読み切り(脚本)
〇ラブホテルの部屋
ラブホテルで情事を終えた、将人と憂美
憂美「あー喉乾いた。いつもと同じビールで良いでしょ?」
将人「なんでホテルの割高のビールを飲みたがるんだよ、お前は」
憂美「そんなのアタシの勝手でしょ」
憂美「払うのはどうせアタシなんだから、将人には関係なーし」
将人「関係あんだろ」
憂美「なんで?」
将人「なんでって、いつもそうやって、ひとくちだけしかビール飲まねーだろ」
憂美「アタシは最初のひとくちだけが好きなの。はい、後はあげる」
将人「そうやって、いつも残りを俺に渡してくんだろうが」
憂美「あのさー、いつまで同じこと気にするの?もういい加減慣れたでしょ」
将人「お前が開ける度に、俺が残りを飲むはめになるからだよ」
憂美「良いじゃん。どうせ今日も奥さんに、同僚と飲んでくるって言ってるんでしょ?」
将人「そりゃな」
憂美「後から、飲む量が少なくなるんだから、今飲んだ方が楽じゃんか」
将人「お前さ、ホントいつも同じ行動するよな」
憂美「あー、それあるかも。アタシさ、同じ動きしないと落ち着かないんだよね」
将人「ビールをひとくち飲むのもそうだけどさ、部屋に入ったら俺のスーツを脱がすのもそうだろ?」
憂美「優しいでしょ?サービスたっぷりでさ」
憂美「てかさ、そのままだと将人はその辺に脱ぎ捨てるでしょ?アタシはそれが嫌なの」
将人「へんな所だけ神経質だな」
憂美「神経質じゃないわよ。ルーティンを作りたいだけだもん」
将人「ルーティンか・・・・・・ 今日着てた服も、いつもと同じのだよな」
憂美「それもルーティンなの」
憂美「いつもと同じ服を着て、いつもと同じホテルへ来る」
憂美「それが将人と会う時のルーティンなの」
将人「なんか・・・・・・ そこまでくると異常だな」
憂美「そう?おかげで良いこともあるわよ」
憂美「今日の将人スーツは3回目と5回目に会った時と同じ物だって覚えてるし」
将人「そんなことまでイチイチ覚えてんのかよ」
憂美「そうよ、悪い」
将人「そこまで行くと気持ち悪いな」
憂美「気持ち悪いはヒドイわね。 とにかく、アタシにとってルーティンは大事なの」
憂美「いつもと同じ服で同じホテルへ。 部屋に入ったら、将人のスーツを預かって、クローゼットの中にしまう」
憂美「それが私のお決まりのルーティン」
将人「ま、別に良いけどよ」
憂美「そんなことより聞いてよ。私、面白い推理小説のアイデアが浮かんだの」
将人「お前が?推理小説の?」
憂美「絶対無理だっと思って馬鹿にしてるでしょ?」
将人「お前バカじゃん。推理モノだろ? 絶対にお前には作れないからやめとけ」
憂美「アイデアくらい聞いてくれたって良いじゃん」
将人「じゃあ、聞かせろよ。 どんなアイデアを考えたんだ?」
憂美「密室ものでね、完全犯罪が起きるの」
将人「どんな風にだよ?」
憂美「例えばさ、こんなラブホの部屋に殺人鬼がずっと潜んでいるの」
憂美「それでさ、ソイツがそこに入って来た人間を殺して、代わりにソイツが出ていくの」
憂美「入ってくのも出てくのも同じ人数なら、バレなくない?」
将人「予想以上の内容だな」
憂美「そうでしょ?」
将人「褒めてねーよ。予想以上に酷いって言ってんだよ」
憂美「えー、イケるでしょ?」
将人「無理に決まってんだろ。 まずどこに殺人鬼が潜める場所があるんだよ?」
憂美「お風呂とか、クローゼットとか色々あるじゃない」
将人「すぐ見つかるだろ」
憂美「そこを見つからずに、何日も潜んでるのよ。で、目的のターゲットが現れたのを見計らって行動するの」
将人「無理に決まってるだろ。 他の客は?清掃に来る従業員は?」
将人「そいつらに見つからず、ずっと隠れてるのか?」
憂美「そう、ずっと隠れてるの」
将人「あほらしい。 聞いた俺が馬鹿だった」
憂美「そんなことないよ。絶対いけるって」
将人「そんな無茶苦茶な話が成立するわけないだろ」
憂美「そこをなんとか成立させるのよ」
将人「勝手に言ってろ」
憂美「絶対に成立させてみせるからね。 その時は覚悟しなさいよ」
将人「あー、そん時は楽しみにしてるよ」
話しに飽きたかのように、軽くあくびをする将人。
憂美「・・・・・・」
将人「なんだよ、急に黙って」
憂美「ん? 将人は罪悪感ないのかなって、ふと思っただけ」
将人「なんだよ、お前はあるってのか?」
憂美「少しはあるわよ」
将人「俺はないね。 ちょっとした遊びだ。 バレなきゃなんの問題もない」
憂美「アタシが言うのもなんだけど、将人は最低の人間だよね」
将人「お前も同類だろ? 俺とこうして楽しんでんだからさ」
憂美「そうだね。アタシも最低の人間だ」
将人「ま、最低の人間同士、これからも仲良くしとこうぜ」
憂美「それだけど、残念。 今日が最後になるかな」
将人「なんでだ?何が不満だ?」
憂美「不満は沢山あるわよ。 それに色々踏み越えすぎたかな」
将人「大げさだな。たかだか不倫だろ」
憂美「そうね、それだけならまだ救いはあったけど・・・・・・」
将人「さっきからなんだよ。 勿体ぶった言い方だな」
憂美「ねぇ、もしアタシ達のこと奥さんにバラすって言ったらどうする?」
将人「は?ふざけてんのか?」
憂美「ふざけてないわよ。 真剣に言ってる」
将人「殴られたいのか?」
憂美「何?私の服掴んで、ホントに殴る気?」
将人「脅しだと思ってるだろ?ほんとにやるぞ」
憂美「やれば?あなたの奥さんや子供にしたように、私も殴ったら?」
将人「・・・・・・何を言ってる?」
憂美「いつもやってるでしょ。 それと同じように、私にもしたらって言ってるの」
将人「なに言ってるんだ、お前・・・・・・」
憂美「明日香さんに海斗君、それと美空ちゃん」
憂美「ほら、みんなにいつもやってるでしょ? その手で何度も何度もさ」
将人「なんでお前が知ってんだよ!」
憂美「家に隠しカメラと盗聴器が仕掛けられてるの」
憂美「知ってた? アナタはずっと見られてた」
将人「お前、俺の家にそんなもの仕掛けてたのか?」
憂美「仕掛けたのは違うわよ。 私の役割はここのホテルに連れて来るだけの、ただの案内人」
憂美「家に隠しカメラと盗聴器を仕掛けた人」
憂美「適合者としてアナタを選び出した人」
憂美「私とアナタがマッチングするように仕掛けた人。それぞれみんな別の人」
憂美「私達は大勢で動いてるの。 その一人一人に役割があって、それに従って行動してるだけ」
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憂美さんの推理小説のアイディア語りが、まさか後半の物語展開へと繋がっていくとは予想外でした。とても緻密な物語構築ですね。
冒頭のいわゆるどこにでもいそうな不倫カップルの雰囲気から、完全犯罪に至る寸前まで、見事な記述でストーリにすごく活気を感じました。圧巻でした。これを犯罪と呼ぶのか、難しくなりました。