エピソード1(脚本)
〇ライブハウスの控室
気が付くと俺は、どこかの部屋の椅子に座っていた。
何やら物凄く慌ただしい様子。
そして周りは知らない人ばかり
鏡を見ると俺は、戦隊モノのヒーローの格好をしている
梶原浩紀(・・・どういうことだ?な、なんだこの恰好は!?)
とりあえず近くにいた怪獣の被り物をしていた人に話しかけてみる
梶原浩紀「あのう・・・」
怪獣「丁度良かった。組手の練習しておこう」
梶原浩紀「は?」
そして組手の練習をさせられた
怪獣「ここで右腕を左手で掴んで・・・投げ飛ばす」
怪獣「そしたら俺がそれで投げられて地面に転げ落ちる」
梶原浩紀「・・・は、はあ」
梶原浩紀(な、何やらされてるんだ?)
女1「今から最終確認しましょう。皆、席に着いて」
男1「はい」
男2「うっす」
女2「はーい」
女3「わかりました」
男3「了解」
男4「了解です」
訳が分からないまま席に着くと、台本と書かれた分厚い本が配られた。
女1「じゃあ今から最終確認をしましょう」
ここで初めて理解する。
梶原浩紀(俺は演劇の舞台に出るのかっ・・・!!)
梶原浩紀(なぜっ!?どうして!?)
恐る恐る脚本の1ページ目を開ける。
タイトル「ハイブリッドエンジェル」
脚本「梶原浩紀」
梶原浩紀「えっ!?俺が脚本書いたの!?」
女1「そうよ」
男1「今更何言ってんだよ、浩紀」
女2「うんうん、そうだよそうだよー♪」
男3「当たり前じゃないか。君の脚本だろ。これ以外考えられない」
怪獣「ああ、最高の脚本だ」
女3「あなたの最高傑作よね」
梶原浩紀(皆、何を言ってるんだ!?俺、脚本なんて書いた事ないぞ!!)
梶原浩紀(ってか、あんたら誰だよ!!)
女1「あと1時間で本番よ。皆、気合入れて頑張りましょうね」
女2「うん♪」
男4「おー!!」
男3「おう!!」
梶原浩紀(めっちゃ盛り上がってるけどさ・・・)
梶原浩紀(というか、ちょっと待て!!)
梶原浩紀「ヒーローの衣装で俺が脚本って事は、まさか・・・」
梶原浩紀「俺、主役か!?」
女2「え、何言ってるの。違うよー」
怪獣「君は脇役だよ」
俺はどうやら主役ではなさそうだ。
ちょい役で出てるみたい。出たがりか、俺。
脚本書いて、自分の役までしっかり作ってさ。
そして自分の配役の名前を見つける
「火の妖精」
梶原浩紀「えええー!?ヒーローじゃないん!?」
梶原浩紀(火の妖精!?この恰好で!?)
梶原浩紀(まさかの予想の斜め上だよ!?)
自分が書いたという最高傑作の脚本の内容に衝撃を受けながら、恐る恐る火の妖精の台詞を探す
その一言目
梶原浩紀「最近、車を買ったんだ。CV-X328。伊藤自動車の新型電気自動車で価格は328万円。電気のみで走る地球環境に優しくて」
梶原浩紀「エンジン音は静かで快適。更に内装は牛革を使用し高級感を演出しているシートを使用いていて・・・」
しばらく電気自動車について長々と語る長文の台詞が続いた。
梶原浩紀(・・・って覚えれるか!!)
そして最終会議。
女1「今回の公演は、失敗は許されない。皆、本気で頑張って欲しい」
怪獣「最高の脚本を仕上げてくれたし、あんなに皆練習したんだから大丈夫」
梶原浩紀(いや、1ミリも練習してないけどね。初見だけどね)
梶原浩紀(やばい。何も分からんし、ヒーローの恰好で火の妖精で車好きとか全然頭が追い付かない)
なのに皆、真剣そのもの。
場の空気が緊張感で包まれている。
梶原浩紀(台詞分かりませんとは言えない状況だな・・・)
あと1時間で必死に台詞を頭に叩き込もうとするが、全く頭に入ってこない
そして舞台は本番を迎える
〇劇場の舞台
ついに本番が始まった。
黄色い歓声が鳴り響いた。
・・・えっ?めっちゃ人入ってんじゃん!?
