配信譚~俺と先輩はホラー系底辺ストリーマー~

東北本線

配信と、生霊(脚本)

配信譚~俺と先輩はホラー系底辺ストリーマー~

東北本線

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〇水の中
  重大発表、と黒い背景に白い太字で書かれただけのサムネイルを視聴者がクリックすると、
  2Dアバターの、ピンクのロングストレートの髪をした、白いブラウス姿の華奢な女の子が伏目がちに佇んでいた。
  制服に付いている青色のリボンが、彼女が俯くたびにゆらゆらと動いている。
愛唄ろんど「皆さんには本当に申し訳なくて、謝ることしかできません。デビューさせてもらったばかりなのに・・・」
  trk:大丈夫?また元気な姿で会おうね?
  猫耳@大江戸:最近の生きがいだったんだけど・・・・・・
  カイリ:体不調じゃ仕方ない
  海豚sun:ろんど様ぁあああああ!
  海賊王某:俺新聞の明日の一面やわ
  気鋭のバーチャルアイドル事務所『がねい社』の新人バーチャル配信者『愛唄ろんど』のライブ配信は、
  同時接続数6400人。
  彼女のチャンネル登録者数は、デビューしてまだ一か月も経っていないというのに、もうすぐ10万人に届こうというところである。
  そんな彼女が、体不調を理由に活動を休む、と言う。いまはその発表のライブ配信中だ。
  wktk:そんなに思いつめないで
  サマンサ食べさ:泣くなよ。俺らも泣けてくるじゃないか
  秋月:ろんど様ぁああああ!
  retft:二度と会えないわけじゃない
  sssG:待ってるから!ずっと、待ってるからね!!
  海賊王某:泣いてる
  因果律明:早く病院行きなさい
  ハルアキ(ホラーch.):才能あるんだから焦っちゃダメ。
  悪魔ちゃん:ちゃんと報告できてエライ
  杉本太郎:達者だよな。人生で、こんなにちゃんと謝れたことねーよ
  バーチャル配信者がコメントを追っている仕草というのは、アバターの微細な動きで見る者が見れば分かる。
  その仕草があって、寂し気に微笑んでから、彼女は前を向く。
愛唄ろんど「ごめんなさい。少しの間、私のことを待っててくれると嬉しいです」
愛唄ろんど「それまで、他のがねい社の先輩たちのことも、よろしくお願いします」
愛唄ろんど「また必ず元気になって配信しますっ。では、バイバイろんど~・・・」
  彼女のいつもの終わりの挨拶。
  いつもより悲しげで、儚げなその声に、その挨拶を返すコメントは加速し、いつまでも止まらなかった。

