ラーメンが食べたくなった日に(脚本)
〇駅のホーム
仕事の為の電車通勤。朝も色々な匂いがしているが、帰りの匂いは独特だ
人のそのものの匂いもそうだが、ビールなどのアルコール臭、ハンバーガーやプライドチキン等の匂いがする事もある
焼肉を食べた人からは、煙とにんにくの匂い。中華を食べ人からはそんな匂いも
〇駅のホーム
ラーメンやカレーを食べた人の匂いからは、不思議な化学反応が生じる
他人から漂ってくる不快な感じとは別に、自分も食べたくなってしまう誘われる感じ
カレーの香りには魔法がかかっている。スパイスの魔法は、古くから伝えられてきた呪文。そりゃあ逆らえないものにもなる
だがラーメンはどうだろうか。こちらも歴史ある中国から伝わってきた料理ではあるが
昔の私は、それ程ラーメンに関心はなかった。友人とたまに食べて楽しむ程度だった
〇ラーメン屋
変わったのは、結婚する直前くらいからだった。デートで食べる料理が小洒落たラーメン屋になる事が多くなった
そして結婚後は毎週末必ず1回、時には土曜日曜で2回食べる事もあった。その頃には小洒落た店など関係なくなっていた
元旦那はかなりのラーメン好きだった
共働きをしていた中で、ラーメンの時は毎回、元旦那がおごってくれると言うので、私もほぼ毎回一緒に付き合っていた
醤油、味噌、塩、豚骨、煮干し系等、とにかく色々と。ちなみに当時はまだ貝出汁系は頭角を現してなかった
結婚生活は約3年だが、その間で私の舌と体はすっかりラーメン中毒者になってしまっていた
〇綺麗なリビング
別れた後の私。元旦那と付き合う前の私と比べると、何倍にもラーメンを食べるようになっていた
月にすると2杯から3杯くらいだろうか。しかしその回数は徐々に減っていった
離婚後の生活を立て直すため、外食の頻度も減らさなければいけなかったから
でもその事がきっかけで、ラーメン中毒者からは離脱した。とはいえ後遺症は残っている
ラーメンの映像や香りには、今でも敏感なまま。波長が重なると、無償にラーメンが食べたくなってしまうのだ
〇綺麗なリビング
私が元旦那との結婚に後悔した事を、トップ100くらいでランキングしたら、ラーメン中毒とその副作用はトップ10に入るだろう
まったくもって、負の遺産だ
ちなみに、一度ラーメンを食べたくなってしまうと、もうインスタントラーメンやカップラーメンでは対処できなくなる
その時に食べたいと思った味付けのラーメンを、外食でしっかり食べないと、その症状は治まらないのだ
〇駅のホーム
ダイエットを開始してからこれまで、特にその発作に襲われる事はなかった
だが、ついにその日はやってきた。ある意味予想通り、仕事帰りの電車の中で漂ってきた匂いに反応をして
ラーメンの匂い。特別な匂いではなく、昔ながらのシンプルな醤油ラーメンの香り
一瞬にして頭の中でラーメンの世界が広がった。香り一つで、とろけるチャーシュー、中身が半熟な茹で卵、メンマの香りまで感じた
週が明けたばかりの火曜日の夜。仕事帰りの電車の中で決断した。今週末は外食して、シンプルな醤油ラーメンを食べようと
〇ラーメン屋のカウンター
頭の中に広がった醤油ラーメン。そこから一番近い味のラーメン屋を想像
点と点がつながった。そのお店は2〜3年に1回、行くか行かないかなお店。家から車で15分程離れた場所にあるお店
「高低辺銀(こうていぺんぎん)」。名前とは裏腹に、シンプルなラーメンを細身で古風な店主が作っている
以前、お店の名前の由来について聴いた事がある
店長「冗談だよ、冗談。適当につけた名前だよ」
そう言った数分後、昔を振り返るように理由を話してくれた
店長「修行時代、味はシンプルで誰が食べても「これこそが普通のラーメン」って客が言ってくれるラーメンを作りたかったんだ」
