配信譚~俺と先輩はホラー系底辺ストリーマー~

東北本線

配信と、耳無し芳一(脚本)

配信譚~俺と先輩はホラー系底辺ストリーマー~

東北本線

今すぐ読む

配信譚~俺と先輩はホラー系底辺ストリーマー~
この作品をTapNovel形式で読もう!
この作品をTapNovel形式で読もう!

今すぐ読む

〇配信部屋
ハルアキ「おつかれさまです」
ヤクモ「ああ・・・・・・、うん」
  おかしい、とハルアキはすぐに察する。
  日頃からヤクモはハルアキに、何時でも挨拶ができる者であれ、と口酸っぱく言っている。
  そんな彼女が、こちらに目も向けずに、このようなぞんざいな態度で言葉を返すはずがない。
  パソコンの前でヤクモはゲーミングチェアに座っている。
  偽物かもしれない。確かめるには・・・
  その背中。
  白いブラウスの背中に一本伸びた、彼女の編まれたポニーテールを、引っ張ってみたい衝動に、ハルアキは駆られる。
ハルアキ「・・・・・・・・・」
ハルアキ「どうしたんです?」
  その衝動を我慢して、それだけハルアキは呟くように言った。
  その言葉でヤクモのイスが回転する。
ヤクモ「・・・・・・すまない。考えごとをしていたんだ」
ヤクモ「奥多摩課長って、ハルアキ氏は知ってるかい?」
ハルアキ「そりゃもちろん知ってますよ。有名な動画配信者ですからね」
  知らないはずがない。現在のネット配信者の、先駆けにして頂点のような存在だ。
  チャンネル登録者数は一千万人。サブチャンネルも含めれば、その数は千五百万人にも達する。
  いまやテレビや雑誌でも見ない日はない、日本での配信ドリームを叶えた男の一人だ。
ヤクモ「その奥多摩課長氏から、チャットアプリで相談が来ているんだよ」
ハルアキ「・・・・・・・・・・・・」
  ハルアキは絶句してしまう。
  まず数秒間ほどは、ヤクモが何を言っているのか理解できなかった。
  やっと思考回路が驚愕を乗り越えてからも、殿上人が我々のような駆け出し配信者に、なぜ連絡なんかするのか分からなかった。
  おそらく、ヤクモが騙されている可能性があるのだが、彼女に限ってそんなことはない、とも断言できる。
  取り乱すのも癪(しゃく)なので、
ハルアキ「どんな相談なんですか?」
  とハルアキは平静を装ってみる。
ヤクモ「ああ、それは・・・・・・・・・・・・、」
ヤクモ「いや、やめておこう」
ヤクモ「何というか、良い結果にならないような気がするんだ」
ヤクモ「どうやら、引退したバーチャル配信者と連絡を取っているらしいんだがね・・・」
  会話が進めば、興奮は冷めると思ったのだが、ただ信憑性が増していくだけで、ハルアキはすぐにでも叫び出したいくらいだった。
ハルアキ「その、バーチャル配信者っていうのは?」
ヤクモ「たいらんと、というらしいんだが、ハルアキ氏は知っているか?」
  すごい名前が出てきた。
  ひと昔前、バーチャル配信者が初めて世に出だした時に、いちばん登録者数を伸ばした配信者だ。
  肌の露出の多い可愛い女の子のアバターが、ボイスチェンジャーも使わずにおじさんの声でしゃべる、というのがウケていた。