〇廃ビルのフロア
  講義のない夏休み中のハルアキだったが、今日も今日とて、使われなくなった大学内の学舎、
  ガラクタ置き場の一階の隅に到着していた。
  今年の夏は連日最高気温を更新し、湿度も高く最悪である。
  この建物はエアコンが一か所だけ点くスペースがあり、そこが『ホラーバスターズ』の活動場所となっている。
  それにしたって今日は暑すぎる。まだ午前中なのに、額に汗が浮かんでしまう。
ヤクモ「ああ、今日もお疲れ様。ちょうど良かった」
  こちらを向いているヤクモを発見し、ハルアキはどきりとしてしまった。
  胸元のボタンを外して青色のうちわをパタパタさせ座っている。
ハルアキ「お疲れ様です。なにがちょうど良かったんです?」
  汗ばんだ白いブラウスに浮かぶ、空色の模様を視界に収める前に、ハルアキは視線を外しておいた。
  今日の配信の話だろうか。それとも大学の講義の話だろうか。
  それ以外とは考えづらい。ヤクモとハルアキに限って、浮いた話や二人きりで食事、などという話は、いまだかつて一切ない。
ヤクモ「これから客が来る」
  ハルアキには少しばかり予想外の返事だった。
  ここに客を呼ぶことはあっても、客が自らこの場所に来ることは珍しい。
  パソコンの前。ヤクモが座るゲーミングチェアの後ろに、テーブルとソファはあるものの、それが使用されることはほとんどない。
ハルアキ「お客さん・・・・・・、ですか?」
ヤクモ「そうだが?なにか問題でもあるのか?」
  首をかしげるヤクモ。後頭部から伸びる編んだ黒髪ポニーがゆらゆら揺れた。
ハルアキ「い、いいえ。でも、ちょっと・・・・・・、珍しいな、と思いまして」
  目を細めたヤクモの視線に臆しつつも、ハルアキは視線を逸らしながらそう言った。
  ヤクモの口角が上がる。
ヤクモ「この前の大物配信者の悪霊騒動に、我々が関わったことを、どこかで耳にしたらしい」
ハルアキ「ああ・・・・・・」
  先日、二人は大物配信者に憑りついた悪霊を退治しようと試みた。
  結果があまり面白いものではなかったので、まだ配信でも口にはしていないのだが、
  どこか、もしくはかろうじて一命をとりとめた大物配信者本人から漏れたのであろう。
???「あのぅ・・・、すみませ・・・」
ハルアキ「はあぁあっ!ぁあーっ!」
???「きゃっすみませんっ!」
  背後から突然、声を掛けられて、ハルアキは飛び上がってびっくりした。
  背後の人物をすでに確認していたであろうヤクモが、コロコロと嗤った。
ヤクモ「ふっ。ハルアキ氏、相変わらずビビりは直ってないのか?」
ハルアキ「あ、あー・・・・・・、びっくりした」
  振り返ると、爽やかな装いに、おしゃれなサングラスの女性が申し訳なさそうな表情で縮こまっている。
???「すみません。そんなつもりはなかったんですが・・・」
  軽く頭を下げた黒髪ロングの真面目そうなその女性に、胸をおさえながらハルアキは居住まいを正す。
ハルアキ「いや、こちらこそすみません。や、ヤクモ先輩、この方がお客さんですか?」
ヤクモ「メールのやり取りだったのでわからない」
ヤクモ「・・・が、おそらくそうだろう。どうぞ、お掛けになって」
  真剣な面持ちに戻って、女性を見上げる。
  ソファに向かって、ヤクモは手を差し伸べていた。
???「は・・・・・・、はい」
  ヤクモの指示通りに女性は腰掛けた。ハルアキはちょっと逡巡して、ヤクモの隣のゲーミングチェアへと向かう。
ヤクモ「さて、私がヤクモです。そっちは相棒のハルアキ氏」
ハルアキ「ども」
  と、頭を下げてから、ハルアキは自身のゲーミングチェアへと腰を降ろした。
???「あの・・・・・・、私は『がねい社』でアイドルのマネジメントをしています、加賀谷という者です」
  すぐさま、ハルアキは身体をのけ反らせるほど驚くこととなった。
  バーチャル配信者のことは、時間があればリサーチしたり推したりしている彼である。
  まさか昨日、コメントまでした推してる箱のマネージャーが、ここに来るとは思わない。
ハルアキ「がねい社!?あの、今どんどん所属配信者がチャンネル登録者数を伸ばしてる!?」
???「あ、ええ」
???「おそらくその『がねい社』です」
  ハルアキのオーバーにも思えるリアクションに、加賀谷はサングラスを触りながら即答した。
  わざわざこんな地方大学まで足を運んだというのだろうか。
  いや、そういえば、設立して日が浅い会社だから、都会ではなく地方に事務所がある、みたいな話を聞いたことがある。
  あんがい近くに事務所があるのかもしれない。そう思うと、ハルアキの胸は否応にも高鳴った。
ヤクモ「どうした、ハルアキ氏?もしや、君もなにか思うところがあるのか?」
ハルアキ「・・・・・・?」
  逆にヤクモに何か思うところがあるのだろうか、とハルアキは微かに首をかしげた。
  ヤクモはそういった俗世のことについては、控えめに言っても詳しくはない。
ハルアキ「い、いや、事務所に入れてくれないかと思いまして・・・」
  ふっ、とヤクモが微笑った。
ヤクモ「では、加賀谷さん。隣のは無視して、ご相談を聞かせてもらいましょう」