拍手が凄い
女2「おおう、ロミオ。そなたは美しい」
男3「何を言う。そなたこそ美しいぞよ」
ぞよってなんだよ
言葉遣い古っ!!
男4「この上腕二頭筋の全てをかけて、あなたをお守りする」
女3「ポチ、餌の時間だよ。そろそろ小屋から出ておいで」
怪獣「わんっ!!」
えっ!?ポチ!?
怪獣でしょ!?
展開が全く読めない謎の展開が続いていって次の展開を予想する事もできないまま、ついに舞台に俺が登場する
暗い照明の中、スポットライトを浴びる
梶原浩紀「最近、車買ったんだ」
梶原浩紀「・・・・・・・」
一言喋っただけで無言になる。極度の緊張でそこから先の台詞が飛んだ。
終わった
これでは、ただの車買ったヒーロー
せめて一太刀
せめて火の妖精である事だけは、観客に伝えなくては!!
そう思って、ここでアドリブする。
梶原浩紀「俺は火の妖精。世界を守りにきた」
ヒーローっぽく振る舞ってみる
観客「えっ!?台詞が違う!!」
観客の最前列から、え?セリフが違う!と声が聞こえてくる
え?観客、台詞知っとるん?
まさかのガチ勢が最前列にいた。
梶原浩紀「どうしよう。大ファンみたいなのがいる。・・・続けるしかない」
梶原浩紀「車に乗って主人公を送迎する。それが俺の役目」
梶原浩紀(考えろ、考えろ俺。頭をフル回転させて、舞台上で新しい脚本を作りながら演じろ!!)
女2「ロミオ、宇宙の神秘について語り合いましょう」
男3「そうだね、ジュリエッタ。いや、樹里ちゃん」
梶原浩紀(樹里ちゃん!?ジュリエッタあだ名だったー!!)
梶原浩紀(急に日本人っぽい名前きたー!!)
男4「今日まで上腕二頭筋を鍛えてきたのは、スマートフォンをタップする為!!」
梶原浩紀(いや、そんな力入れたらスマートフォン壊れちゃうよ!?)
梶原浩紀「・・・ってか、あなた。さっきまで誰かを守る為に上腕二頭筋鍛えたって言ってませんでしたっけ?」
怪獣「わんっ!!わわんっ!!」
梶原浩紀「ポチ、黙って!!」
男2「君がいた夏祭り。僕はもう君の浴衣姿しか目に入らない」
梶原浩紀「なんか語り出したよ、この人」
怪獣「おにぎりは美味い」
梶原浩紀「ポチ、黙って!!」
梶原浩紀(どうする!?どうすればいい!?)
