胸がチクチク

おそなえひとみ

胸がチクチク(脚本)

胸がチクチク

おそなえひとみ

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〇教室
  チクチクと胸が痛い。
  いずれはやがて胸が張り裂け、痛みで死んでしまいそう。
  それでも私は恋が好き。
  いつもと変わらない授業風景。
  先生は私達の方に向くこともせず、もくもくと図形と数式を書き連ねていく。
  しばらくはこちらを振り返る心配はない。
  私はしばらく幸せに浸(ひた)ろうと隣の窓側の席に顔を向ける。
  思いを寄せる人あの人は、うつらうつらと夢の中。
  昨日は寝るのが遅かったのかな?
  最近は、チャットを使ってゲームをしているって話を聞いたから、きっとそれが原因なのかも。
  今日も夜遅くまで徹夜をしてくれていて嬉しい。
  だってこうして、私はゆっくりとこの人の寝顔を眺められるから。

〇教室
  少し周りを気にして周囲を見渡す。
  クラスメイトは黒板の内容をノートに書き写しているか、机の影でスマホを触って私のことなんて気にもとめていない。
  だから私は安心してあの人の顔を再び眺める。
  私は恋のお守り・・・・・・大きく強力な磁石を片手で胸に掴み、胸に当てる。
  あの人の心が引き寄せられて、私の心に近づきますように。
  チクチク・・・・・・胸が痛み始める。
  その恋の痛みに浸っていく。幸せで一杯だ。きっと、今の私の表情は慈愛に満ち溢れているだろう。
  胸に痛みがあるけれど、その痛みが私に恋をしていると実感させてくれるのだ。
  それに浸り続けていると、私の世界は明確な線が無くなり、曖昧な世界へと誘われる。
  空想にのみ込まれ、現実感の形が少しずつ消えていく。

〇教室
  私が浸っていた空想から戻る前に、彼は眠りから目が覚めた。
  拍子に目と目とが合う。
  彼はポツリと言葉を漏らした。
  その彼の目覚め際の一言に私の頭が痺れる。
  あぁ、恋だ、恋だ、恋だ、恋だ。
  これが恋の頂きだ。
  胸を裂く痛みが強くなり、身を引き裂かれさそうになる。
  チクチクなんてもの比じゃない。
  でも今の私には刺激が強すぎる。
  もっと柔らかな甘い刺激で十分だ。
  刺激が強すぎて、これじゃ現実感の方が強くなる。
  甘い夢から覚めてしまう。
  私は蕩けるような恋にずっと溺れていたいのだ。
  あの人にも恋の心地良さと、胸を刺す痛みを知って欲しいな・・・・・・
  その甘さと脳が蕩ける感覚を知ったら、そんな刺激的な言葉を使わなくなると思うから。

〇大きな木のある校舎
  学校が終わって、みんなさようなら。

〇女の子の一人部屋
  日が落ちて、夜が更ける。
  夜、この寂しさを感じる時間だ。
  いつものように恋を秘めた心が騒ぎ出す。
  胸が張り裂けないよう、お守りを胸の前で抱える。
  チクチクとした軽い胸が胸を刺激する。
  生々しい痛みだ。これこそが恋の証だと、胸の痛みにじっと耐える。
  この気持ち、あの人にも知って欲しいな。

〇ビルの裏通り
  私は夜更けに、外へと飛び出した。
  向かう先はあの人の家。
  私はオープンチャットであの人に連絡を取る。
  それほど待つことなく返事が返って来る。
  『送って・・・・・・気・・・い・・・・・・だしね』
  内容はちょっと刺激的。

〇一戸建て
  私は貰った合鍵を使って家に上がる。

〇一階の廊下
  家族の人はもう寝ているみたい。声がするのはあの人の部屋だけ。
  私は階段を上がり、あの人の部屋へと向かう。

〇男の子の一人部屋
  あの人は、今日もチャットをしながらのゲームに夢中だった。
  少しだけうるさくてもきっとバレない。
  だっていつものことだもの。
  私は優しく布に包んだハンマーを持ち上げると、背後からあの人のこめかみに向けて振り下ろした。
  わずかに悲鳴を上げて倒れる。
  続けて二度、頭を強く叩く。
  そうしたら抵抗する力はなくなったみたい。
  ほとんど血は流れていない。
  衝撃だけが脳に伝わるようにしてるから。
  私はホッとする。甘い恋に血の臭の匂いなんて似合わない。
  床に置かれたスマホに目を向けると、さっき私に送ってきたメッセージが目に入る。
  『送ってくんなって言ってんだろ 気持ち悪いんだ、死ね』
  私の心を刺激する内容だ・・・・・・
  目の前に転がる私の好きな人。一生懸命パクパクと口を開く。
「鍵が・・・・・・かかって・・・・・・」
あの人「鍵は前に借りたの」
あの人「鍵をライターで焙(あぶ)って煤(すす)をセロハンテープに付けるの」
あの人「そうしたらそれを、空き缶にひっつけて型通りに切り抜くの・・・・・・ 勝手に合鍵貰っちゃった」
  今のこの人の脳はきっと蕩けるような状態。後は小さな胸の痛みがあれば完璧。
  私はホチキスの芯を取り出しバラバラにすると、水と一緒の彼の口の中に流し込んだ。
  私はお守りの磁石を手にして、あの人の胸へと当てる。
  顔をしかめてウッと呻く。
  そうこれが胸の痛み。
  恋の痛み。
  私も磁石を胸に当てる。
  チクチク、チクチク。
  二人見つめ合って、胸がチクチクするなんて・・・・・・
  間違いなく両想いでしょ。

コメント

  • 恋心も一歩間違えばこのように暴走しかねないという悪い例ですね。もうそれが恋する気持ちではないと気付けなかったのは彼女の罪ですね。

  • じわじわと作中に膨らんでいく狂気感、読んでいてぞわぞわしますね。しかもラストが、、、恋する乙女って恐ろしいものですねー(違)

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