〇廃ビルのフロア
  『がねい社』の提供するバーチャル配信者には、以下のような設定がある。
  所属するライバーは金井女子高校バーチャル科の一年生として入学する。
  登録者数や実績などから進学していき、三年生を迎える、もしくはチャンネル登録者数が五十万人を突破すると、
  成人式と呼ばれるイベントを迎えて、アイドルとして活動することができる、というものだ。
  会社のこの企画は二年前に始まったばかりのため、まだ成人を迎えたライバーは存在しない。
  所属するライバーは全員、アイドル予備軍、という設定である。
  昨日、本人のチャンネルで行われた、ライブ配信で発表されたことなのだが、
  今年、一年生としてデビューしたばかりの新人バーチャル配信者『愛唄ろんど』が、体調不良を理由に活動を休むこととなった。
  休止の理由として、体調不良、というのは珍しいものではない。
  不定期で長時間な動画配信、ライブ配信活動を、長期間に渡って続ける配信者たち。
  休むことなく、毎日配信を続けている者も多い。
  配信者の健康管理というのは、なかなかに難易度の高い注文だったりする。
  身体的だけでなく、精神的に不調をきたすことも多い。
  他にも、
  炎上してしまい、ほとぼりが冷めるまで休む場合にも、理由付けのため体調不良が選ばれることもある。
  これは世間的にもあまり良い手段であるとは思われていない。
  火消しは迅速で的確な対応が求められることが多い。対応を避けて逃げた、と思われ信用を失えば、今後の活動に大きく関わる。
  稀に、結婚や妊娠を隠すため、というものもあるが、これは都市伝説の域を出ない。
  そんな中で、加賀谷マネージャーが話すことには、
  『愛唄ろんど』の“体調不良”は夜の怪奇現象が原因だという。
ヤクモ「つまり、夜な夜な悪霊に襲われる、と?」
  加賀谷マネージャーの話を聞いて、ヤクモは確認のために尋ねた。彼女は困ったような、難しい顔をしながら答える。
???「彼女が話すには、そういうことらしいんです」
???「夜な夜な、とは言いましたが、夜に限ったことではないそうで、日中でも部屋で誰かの気配を感じたり、」
???「恨みを唱えるような声が聞こえたりして、とても怖い思いをしているそうなんです」
ハルアキ「昨日の活動休止報告の配信に、そんな裏があったなんて・・・」
  リアルタイムで視聴していたというハルアキが、呟くように独りごちている。
  ヤクモは、彼を無視することに決めた。
ヤクモ「声や音だけなのかな?」
???「いえ。彼女が言うには、怨霊が馬乗りになって首を絞めたりもするそうです」
  ヤクモの片目に光が宿る。
ヤクモ「それは・・・・・・、興味深い」
ヤクモ「で、あれば彼女は、その怨霊の顔も見てしまったということはないだろうか?」
???「そ、それは・・・・・・」
  その質問に、加賀谷の表情が固まった。それをヤクモは見逃さない。
ハルアキ「あの配信をリアタイで見れた俺って、実はけっこうツイてるのかも・・・」
  ハルアキはまだ独り言を続けている。
ヤクモ「いや、貴女は確実に見たはずだ」
???「・・・・・・・・・」
ヤクモ「金縛りの恐怖の中、貴女の身体に馬乗りになって、その細い首を力任せに両手で絞める悪霊の、恐ろしい形(ぎょう)そ・・・・・・」
???「やめてっ!」
ハルアキ「え?」
  加賀谷マネージャーの取り乱した制止の声と、ハルアキのすっとぼけた一文字は、ほぼ同時に室内に響いた。
ハルアキ「や、ヤクモ先輩、それって・・・・・・」
ヤクモ「ハルアキ氏、おかえり」
ヤクモ「そうだよ。彼女が活動休止中の『愛唄ろんど』その人だ」
  相棒への種明かしに、気分が良さそうなヤクモ。
  しかし、当の相棒はというと、
ハルアキ「・・・・・・・・・」
  ノーリアクションだった。
愛唄ろんど「・・・なんで分かったんですか?私が『愛唄ろんど』だって」
  その質問に口を開いたのは、押し黙ってしまったハルアキだった。
ハルアキ「いや、ろんどちゃん。もう少し、身バレを防ぐ方法でやらなきゃダメだよ」
  身バレ、とは身の上がバレること。この場合、バーチャル配信者の現実世界での中身が、明らかになってしまう、ということだ。
ハルアキ「あのね?この人には凡人の嘘なんて、通用しないんだからね?」
ハルアキ「どこで聞いて、俺たちに頼ろうとしたのか知らないけれど、メールでも良かったんじゃない?」
ハルアキ「ヤクモ先輩、この件って、おそらく生霊ですよね?そんなに難しい案件じゃない」
ハルアキ「ろんどちゃん。もうちょっと、自分がバーチャル配信者の中身だってこと、隠そうとする努力をすべきだったんじゃないかな?」
ヤクモ「ど、どうしたハルアキ氏。ちょっと怖いぞ?」
  思わずヤクモが口を挟む。ハルアキはヤクモを一瞥した。
ハルアキ「先輩。バーチャル配信者っていうのは、身バレっていうのはタブーなんですよ」
ヤクモ「身バレ、というのは、正体が世間に明らかになってしまうこと、という認識でいいのかい?」
ハルアキ「ええ、その通りです」
ハルアキ「僕の考えではありますけどね、ネットでは信仰の自由というものが存在していて、何を信じるのも自由なんです」
ハルアキ「バーチャル配信者の中身なんて存在しない、という考え方ですら、少なからずあります」
ハルアキ「どうしても、アバターの中で声を出している子の顔が知りたいんだ、という人もいるでしょう」
ハルアキ「信憑性のない間違った記事を信じたり、悪評を全てフェイクだと断じたり、」
ハルアキ「ライバーの設定を間に受ける者、配信者の作った世界観に陶酔する者、さまざまいるんです」
ハルアキ「すべて間違いで、すべてが真実なんですよ」
ハルアキ「サンタクロースを信じる子どもの感覚とでも言いましょうか」
ハルアキ「そういう人たちに、アバターの中身の顔はこんな人です、なんて、顔をばらしたら、熱狂的なファンはどう思うでしょうか?」
ヤクモ「は、ハルアキ氏?今日の君は、やっぱり怖いぞ」
ハルアキ「そうです!ファンはがっかりしてしまうんですっ」
  拳を握るハルアキを、ヤクモは冷めた目で見ている。
  狂信的なファンというのは恐ろしいものだな、と言おうと口を開いたが、なんだか可哀そうなのでそのまま閉じた。
愛唄ろんど「あの・・・・・・、な、なんだかすみません」
  謝る加賀谷マネージャー、もとい『愛唄ろんど』はただただ申し訳なさそうにしている。
ヤクモ「いや、こちらこそ失礼した。彼はちょっと、何というか、熱くなってしまっているようだ」
ヤクモ「水でもぶっかけてやりたいところなんだが、無視することにしよう」
  応じたのはヤクモだった。
ハルアキ「や、ヤクモ先輩?」
  握った拳を降ろして、ハルアキが驚いたような声を上げて振り向く。
  当然のように、ヤクモはそれも無視する。
ヤクモ「話を戻していいだろうか?・・・・・・生霊は、誰だったんだい?」
ヤクモ「見たままを言えば、それでおそらく、この問題は解決に向かうんだが?」