店長「一方で、とにかく上手いチャーシューを作って、シンプルな味が物足りない客には、チャーシュー麺を味わってもらおうと考えてね」
店長「そうしたら、煮玉子やメンマにも力を入れ始めてしまって」
店長「でだ、自分の店を開店する時には、普通のラーメンとトッピングをした時の値段に差が出すぎる事になってしまったんだよ」
店長「それでつけた名前が「高低辺銀」。お手頃価格から高い値段のラーメンまで扱う結果になっちゃったから」
創業役30年のこのお店。店長は次第に店名にお店のスタイルも寄せて行ったとの事
そのせいか、お店の片隅には、経済新聞とヤンキー漫画、子供向けの「間違え探し」の本などが、同じ棚に収まっている
〇綺麗なリビング
家に帰宅する頃からは、そのラーメンのカロリーを、いかにその日のうちに落とすかを、考えるようになっていた
私は外食が好きな方だと思っている。それ程頻繁ではないけれど、月に1〜2回は食べている
ラーメンの他、ハンバーガーや揚げ物等、自分では作れない、あるいは片付けが面倒で作りたくないものが、主な外食の対象
私の外食メニューは、高カロリー食が多い。今回はラーメンだけど、今後好きなものを食べるためには、ルール決めが必要だ
〇ゆるやかな坂道
私の住んでいるアパートは、駅から徒歩15分ほどの場所のところにある
駅の近くに行けば、少しは飲食店もあるのだが、私が今回食べたいラーメン屋「高低辺銀」は、さらに離れた場所にある
車で15分、歩いたら1時間はかかる距離。運動を求めている最近の私には、調度良い距離かもしれない
歩いて「高低辺銀」に行き、歩いて、何ならスロージョギングでアパートに戻れば、調度なカロリーが減りそうだと考えた
ジャージとウォーキングシューズ、水筒を入れたリュックサックを背負ってラーメンを食べに行く
とりあえず今回はこのプランで週末を過ごす事に決めた。運動の見通しが立てられた事で、週末の不安が薄らいでいった
〇綺麗なリビング
待ちに待っていた、「高低辺銀」でラーメンを食べる日がやってきた
いつもより少し早起きな朝。朝食はトースト。軽く塩をふりかけただけのもの。それに豆腐サラダとあっさりとした紅茶を一杯
朝食後の片付け、洗濯、掃除をサッと済ませた後、最低限の化粧を行う
これから行う事は、単にラーメンを食べる事。だけどその前後には、長めのウォーキングがある
なので、「スポーツ終わりにラーメンを食べに来た女性」が、メイクのテーマになるように、自分なりにナチュラルに仕上げてみた
〇ゆるやかな坂道
意外と混みやすい「高低辺銀」。開店の11時30到着を目標に、10時30分頃に家を出発
順調にお腹を減らしながら、「高低辺銀」へと向かう
日の差す中、干してある洗濯物は平日より少し多く、空気に交じる洗剤の香りは、慣れた日常よりも濃く感じる
休日である事を、些細な事を通じて感じながら歩く。思いの外楽しい時間が流れていった
〇ラーメン屋のカウンター
休日ならではの演出とは別に、お店に着く頃には、清々しさよりも、ノーマルラーメンかチャーシュー麺かで心が揺れていた
開店後、一番最初のお客となった私。頼んだのはノーマルラーメン。冷静に考えればダイエット中なので、選択はこの一択のみ
久しぶりのご対面。いわゆる普通のシンプルラーメンだけど。チャーシューが一枚にメンマ少々、煮玉子も一個入っている
鶏ガラベース、濃すぎない味付け。これこそが「ラーメン」
そんな事を考えながら夢中で食べていたら、ついスープまで結構飲んでしまっていた
ダイエット中ならではの罪悪感は現れたものの、「高低辺銀」を選んだ事を褒めている自分が、後ろから優しく私を支えてくれていた
〇菜の花畑
体も心も満足し、帰りのウォーキングを再開
同じ道なのに、頭の中では草原を歩いるかのようだった
健康も大切だけど、自分へのご褒美がなければ体もいじけてしまう。久しぶりに体を充電した気分になった