梶原浩紀「舞台は無茶苦茶。お客さんは盛り下がっている事間違いなし。でもやりきるしかない」
そう思ったその時、BGMが鳴り響いた。
梶原浩紀(こうなったらこれを使うしかない)
怪獣「我が古の力を思い知るが良い。圧倒的な力でお前を葬り去ってやる」
梶原浩紀「ポチイイイイイイイ!!!!貴様だけは許さない!!」
梶原浩紀「はっ!!」
怪獣「ふんっ!!甘いぞ!」
梶原浩紀「やっ!!」
怪獣「どうした?その程度か」
梶原浩紀「はあ!!」
梶原浩紀「必殺!!えーと・・・ウルトラスーパーハイブリッドエンジェルソードアタック!!」
怪獣「ぎゃああああああ」
女2「ポチ・・・」
男3「ポチ・・・そんな・・・」
男4「俺の腹筋も泣いている」
女3「いやだ、ポチ、ポチぃいいいいい!!」
梶原浩紀「えっ?俺、なんかめっちゃ悪い事した?」
怪獣「最期に・・・浩紀・・・。お前に言いたいことがあるんだ・・・」
梶原浩紀「な、なんだ?ポチ」
怪獣「俺の・・・俺の本当の正体は・・・」
梶原浩紀「うん」
梶原浩紀「親父・・・!!親父なのか!?」
親父「ああ・・・そうだ・・・」
梶原浩紀「どこ行ってたんだよ!!家族を置いて失踪して・・・!!」
梶原浩紀「うっ・・・うっうっ・・・俺、あっちこっち探したんだぞ・・・」
親父「浩紀。この世界はな、お前の夢の中なんだ」
梶原浩紀「俺の夢・・・?」
親父「そうだ。お前や母さんには、突然いなくなって悪い事をしたと思っている」
親父「俺はもうこの世にいない。誰にも見つからない場所で、ひっそりと自ら命を絶ったんだ」
親父「もう何もかもが嫌になって生きるのが嫌になって、俺は逃げてしまったんだ」
親父「お前にはそうなって欲しくない。だからこの夢を見せた」
親父「生きていれば理不尽で意味が分からない状況に置かれる時が来る」
親父「そうなった時、お前には逃げずに立ち向かっていって欲しかった」
親父「お前はやり切ってくれた。俺が作り出したこの理不尽で意味不明な夢の舞台に、正面から立ち向かってきた」
親父「俺はお前を誇りに思う」
梶原浩紀「親父・・・」
親父「最期にお前と話せてよかったよ。母さんの事、よろしく頼むぞ」
梶原浩紀「親父!!待てよ!行くな!!」
親父「後な、最後に一つだけ伝える事がある」
梶原浩紀「なんだ?」
親父「俺は電気のみで走る電気自動車よりも、ハイブリッド自動車派だ」
梶原浩紀「親父・・・ほんと車好きだな」
親父「昔は良く一緒にミニカーで遊んだよな」
親父「あの頃は楽しかったぜ」
親父「・・・じゃあな」
俺は舞台の上で涙を流していた。
梶原浩紀(・・・被り物しててよかった。舞台の上でも泣いてるのがバレないで済む)
〇一人部屋
梶原浩紀「んっ・・・んん・・・」
梶原浩紀「本当にただの夢だったのか」
梶原浩紀「ん?」
机の上には「ハイブリッドエンジェル」と書かれた台本が置いてあった。
梶原浩紀「これ・・・」
中を開けると数行だけ文字が書かれていた。
「ハイブリッドエンジェル」の脚本家はお前だ。
これはお前の人生だ。
白紙のページにこれからお前自身の最高の人生の物語を書いていけ。
ハイブリッド車みたいなスマートで格好良い人生を歩めよ。
梶原浩紀「ぷっ・・・あはは。あはははは」
梶原浩紀「なんて無茶苦茶な夢見せるんだよ。馬鹿親父・・・」
梶原浩紀「でもよ・・・」
梶原浩紀「悪くない良い夢だったぜ」
舞台に出るのにセリフを知らないという夢はわりとポピュラーで、かなりの人が見るらしいですね。かくいう私もこういう悪夢をたまに見るので興味深く拝読しました。ただの夢オチでは終わらず、父のメッセージ付き白紙脚本が残されていたのが物語に味わい深い余韻を残して👍でした。
台詞を忘れてただの車好きってところで笑ってしまいました笑
だいぶカオスな台本で、夢でよかったー!と思いましたが、結構シリアスな感じで、終わってみたら謎の満足感を感じました。
たしかにこうゆう目覚めた後でしんみりしたり、夢か現実か一瞬混乱してしまうような夢ってありますね。こうして故人の意思が反映されるような夢は、その家族や友人に多大な影響をもたらすようで、主人公の気持ちに寄り添えました。