〇オフィスビル
  あの状態のハルアキは使えないと断じ、ヤクモは一人でオフィス街まで来ていた。
  繁華街の近くにあるそこは、大学から駅で四つほど離れている。
  地下鉄を降りて、大きな通りを過ぎると、すぐに目的地にたどり着いた。
  バーチャル配信者事務所『がねい社』は、このビルの一階から三階にある。
  入口に、グレーのスーツを羽織る、見知った壮年の男が立っていた。
ハスキー「久しぶりだね、ヤクモちゃん。今日も可愛いね」
ハスキー「いつになったら、ウチからバーチャル配信者としてデビューしてくれるんだ?」
ハスキー「飛びきり可愛いヤクモちゃんには、飛びっきり可愛いアバターを準備してるんだけど?」
ヤクモ「お世辞はいらない。所属してる配信者にも同じこと言ってるんじゃないだろうな?」
ヤクモ「忠告しておくが、ハラスメントだ」
  厳しい言葉をヤクモから受けたのは、その昔、日本の動画サイト『スマイル動画』で活躍した『ハスキー』と呼ばれる動画投稿者だ。
  酒好きが高じて、ウィスキーやウォッカをただただツマミと一緒に飲むだけという動画がバズっていた。
  最終的に内臓をやられ、病院で点滴を打っているという動画を最後に動画投稿を引退したのだが、
  その後、依存症を克服して、友人と現在の会社を作った。
  高校生の時から動画投稿やライブ配信をしていたヤクモの知り合いだ。
ヤクモ「専務取締役とはな。ずいぶんと出世したようで」
  今度はヤクモの世辞に、ハスキーは恥ずかしそうに頭を掻いた。
ハスキー「名ばかりだよ。専務兼副社長だってさ」
ハスキー「馬鹿みたいに忙しくて、こないだ三か月続いた禁酒も破っちまった」
  そんな話をしながら、焼けるようなアスファルトから逃げるようにオフィスに入る。