  トークをさせれば軽快、歌わせれば至高、ゲーム実況をさせれば神、と称えられた、伝説の人物。
  当時、バーチャル三銃士と持て囃されたうちの一人だ。
ハルアキ「知ってますよ。だいぶ前に引退したバーチャル配信者です。今でも復活が望まれてる人ですね」
  心臓が高鳴っている。キャラじゃなくてもいいから、ヤクモが、
ヤクモ「『うっそぴょーん』」
  とでも言って満面の笑みでドッキリを報告してくれるのを待っている自分がいる。
  しかし、天地がひっくり返っても、そんなことは起こるはずもない。
  興奮がどんどん熱を帯びていくのを、確かにハルアキは自身の内に感じていた。
ヤクモ「そうなのか。すまないな。私はそういうのに疎くて」
  ヤクモが頭を掻く。
ハルアキ「いや、四年も五年も前のことですからね。仕方がないですよ」
ヤクモ「私には分かっているんだよ」
  相手の大物ぶりがですか?と聞き返しそうになったが、それこそヤクモは、そんなこと絶対に言わない。
ハルアキ「な、なにがですか?」
  ヤクモの片眼に鋭さが増した。
ヤクモ「メールでも分かるくらい、奥多摩課長氏は尊大な態度だったよ」
ヤクモ「ネタを提供してやる、とか、コラボすれば登録者も伸びる、という感じでね」
ヤクモ「そもそも、我々とコラボするにしたって、彼にメリットがないことは明白だろう?」
  そりゃごもっとも、と自分のことながらハルアキは思う。
  ハルアキとヤクモのチャンネル登録者数を足しても、奥多摩課長には千分の一も届かない。
ハルアキ「恥ずかしながら、その通りですね」
ヤクモ「なにも恥ずかしいことはない。登録者や再生数は、日々の努力の積み重ねなのだから」
  ヤクモが微笑む。
ハルアキ「・・・そうですね」
  とだけ、ハルアキは答えておいた。
  正直、これから自分のチャンネル登録者が増える未来が想像できなかったことは黙っておく。
ヤクモ「話を戻そう。どうして、課長氏が連絡をとってきたか?」
ハルアキ「どうしてでしょう?」
ヤクモ「すでに憑りつかれているのだろうと思っている」
ヤクモ「そして、たいらんと氏はすでに亡くなっている可能性が高い」
ヤクモ「悪霊となって、課長氏に憑りついているんだ」
ヤクモ「そんな中で、課長氏は我々に、助けを求めているのではないだろうか?」
  今年いちばん突拍子もない。ずいぶんと論理が飛躍したものだ、とハルアキは思う。
  いや、そもそも悪霊の話をしている時点で、論理もへったくれもないのだが。
ハルアキ「そ、それが分かった上で、ヤクモ先輩はその依頼を断ろうとしてるんですか?」
  急にヤクモがハルアキから視線を外した。
ヤクモ「ああ。なんというか・・・・・・、手遅れくさいんだよ」
ハルアキ「ちょ、ちょっと俺にも、メール見せてもらっていいですか?」
ヤクモ「あ、ああ。もちろんだ。・・・・・・これだよ」
  ヤクモがパソコンのマウスを操作する。アプリの画面がディスプレイに広がった。
  奥多摩課長のアカウント名には、本人を示すマークが、確かに付いていた。
ハルアキ「ちょっと、すいません」
  それを目の当たりにし、ハルアキは外へ駆け出した。
  全力で廊下を走り抜け、玄関を通り過ぎ、

