運命の出逢いは急に訪れた
それは、某会社のクロスバイク。ミント色でスリムなボディー。正直見た目だけの一目惚れ
値段は86000円。ちょっとお高いけど想定内。それよりもこの可愛さは・・・もう買うしかない
トキメ「すみません、これです。これを買います」
店員さん「こちらですね、それではレジへ」
私の思いとは関係なく、淡々と話が進んでいく。まぁ店員さんとしては、いつもの接客となんら変わりはないのだから当然だけど
〇大きいデパート
お会計を済ませても、すくには終わらない
そこからかなり、微調整が行われた。サドルの高さはありがちだが、その角度等も、すこし前傾姿勢になるように調整された
サドルの高さも、両足がしっかり地面に着くママチャリと違って、つま先立ちになっている
店員さん「自転車を走らせた時、ペダルが下にきっている時に、足の膝がしっかり伸びきっている事が、走りやすさになるんですよ」
だから、少し高い高目な設定画面なのか。とはいえ止まる度につま先立ちはしんどくないのたろうか
整備か終盤戦になると、実際に近くを乗って、ギアなども変えて確認をする。ママチャリの購入時と比べると、かなり専門的に感じた
〇街中の道路
調整が全て終わると、あっさりとお店からクロスバイクに乗って、そのまま自由の身となった
初めて購入したクロスバイク。過去に同じ経験をした人達は、そのまま真っすぐ帰宅したのだろうか
多分違う。きっと遠回りをしてギアを何度も変えて、新しい風景と出逢いながら、クロスバイクとの最初のデートを楽しんだと思う
実際、私がそうだから。これはまぎれもなくデートだと思った。初めてのスピードと見え方の変わった景色に胸が高まった
〇土手
思っていた以上に操作しやすい自転車。筋力的な負荷はかなり少なかった。止まった時のつま先立ちには戸惑ったけど
ママチャリに比べると、ペダルを漕いだ後に進む距離がかなり違う。それにスピードも早くなる
「漕いだ後の伸び」についても理解が出来た。クロスバイクは想像以上に良かった
私にとっては、良い買い物というより、私生活を楽しく過ごす仲間が、一人増えた気分に感じた
車よりもゆっくりなので、小さな喫茶店や眺めの良い景色、ちょっとしたした可愛らしい鼻などにも気がつける
気になる事あったら、その場ですぐに止まって観察する事も出来る。私は初めて手に入れた「羽」で、とにかく飛び回っていた
〇街中の道路
遠回りのコースでの帰路。はしゃぎ過ぎていた私に、体の内側に潜むアラフォーの妖精達が、体内で暴動を起こし始出した
お尻周りの筋肉がクロスバイクに乗る事へ慣れていなかった事もあり、普段体験しない痛みが生じている
痛くて早く帰りたいのに、私のアパートに着くのには、まだそれなりに時間がかかる
それでも頑張るしかなかった。そう、ジョギングも自転車も、進み過ぎると帰りの体力を失ってしまう。
さじ加減を間違えた大人の遠出、帰路のイメージが分かるだけに、失敗した時には心身共に辛くなる
心の中では完全に泣いていた。小さい頃に迷子になった時の記憶が、不思議とリンクしていた
〇綺麗なリビング
アパートに着く前に、一番近いコンビニエンスストアーでお弁当を購入して、その場で温めてもらって直ぐに帰宅した
疲れ過ぎて夕食が作れそうもなかったから
お尻はヒリヒリし、太ももを中心に体全体もだるい。上着だけ脱いで、お弁当を食べる始めた
飲み物を探すため冷蔵庫を開くと、奥の方に缶ビールを発見。「天使」と遭遇したような気分になった
〇白いバスルーム
食事を済ませ、ビールを楽しみにしながら、先に入浴をした。ボロボロのカラダをほぐすために
考えるのは、もっぱらクロスバイクの事。お尻は痛くなったし、体も疲れていたが、気持ちは前向きになっていた
歩いて食べに行ったラーメン屋「高低辺銀」。クロスバイクなら、どこまで食べに行けるのだろうか
ギアもたくさん変えられるので、慣れれば近くの山にも行けるかもしれない
普段の買い物も、ちょっとしたところなら車よりも良いかもしれない
私の世界は確実に広がった
〇水玉2
お風呂上がりの缶ビール。つまみにしているのはスマートフォンから見られる様々な情報
アパートからある程度離れた場所にある、様々なお店
これまで美味しそうだけど、駐車場がない事を理由にして、諦めていたお店がいくつかあったのも思い出した
ほろ酔いの私はダイエット計画を忘れ、様々なグルメツアーを頭の中で妄想し、そのまま幸せな気持ちで眠りについた