〇オフィスの部屋の前
  ビルの中は冷房がきいていて寒いくらいだった。
ハスキー「事情を聞いた時は正直、驚いたよ」
ハスキー「『海海らぶ』もさっき到着したとこだ」
  歩を進めながら、ヤクモを見ずにハスキーが呟く。
ヤクモ「ダメもとのつもりだったんだがな。その立場で、よく私の話なんかを信じたものだ」
  目も合わせず、歩き続けている二人。
  殺風景だった廊下に、配信者たちの立ち絵や企業とのコラボ企画の可愛いポスターが並び始める。
ハスキー「まあ、そりゃあね。・・・・・・俺もいた方がいいかな?」
  ハスキーが立ち止まり、ポケットから取り出した社員証をカードキーにタッチした。
  ガチャリ、と扉が開錠される音が響く。
ヤクモ「どっちでもいい」
  迷いなく、ヤクモは扉をガチャリと開けた。

〇小さい会議室
  『海海らぶ』は一期生、つまり、この会社で一番最初にデビューしたバーチャル配信者で、金井高校二年生。
  チャンネル登録者数は現在38万人。
  そんな『海海らぶ』の中身が、ヤクモの目の前にいる、どこにでもいそうな茶髪の女の子だった。
ヤクモ「初めまして。唐突だが、なぜそんなに新人の配信者が怖いのか教えてくれないか?」
海海らぶ「・・・・・・え?」

〇廃ビルのフロア
  『愛唄ろんど』が青い顔をしながら話したことには、
  夜な夜な自身を襲う悪霊の顔は、同じ事務所の先輩である『海海らぶ』のアバターだったという。
  目を血走らせ、悲しむような、それでいて怒っているような形相で、
  ベッドに入る自分の首を絞めたり、怨嗟にも思える聞き取れない言葉を呪文のように耳元で囁いてくるのだという。
  かと言って、二人が仲が悪いのかというとそうではなくて、事務所で会えば何度も楽しく会話をしていたし、
  ライブ配信でゲーム企画のコラボを二人でしたこともある。
愛唄ろんど「らぶ先輩が、どうして私に危害を加えるのか、本当に分からないんです」
  『愛唄ろんど』は、最後にそう言っていた。