〇廃ビルのフロア

〇廃工場
  外の雑草が生えたままになっている小径(こみち)に出る。
ハルアキ「マジかよぉおおーーーーっ!」
  その声は八百メートル先の学生食堂まで響いたという。

〇レストランの個室
  怪談怪奇考察系動画配信コンビ『ホラーバスターズ』の一人であるハルアキには、配信上の設定というものが存在している。
  悪霊や心霊現象、怪奇現象の原因が視える、というものだ。
  配信上は”設定”とされているそれは、紛れもなく、彼の能力のひとつだった。
ハルアキ「あ・・・・・・」
  彼は人生で何度か、悪霊に憑りつかれた人間というものを見たことがあった。
  もちろん、悪霊そのもの、というのも視たことはあるのだが、憑りつかれた人間というのは、眼球の白目が、灰色に濁っている。
  それはどうやら、ハルアキにしか視認できず、それが可能な他人に、彼は今まで会ったことがない。
  ハルアキの反応で、ヤクモの予感は確信へと変わったようだった。
奥多摩課長「遅くなってごめんね、お二人さん。初めまして。奥多摩課長です」
  茶髪。こけた頬。どこか生気を失ったような顔色、
  そして灰色の眼をした、日本一の配信者が、ワインレッドのワイシャツに黒いスラックスという格好で二人の目の前に現れた。
  ハルアキは立ち上がって、挨拶を返す。
  ヤクモは座ったまま、首を微かに動かしただけだった。
  有名な奥多摩課長の豪邸に行けるものと、二人は思っていたが、指定されたのは全室個室の高級イタリアン店だった。
  好きなものを頼んで待っていてほしい、という話に、二人は遠慮せず食事を堪能した。
  東京までの旅費を含め、すべて奥多摩課長の奢りだ。
  彼の知り合いの配信者のお店、とは聞いている。店内は静かで、とても良い雰囲気ではある。
  だが、二人にとっては、ここで食事するのが場違いな気がして、全然その良さを楽しめないでいた。
ハルアキ(ご馳走になってるわけだから、絶対にそんなこと言えないけど)
ヤクモ「気位ばかり高くて、なんだか居たたまれ・・・モガッ!」
  慌ててハルアキはヤクモの口をふさぐ。
  そういえば、彼女はこういう人だった。遠慮とか、空気を読むとか、そういうことは絶対にしない。
ハルアキ「すみません。お気になさらず」
奥多摩課長「ああ、動画撮ってないんだから、そういうのはいいからね」
奥多摩課長「冗談とか身内芸は、カメラ回ったらやろうよ。今日はカメラなしの完全プライベートだけどね」
ハルアキ「・・・勉強になります」
  ハルアキの拘束を乱暴に解いてから、ヤクモはいつも持っている黒いトートバッグから、小さなボトルを取り出した。
  コトリ、と音を立てて、それはテーブルに置かれる。
奥多摩課長「なにそれ?・・・・・・東北のお土産?」
  対面の席に座りながら、奥多摩課長はヤクモに聞いた。ハルアキも腰を下ろす。
ヤクモ「おいおい分かる。まずは、件(くだん)のバーチャル配信者に、どうやって出会ったか話してほしい」
  奥多摩課長の質問には答えず、身を乗り出さんばかりの勢いで、ヤクモは彼を見据えた。
奥多摩課長「まあまあ、そんなに焦らなくても・・・・・・」
ヤクモ「言っても信じないだろうが、課長氏はすでに悪霊に憑りつかれている可能性が高い」
ヤクモ「我々は、そういった問題には一日の長がある。救えない可能性はあるが、助力は可能だ」
  ヤクモは譲る姿勢も見せず、淡々と告げた。
  しかしながら、奥多摩課長の表情は変わらない。
奥多摩課長「まあ、そういうのって信じてないわけじゃないけどね」
奥多摩課長「彼がそういうもんだとは、俺も思ってはないわけでさ・・・」
  奥多摩課長は視線をそらす。ヤクモが小さくため息を吐いた。
ヤクモ「課長氏がどう思っているかなど、どうでもいい。私は興味がない」
