いかないで、私の王子さま

蒸気

2話 忍び寄る悪意(脚本)

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〇豪華な客間
速水 千明「なぜ僕が妊娠しているなんて噂が?」
銀座の真梨子おばさま「SNS上であなたが妊娠したから、桜丘を退団すると、吹聴しているアカウントがあるのよ・・・」
銀座の真梨子おばさま「まんまと私は踊らされたわけね・・・」
銀座の真梨子おばさま「誹謗中傷のようなら、情報開示請求を使って投稿者を特定することも出来るそうよ」
銀座の真梨子おばさま「それに、知り合いの弁護士も紹介できるわ」
速水 千明「そうですね・・・」
  犯人探しをすることに気乗りしなかった。なぜならそのアカウントは知り合いである可能性が高いと思ったからだ
  安定期に入るまで、稽古の間に休んだりしていた。その間に歌劇団の中で妊娠したと噂が広まった可能性が高い
  もしくはどこからか情報を得たファンの可能性も・・・
速水 千明「しばらくは様子をみてみようかと思います」
速水 千明「変に相手を刺激をして今の公演に影響が出たら困りますから」
銀座の真梨子おばさま「その方がいいかもしれないわ・・・」
銀座の真梨子おばさま「でも、しばらくの間は劇場と自宅の行き来にうちの運転手を使ってちょうだい」
速水 千明「・・・いえ!そこまでして頂く訳には!」
銀座の真梨子おばさま「千秋楽まで用心に越したことはないわ」
銀座の真梨子おばさま「桜丘での最後の公演を成功させたいでしょう?」
速水 千明「それは、そうですが・・・」
速水 千明(しかし、あまりこれ以上おばさまに借りは作りたくない)
速水 千明(おばさまは私のことを我が子のように思っている。もし妊娠がわかれば、さらに面倒を見ると言いかねない)
速水 千明(そうすると、退団してもこの関係はずっと続いてしまう)
銀座の真梨子おばさま「・・・あなたが退団するまではお節介な母親をわたしに演じさせてちょうだい」
速水 千明(おそらくおばさまは私が妊娠しているのを気づいている・・・)
速水 千明(それなのにわたしの嘘を問い詰めないでいてくれたのか・・・)
  おばさまの好意を素直に受け入れられない自分を不甲斐なく思った
速水 千明「・・・ありがとうございます」

〇走行する車内
  早速、自宅までの帰り道をおばさまの運転手が送ってくれることになった
速水 千明(妊娠を隠したまま退団できると思っていたのにな・・・)
  私は退団の時までファンにとって『男役』である速水千明のままでいたかった
  速水千明は女性たちにとって理想の男だ
  理想の男が妊娠しているなんてあり得ない
  しかし、女性はみんな勘が良い
  遅かれ早かれ気づいてしまう
  スマホを取りだし、めったに見ることがないSNSのアイコンをタップした
  『速水千明』という名前を検索してみる

〇SNSの画面
  そうすると『珠莉(じゅり)』と名乗るアカウントを見つけた
  『速水千明を許さない』
  『ずっとわたしの王子様だと思っていたのに、裏切られた』
  『愛してるっていってくれたのは嘘だったの?』
  『まさか妊娠してるなんて・・・やつは王子なんかじゃない・・・』
  『愛してるなんかいって、速水千明は他の男に股を開いているクソビッチ』
  許さない許さない許さない許さない
  許さない許さない許さない許さない
  許さない許さない許さない許さない
速水 千明「そんな・・・」
速水 千明「ここまで言うなんて酷すぎる・・・」
  役者として活動してきて、誹謗中傷を受けたことはあったが、ここまでひどい誹謗中傷を受けたのは初めてだった
  あそこまで、おばさまが私のことを心配していた理由がようやくわかった
  珠莉の呟きは私への悪意で溢れていた
「【運転手】 顔色が悪いですが、大丈夫ですか? 酔いましたか?」
  運転手が私を心配して声をかけてくる
速水 千明「いえ、大丈夫です」