〇小さい会議室
海海らぶ「は、ハスキーさん。今日はストレス関係のカウンセリングだって、聞いて来たんですけど?」
  助けを求めるように、困った表情で『海海らぶ』はハスキーに顔を向けた。
ハスキー「え?・・・・・・あ、うん。そうだよ?」
  ハスキーはドアの前で立ったまま、そんな返事をして、よく分からない笑顔を返す。
  会議室に使用されているであろう部屋は学校の教室くらいのスペースで、そこに、長テーブルが並べられている。
  座っている『海海らぶ』の前に、ヤクモは腰掛けた。
ヤクモ「『愛唄ろんど』について聞かせてほしい。彼女をどう思っている?」
海海らぶ「は、ハスキーさん。こ、この人は?」
  ヤクモの質問に答えず、再度、彼女はハスキーに尋ねた。
ハスキー「か、カウンセラーさんだよ?」
  ハスキーはしっかりと嘘を吐いた。それがちょっと可笑しくて、ヤクモの口角が少し上がる。
ヤクモ「そういうことなので、私の質問に正直に答えてほしい。『愛唄ろんど』のなにが怖いんだ?」
  表情を戻し、真剣な眼差しを相手に向ける。
海海らぶ「・・・」
海海らぶ「・・・・・・」
  納得したのか観念したのか、ゆっくりと、その視線に応じながら、『海海らぶ』は口を開いた。
海海らぶ「・・・・・・才能」
  言った瞬間に、彼女はヤクモの視線から逃げるように目を伏せる。
海海らぶ「私って・・・・・・、どこにでもいる、なんの才能もない、普通の女の子なんです」
海海らぶ「いちばん最初にデビューしたから、今は事務所の中ではチャンネル登録者数が一番多いけど、」
海海らぶ「きっと、すぐに後輩たちに抜かされちゃう」
海海らぶ「デビューしたての頃だったら、きっと何も思わなかったと思います」
海海らぶ「前に進むだけでしたから」
海海らぶ「でも今は、先に配信者として活動してきた立場とか、プライドとか、そういうのがどうしてもあるんです」
ハスキー「・・・・・・・・・」
海海らぶ「きっと私に才能があったら、そんなことは思わないんでしょう」
海海らぶ「それもイヤなんです」
海海らぶ「そんなことで劣等感を感じてる自分がイヤ。卑屈になってしまう自分がイヤ・・・」
海海らぶ「自分がイヤでキライで、仕方がないんです」
海海らぶ「きっと、なんの才能もない私は、いつか立つ瀬がなくなって、」
海海らぶ「ずっと自分が嫌いなままで、誰にも理解されることもなく、消えていってしまうんだろうなって」
海海らぶ「そんな・・・、そんなことばかり考えてしまうんです」
  ハスキーが息を呑む音が部屋に響く。ヤクモは黙って彼女の言葉を促した。
ヤクモ「・・・・・・続けて?」
海海らぶ「・・・・・・・・・」
海海らぶ「私、ろんどちゃんの配信を初めて観たときに、こんなに他人に愛されるキャラクターが存在するんだろうかと思ったんです」
海海らぶ「二人でコラボ配信した時だって、私、すっかり彼女に魅せられちゃって」
海海らぶ「もう、心の底から羨ましくなっちゃって」
海海らぶ「自分にはないモノを全部持ってるんですよ?」
海海らぶ「でも、彼女は敵じゃないの」
海海らぶ「他社のバーチャル配信者だったら、どんなに良かったか」
海海らぶ「同じ事務所の、才能あふれる後輩なんですよ?」
海海らぶ「凡人の私なんて、到底足下にも及ばない。そんな才能なんです。ホントもう、キラキラしてるんです」
海海らぶ「私、どうしたらいいか分からなくなっちゃって・・・」
  声が震えている。
  なにかを決心したかのように、彼女は微笑んだ。
海海らぶ「でも、もういいんです」
海海らぶ「こういうふうに聞かれるってことは、ろんどちゃんにも私の気持ちが伝わってたし、事務所も問題視してるってことなんでしょう?」
海海らぶ「もう、私は必要ないんだって・・・、自分でもちょっと思ってました」
  どこまでも、寂しい笑顔だった。
  その表情を真に受けることもなく、ヤクモは振り返る。
ヤクモ「ハスキー、そうなのか?」
  振られたハスキーは驚いた表情をして、自分を指さした。
ハスキー「え?ここで俺?・・・いや、全っ然そんなことないっていうか」
  手で否定する。
ハスキー「必要のないアイドルなんて、この会社には存在しない」
ヤクモ「だ、そうだ」
海海らぶ「え?じゃあ、なんで・・・・・・?」
  らぶの疑問に、ヤクモは微笑みを返す。
ヤクモ「カウンセリングだからな。吐き出してすっきりしてもらえれば、それでいい」
  こほん、とドアの前に立つハスキーが、ひとつ、咳ばらいをした。
ハスキー「あのね、らぶちゃん」
ハスキー「月並みかもしれないけれどさ。どんなに才能あふれる後輩が来たって、君のファンは、君の魅力をちゃんと理解していると思うよ?」
ハスキー「君は自分のことを、普通の女の子って言ったけど、俺はそれも君の才能のひとつだと思ってる」
ハスキー「才能のある人には才能ある視点、普通の人には普通の人の視点ってのがあるから」
ハスキー「君はもっと、そういう普通の感覚で配信をしていけばいい」
ハスキー「それは、きっと君のファンに共感してもらえるよ」
ハスキー「・・・なんたって、酒飲んで酔っ払うだけの動画が、バズる時代なんだからね」
  『海海らぶ』の瞳が、潤みだす。
  どうやらもう大丈夫そうだな、とヤクモはそのまま立ち上がり、
ヤクモ「よし、ハスキー。あとは任せる」
  と、犬にでも向けるようにそれだけ言って、
ハスキー「・・・マジで?」
  と、驚くハスキーの横を通り過ぎ、会議室を颯爽と出て行くのだった。

