エピソード1(脚本)
〇黒
『もしも27歳まで二人とも独身だったら結婚しよっか?』
十代のころ、そんな他愛のない約束をした幼馴染がいた。
彼女の名前は沙都子。
本が大好きな女の子だった。
僕も本が好きだった。
彼女と読んだ本の感想を語り合うのが、小学校から高校までの一番の楽しみだった。
〇整頓された部屋
彼女は、あの日も学校でおすすめの本を僕に貸してくれた。
そして、その日の学校からの帰り道、交通事故で死んでしまった。
彼女から借りたままになっている本を開く。
四つ葉のクローバーを押し葉にしたしおりも、年月を経て色あせてきている。
タカシ(彼女が亡くなってから、もう十年近く経つのか・・・)
この本も、開いては閉じ、開いては閉じを繰り返したが、まだ最後まで読めていない。
もしもこの本を読み終わってしまったら、彼女との思い出が全てどこかへ消えてしまうような
そんな気がして、不安になって、今までずっと続きを読めずにいた。
――サァァァァ・・・
そのとき、開け放した窓から、急に風が吹き込んできた。
『約束の忘れ物、届けに来たよ』
聞こえるはずのない、懐かしい声が耳の奥で響いた。
唇に何かが触れた。
タカシ「え!? 今のは・・・」
気がつくと、手に持っていたはずの本が消えていた。
タカシ「えっ?」
タカシ(そうか。今日は生きていれば彼女の27歳の・・・)
タカシ(そうだ)
タカシ(明日は図書館に行こう)
タカシ(あの本を借りて最後まで読もう)
タカシ(そして、彼女のことは思い出の中にだけ大事にしまっておこう)
タカシ(そうしないと、今の彼女にもきちんと向き合えないしな・・・)
〇街中の道路
キラキラした5月の陽光の下、今の彼女の夏海が待つ喫茶店に向かって歩く。
さっきの出来事のあと、しばらく放心していたせいで、家を出るのが少し遅くなった。
着くのが遅れるのを伝えるため、彼女に電話する。
――プルルルーッ、プルルルーッ・・・
タカシ(おかしいな・・・)
何度電話をしても彼女は出ない。
妙な胸騒ぎがした。
タカシ(そう言えば、さっきの彼女のセリフ・・・)
『約束の忘れ物、届けに来たよ』
タカシ(おかしい・・・)
タカシ(『忘れ物』が本のことならば『届けに来た』ではなく)
タカシ(普通は『取りに来た』になるのではないだろうか)
タカシ(あの頃の『忘れ物』と言えば、二人でしたあの約束・・・)
『もしも27歳まで二人とも独身だったら結婚しよっか?』
タカシ(その約束を果たすのに一番邪魔になるのは・・・)
タカシ(・・・夏海が危ないっ!?)
僕は胸騒ぎを抱えたまま、喫茶店まで走った。
〇店の入口
タカシ「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
ようやく喫茶店に着いた。
ドアを開けるのももどかしく、店内に駆け込む。
〇シックなカフェ
タカシ(夏海、夏海はどこだ・・・!?)
はやる気持ちをおさえ、店内を見回す。
タカシ(どこだ・・・夏海・・・)
入り口の近くにはいないようだ。
空席へ案内しようとするウエイターを手で制し、店内を奥へと進む。
タカシ(夏海・・・無事に着いていてくれ・・・)
喫茶店の中をさらに奥へと進む。
タカシ「あっ・・・いた!!」
店の奥のほう、窓際の席に彼女は腰掛けていた。
読書に夢中で、まだこちらには気づいていないようだ。
タカシ(よかった・・・)
心のなかでホッと胸をなでおろす。
夏海「あれっ!? タカシくんだ。おーい!!」
タカシ「『タカシくんだ』じゃないよ、まったく・・・」
僕は苦笑いのまま彼女の席に向かって歩みを進める。
タカシ「さっきから何度も電話したのに出ないから、心配したんだぞ・・・」
夏海が慌てて自分の携帯を取り出す。
夏海「あれ!? ・・・本当だ。ごめんね」
夏海「待ってる間にこの本を読み始めたんだけど、面白くて止まらなくなっちゃって・・・」
タカシ「え・・・!? この本・・・!!」
夏海「どうしたの?」
夏海が読んでいた本、それは昔の彼女に借りて今日消えてしまった、あの本だった。
タカシ「この本、どうしたんだ?」
夏海「え? ネットで今ちょっと話題になっているから図書館で借りてきたの」
タカシ「ちょっとその本、貸してくれる?」
夏海「どうしたの? 急に怖い顔して・・・?」
僕は夏海から本を受け取った。
裏表紙には確かに図書館名の入ったシールが貼ってある。
ページをパラパラとめくってみる。
本にはクローバーのしおりは挟まっていなかった。
タカシ(まあ、あの本のはずはないか・・・)
夏海「その本がどうかしたの?」
タカシ「いや、なんでもない・・・」
タカシ(なんでもなくはないか。今ここで話しておかないと後悔しそうな気がする)
タカシ「いや、実は・・・」
僕は、昔の彼女のことやその本のことをすべて夏海に話した。
彼女は僕の長い思い出話を、途中で口を挟むことなくうなずきながら聞いてくれた。
〇黒
〇シックなカフェ
喫茶店で、私の隣の席のカップルが仲良さそうに本の話題で盛り上がっている。
眺めるでもなくしばらく眺めていると、やがて男の方が席を立った。トイレに行くようだ。
ひとり席に残された女性が、何かを思い出したようにふっと微笑んだ。
『・・・・・・』
続けて、彼女の唇が独り言をつぶやくように動いた。
『た・だ・い・ま』
言い終わると彼女は再び微笑んだ。
無邪気なような、それでいてほんの少しの残酷さをはらんだような、不思議な微笑みだった。
『さよならも言わずに』【終】
恋の思い出話なのかと思って読んでいたら、最後はホラーになってびっくりしました。
彼女に憑いてしまったんでしょうか。
何も知らない彼はこれからどうなるんだろう。
恋愛者だと思って安心しきって読んでたら最後はホラーになってました…。
てっきり彼女の身に不幸が、って思いましたが、それよりも恐ろしいかも汗
純愛ラブストーリーだと思っていたら最後に驚かされました。彼女に憑依したってことでしょうか…。
今後、彼氏さんがそのことに気づくのか気づかないのかが気になります。