ヤクモ「彼とどうやって知り合ったのか。知り合ってから、どのように過ごしたのか、教えてほしい」
ハルアキ「興味ない、とか、そんなにハッキリ言わなくても・・・」
奥多摩課長「いやいや!やっぱり学生配信者って、勢いがあってイイネ♪」
ハルアキ「そう言っていただけると助かります・・・」
奥多摩課長「うーん。そもそも前提として俺は、たいらんとさんの大ファンだったわけなのね?」
奥多摩課長「俺の方が配信歴は長いけどさ、彼の企画力とか、編集技術とか、エンターティナーとしての姿勢とかは、学ぶものが多かったわけ」
  真剣な表情で話す奥多摩課長。ふと寂しそうな表情で微笑んだ。
奥多摩課長「それが二年ちょっと前に、誰にも相談せずに、急にぱったり配信しなくなっちゃってさ」
奥多摩課長「あれは悲しかったなぁ・・・・・・」
  虚空を見上げている。照明が眩しくないのだろうか、とハルアキは考えて、その思考を押し殺した。
奥多摩課長「ずっと会いたかったんだよね。彼とコラボ企画動画とか、雑談配信とか、一緒にゲームとかしてみたいなって、ずっと思ってたの」
  目の前の学生二人を、奥多摩課長はそのまま見つめた。
奥多摩課長「それが、一か月くらい前かな。俺のチャットアプリに匿名でメールがあってさ、動画付きで」
奥多摩課長「開いたら、たいらんとさんその人が、なんと俺に向かって話しかけてきたわけ!」
奥多摩課長「・・・マジで興奮したよ!」
  ぱあ、と音が聞こえそうなくらいだった。奥多摩課長は嬉しさを隠そうともしない。
  隣でヤクモが首をかしげたのを、ハルアキは見逃さなかった。
奥多摩課長「そっから、ちょくちょく連絡くれるようになって。ボイスチャットで会話したり、夜中に二人でゲームしたりしてさ」
奥多摩課長「これからの配信界隈のこととか、ゲーム実況のコツとか、配信のネタになりそうなこととか、」
奥多摩課長「すっごい有意義な時間を過ごさせてもらってて、それで、今に至るって感じかな」
  満足そうに話し終える奥多摩課長。
  何も言わなくなってしまったヤクモの代わりに、ハルアキが口を開く。
ハルアキ「相手に実際に会ったことはないんですね?」
奥多摩課長「そりゃあね。まだその段階じゃないかなー。でも、いつかは会えると思ってるよ?」
奥多摩課長「そもそもさ、やっぱ俺も配信者だからね。伝説のバーチャル配信者とのコラボ動画なんて、再生数を稼げないわけがないだろうし」
奥多摩課長「相手もきっと、そのつもりでいてくれてると思うよ?」
ハルアキ「でも、相手は悪りょッ・・・」
  叫ぶように声を発したハルアキを、今度はヤクモが手で制した。
ヤクモ「課長氏。今日も貴方は帰ってから、たいらんと氏に連絡を取るのだろう?」
ヤクモ「いや、おそらくいつからか、向こうから連絡が来るようになったはずだ」
奥多摩課長「あ、ああ。そうだけど?」
ヤクモ「もし、私の話に少しでも引っ掛かるところがあるのであれば、」
ヤクモ「このボトルに入った化粧水を、たいらんと氏と会う前に、全身に振りかけてほしい」
ヤクモ「知り合いに作ってもらった、お経の力が込められた水だ。そうすれば、貴方の命が、助かるかもしれない」
  テーブルの上に置かれたボトルを、そのまま奥多摩課長の方へ押し出した。
奥多摩課長「こ、怖いこと言うね?」
  明らかな狼狽を隠せない奥多摩課長。それにも構わず、ヤクモは続ける。
ヤクモ「判断は任せる。我々の話を聞いて、少しでも怖いと思ったなら、塗るといい」
ヤクモ「貴方は業界の財産だ。簡単に失われていい命ではない」
  ゆっくりと、手が伸びる。
奥多摩課長「あ、ありがとう・・・・・・、ございます?」
  お礼を言うのが正しいのか分からない、というような感謝を述べて、
  奥多摩課長はボトルをワイシャツのポケットに入れるのだった。