〇水の中
  ────────────
  二週間ぶりに復帰した愛唄ろんどと、
  海海らぶの事務所でのオフコラボライブ配信は、開始直後には同時接続数5万人を突破している。
  オフコラボ、つまり、事務所の配信スペースで直接会って二人で配信を行っている。
  とっぽぎ:最高のコラボじゃん
  ppp:ろんどちゃん、復帰オメ!
  ソルフェ:てえてえ
  信者@近畿:さすが、らぶ先輩っす!
  海賊王某:おかえり。
  田中勇一:おかえり
  sssG:おかえりなさい。
海海らぶ「皆さん、お待たせしましたっ!はっじまーるよぉー♪」
海海らぶ「今日は金井高校バーチャル部の、先輩後輩コラボ!二人で最近配信されたゲームの、協力プレイに挑戦します!」
海海らぶ「お送りするのは、金井高校二年、いつでも海より深い愛を込め続ける、一期生の海海らぶと・・・っ」
愛唄ろんど「一年生の後輩、ずっと愛を口ずさみ続けてますっ♪愛唄ろんどですっ!」
「よろしくお願いしまぁーす!!」
  ぼうぼう:永遠に続け、この時間・・・
  tommy:なんという俺得配信よ
  シュレク:息ぴったりなんよw
  配信画面内のコメントは、目で追えないほどの数が流れ、加速している。
海海らぶ「いやぁ、ろんどちゃん。なんか、急に誘っちゃってゴメンね?・・・復帰配信が私とのコラボで良かったの?」
愛唄ろんど「もちろんですよ」
愛唄ろんど「私が配信を始めてから、初めてのコラボがらぶ先輩だったの、覚えてますか?」
海海らぶ「う、うん。もちろん覚えてるよ。すごい後輩がデビューしたもんだって思ったもん」
愛唄ろんど「あれって、デビュー前から決めてたことなんです」
愛唄ろんど「先輩には、初めて言うんですけど、私・・・」
愛唄ろんど「先輩のこと、先輩のデビュー当時から追ってるんです」
愛唄ろんど「昔、先輩の配信を視て、私、すごく元気をもらったんです」
愛唄ろんど「私も、こんなふうに配信で誰かを幸せにしたいって、そう思って・・・」
愛唄ろんど「気が付いたら、オーディション受けてました。3回くらい落ちましたけどね」
海海らぶ「・・・・・・・・・」
海海らぶ「す、すごい嬉しいんだけど」
海海らぶ「え?ろんどちゃん、オーディション3回落ちたの?」
愛唄ろんど「そうですよ?・・・自分には向いてないのかなって、挫けそうになった時も、」
愛唄ろんど「先輩の動画を視て、もう1回頑張ろう、もう1回挑戦しようって、頑張りましたっ」
海海らぶ「そうだったんだ・・・」
愛唄ろんど「はい。・・・すごく、頑張りました」
海海らぶ「ごめん。なんて言ったらいいかわかんないけどさ・・・」
海海らぶ「・・・・・・・・・」
海海らぶ「・・・ありがとう」
愛唄ろんど「こちらこそ、なんですけどね」
愛唄ろんど「先輩は、ずっと私の憧れです」
愛唄ろんど「大好きですっ、先輩!」
  はるあき(ホラーch.):最高過ぎて全俺が涙してます。こちらこそありがとう。
  ヤクモ(ホラーch.):末永く、幸せを祈る。
  そのコメントは、爆速で流れ、一瞬にして消えたが、
  二人とも確かに、そのコメントを確認して、
  二人で目を合わせて、微笑むのだった。

次のエピソード:配信と、二口女

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