〇休憩スペース
  数日後──
  稽古後の休憩室
速水 千明「食べなきゃいけないのに・・・」
  お昼ごはん用に自宅からもってきたお弁当がまだ半分以上残っている
  体力をつけるために栄養は摂っておきたいのになかなか箸が進まない
夢咲 すみれ「顔色悪いわよ?ちゃんと食べてる?」
  すみれが心配して私に声をかけてくる
  すみれには僕が妊娠していることを伝えてある。音楽学校からの戦友であるすみれには報告したかったからだ
夢咲 すみれ「それとも、なにかあった?」
  私はきょろきょろと辺りを見回した。
  近くには団員が数人いる
速水 千明(もしかしたらこの中に珠莉がいる可能性がある・・・)
速水 千明(でも、また真梨子おばさまみたいに誰かを疑うのはよくない・・・)
速水 千明「これなんだけど・・・」
  珠莉の呟きの画面が映るスマホをすみれに見せた
  画面の文字を追うすみれの顔が青ざめていく
夢咲 すみれ「千明のことをこんな風にいうなんて、なんて性格の悪い女なの!?」
速水 千明「すみれ、もうちょっと小さな声で・・・」
  誰が聞いているかわからない
夢咲 すみれ「ご、ごめん・・・」
夢咲 すみれ「千明はどうするつもりなの?」
速水 千明「あまり事を大袈裟にしたくないからしばらくは放置しようかと思う・・・公演もあるし」
夢咲 すみれ「そうね・・・ この珠莉というアカウントに思い当たる節はないの? たとえば熱心なファンとか?」
速水 千明「ロリータちゃん?」
夢咲 すみれ「千明がよく見るって言っていたファンの子?」
速水 千明「そう。熱心な子でよく出待ちしてくれるんだ。けど不思議な子で・・・」
  しかし、無表情なロリータちゃんと、過激な発言をする珠莉が結び付かないような気もした
  それとも本当は無表情の仮面の下に燻る思いを隠していたのだろうか?

〇ビルの裏通り
  稽古が終わり、稽古場の裏口から私は通りの様子を伺った
  たまに稽古終わりにも出待ちするファンがいるが、今日は見たところ人の姿はない
速水 千明(なんだか気持ち悪い・・・)
速水 千明(珠莉の発言にショックを受けてからよく眠れないし、食べ物も喉を通らなかった・・・)
速水 千明「ヒロくんに電話して迎えに来てもらおう・・・」
  ヒロくんに電話するが、連絡がつかず、留守番電話に繋がってしまった。
速水 千明「あとは運転手さんに電話して迎えにきてもらうか・・・」
速水 千明(あまり気乗り派しないけど・・・)
  突然、視界が眩んだ
速水 千明「やばい・・・」
  そのまま私はその場にへたりこむ
  足が震えて立つことができない
「大丈夫ですか?」
  頭上から声がして顔を上げる
ロリータちゃん「救急車呼びますか?」
速水 千明「ロリータちゃん・・・!」
速水 千明「どうしてここに!」
速水 千明「大丈夫・・・救急車呼ぶほどじゃないから・・・」
速水 千明「ここに電話して迎えにきてもらうように頼んでもらっていいですか?」
  ロリータちゃんに震える手でスマホを渡した
ロリータちゃん「わかりました」
  運転手さんに連絡して劇場裏の近くに来てもらうように頼んだ
  ロリータちゃんは手際よく運転手に電話をかけてくれた
速水 千明(一体私はなにしてんだろ・・・)
速水 千明(もしかしたらロリータちゃんが珠莉かもしれないのに・・・こんな弱った姿を見せて)
  ロリータちゃんは私をベンチに座らせ自販機で買ったペットボトルを差し出した
ロリータちゃん「良かったらどうぞ。水分摂った方がいいですよ」
速水 千明「あ、ありがとう」
  暖かいお茶を掌で包み込むと、掌が暖かくなっていく
速水 千明「あのさ・・・」
速水 千明「君は珠莉だろ?どうしてこんなに親切にしてくれるの?」

次のエピソード:3話 夢を見ていたいだけ

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