〇豪華な社長室
  あのあと、すぐに夕食会は解散となった。
  二人が帰った後、自分の食事を済ませて、奥多摩課長は自分の家である、新築の豪邸に戻ってきている。
  風呂も入らず、着替えもせずに、二階にある広い配信部屋に、乱暴な音をたてて入る。
  憑りつかれたようにパソコンを点けて、高級メーカーのヘッドセットを取り付け、
  いつでも座り心地の良いオレンジのゲーミングチェアに座る。
  配信では触れられることはないが、三か月に一回は、このイスが買い替えられ色が変わっていることは、ファンの間では有名な話だ。
  もうひとつ、有名な話がある。
  思い出したように、奥多摩課長はカチャカチャと音を立てて、自身のスラックスのベルトを外し始めた。
  耳に付けたヘッドホンなんて、お構いなしだ。
  オフの時間の奥多摩課長は裸族、という噂。
  その噂は真実で、彼はプライベートや趣味の時間は、ほぼハダカで過ごすことにしている。
  彼が赤のワイシャツを脱いだ時に、床でコロン、と音が鳴った。
  透明な縦長のボトルだ。コロンや香水のボトルに似ている。
  キャップを外すと噴霧器のようになっていて、天辺の部分を押すと、プシュ、と音をててて水が霧状に広がった。
奥多摩課長「・・・・・・・・・」
奥多摩課長「めんどくせー・・・」
  言いつつも、彼は脱ぎ終わった全裸の自身の身体に、シュッシュ、と水を掛ける。
  ・・・笑える。
奥多摩課長「なにやってんだろ、俺・・・・・・」
  ゲーミングチェアに座って、ボイスチャットアプリを起動すると、自身のアイコンの丸い枠が、オンラインを表す赤色に変わった。
  すぐさま着信音が鳴る。
  耳元で最大音量の音が聞こえて、身体が一瞬跳ね上がった。
  慌てて、パソコンの音量を操作する。
奥多摩課長「いっつもパソコンの前にいるタイプの人なのかな、たいらんとさん・・・」
  自嘲するようにそんなツッコミを入れて、『たいらんとさん』と表示されたの名前をクリックする。
  同時に画面が切り替わり、たいらんとの二次元アバターが現れる。
奥多摩課長「こんばんは、たいらんとさん。いまちょうど帰ってきたとこだったんですよ」
奥多摩課長「・・・お待たせしちゃいましたかね?」
  パソコンに取り付けられた、高画質カメラが、そう言って微笑う奥多摩課長のアップになった顔を捉えている。
  それが、奥多摩課長の目の前に三つある、ディスプレイのひとつに表示されていた。
  画面の半分がたいらんとのアバター。
  もう半分が、奥多摩課長の顔だ。
たいらんと「・・・・・・・・・」
  返事がない。
  いつもハイテンションで挨拶し、そのテンションのまま、最後まで奥多摩課長を楽しませてくれる。
  それが、たいらんと、というバーチャル配信者のはずなのに。
奥多摩課長「あれ、ミュートかなぁ・・・」
  マイクがオフのままだったか?と心配になって、奥多摩課長はチェックする。
  ミキサーもパソコンの設定もいつも通りだった。
奥多摩課長「・・・・・・た、たいらんとさん?」
たいらんと「・・・おかしい。・・・声しか、聞こえない」
  ノイズが混ざった。
  声とも言えない声が。
  悲痛な声が。
  喉から絞り出したような。
  この世の物とは思えない声が。
  たしかに。
  奥多摩課長の耳元で聞こえた。
  おかしいな、と奥多摩課長は思う。
  自分のヘッドホンには、ノイズキャンセル機能が付いている。
  ノイズ、なんてものは、最近めっきり聞いたことがなかった。
たいらんと「どこだよ?・・・なあ?どこにいるんだよ?奥多摩くん・・・・・・」
  2Dアバターの手が虚空を掻きむしるかのように、手を振っている。
  その顔の表情。
  目に光は失われ。
  頬はこけて。
  鮮やかだった色は失われ。
  血の涙を流している。
  激しい耳鳴りが、奥多摩課長を襲う。
  思わず、ヘッドホンを外してしまった。
  心拍数が上がり。
  背筋には悪寒が止まず。
  そして、目を見開いたまま、ピクリとも動くことができなくなった。
たいらんと?「奥多摩くん・・・・・・・・・・・・、奥多マくん・・・・・・・・・・・・、」
たいらんと?「オク多マくん・・・・・、オクタマくん・・・・・・・・・・・・・・・っ?」
  おかしい。ヘッドホンは外したのに。
  ノイズが増す。
  たいらんとの呼び声が大きくなる。
  押しつぶされそうな恐怖。
  絶対的な死の予感。
  後悔。
  身体は動かないのに、おそろしい速度で思考は加速していく。
  まるで、
  ・・・・・・走馬灯のよう。
奥多摩課長「・・・・・・・・・」
  ふと、前触れもなく、すべての音が急に止んだ。
  恐怖の終焉。
  奥多摩課長は悟る。
  どうにか身体を動かそうと、全身に力を込めた、その時だった。
たいらんと?「それシ   かミえ     ない から、      その    ミミ を も ら っ て    いくね?」
  それが、彼が聞いた、この世で最後の音だった。

次のエピソード:配信と、生霊

成分キーワード

ページTOPへ