エピソード25(脚本)
〇海
茶村和成「うおおおおおおおおおお!!?」
全身をとてつもない猛風が駆け抜け、周りの景色は音をたてて過ぎていく。
俺はロープについているハンドルにしがみついて叫ぶことしかできなかった。
見ている分には楽しそうだと思っていた水上スキーも、こうやって自分がやるとなると話は別だ。
へっぴり腰になっている自覚はある。
というか、そもそも——
茶村和成「俺が泳げないこと忘れてないか!?」
そう叫ぶと、前方を走るジェットスキーの後ろに乗っている薬師寺が笑顔で振り向く。
薬師寺廉太郎「救命胴衣あるから大丈夫だよー!」
茶村和成「そういう問題じゃなーーーーい!!」
叫んだ衝動で、態勢を崩してしまった。
つかんでいたハンドルを手渡し、そのまま大きな音を立てて水の中へと落ちる。
溺れる! と慌てるが、俺の身体は勝手に水面の上に出てくる。救命胴衣すごい。
俺は頭上に光る太陽に目を細め、気を取り直して再度チャレンジすべく船の方に向かった。
〇海辺
数時間後。
なんとか普通に滑れるようになった頃には、もう日が地平線上に沈もうとしていた。
正直言ってまだ不安はある。
しかし、今日にも誰かが犠牲になるかもしれない。
ならば一刻も早くやるしかない。
俺が水上スキーに苦戦しているあいだに、スワに少し離れたところのホームセンターでトランシーバーを買ってきてもらっている。
ジェットスキーも、早朝に走りたいからと無理を言って鍵を借りてきた。
由比が店員になんらかの束を陰で渡していたが見なかったことにしておこう。
決行は今夜。
俺たちは早めに夕食をとって、仮眠してから“怪(あやかし)”退治をすることになった。
〇海
午前2時すぎ。
いよいよ、決行の時間だ。
由比もスワも緊張した面持ちだが、薬師寺だけはいつも通りだった。
トランシーバーを由比とスワが持ち、俺は救命胴衣とグローブを身につける。
薬師寺はストールをしっかりと首に巻いて、にっこりと微笑んだ。
薬師寺廉太郎「よし、それじゃあ始めようか」
薬師寺の言葉に、俺たちは頷(うなず)いた。
静かな海で、由比がジェットスキーのエンジンをかける。
俺は転ばないように慎重に暗い海の水面をスキーで走った。
夜風を浴びて少し寒気が出てきた頃。
突如、背後から地響きのような音がする。
茶村和成「!!?」
振り向くと、そこには昨夜見た女がいた。
女は水面を滑る俺の後ろを等間隔でついてくる。もちろん、スキー板を足に付けているわけでもないのに、だ。
水面を浮かんでついてくる女の足元に光っているのは、赤いふたつの瞳。
俺はしっかりとハンドルを握って、態勢を崩さないように神経を尖らせる。
その直後、女が宙に浮き白い牙が水面から離れた。
そのまま水面を縫うかのように出てきてのは巨大な口。
水飛沫(しぶき)とともに口が閉じられる。
バクン!
茶村和成「っ!」
怪の口を間一髪で避ける。
上がった飛沫で身体が傾きかけるが、なんとか持ち直した。
もう少しスピードを上げろ!
トランシーバーからスワの声が聞こえる。
由比隼人「了解!」
その合図を受けて、由比の運転するジェットスキーの速度が上がる。
茶村和成「わわっ!?」
唐突なスピードアップに、まだ完全には体勢が定まっていなかった俺はバランスを崩してしまった。
ジェットスキーに引きずられながら必死でハンドルにしがみつく。
手を離したら、俺は確実にこの怪の餌食だ。
バランスを崩した俺を見て由比がスピードを緩める。
慌てて体勢を立て直して振り返ったが、そこには女の姿はなかった。
どこに行った、と前を見た直後下から規則的に生え揃った牙が現れる。
茶村和成「由比!」
ギュン、と一気にスピードが上がった。
迫りくる怪の牙と押し寄せる波。
避けられないと感じた俺は一か八かの賭けに出た。
茶村和成「うおおおおおおおッ!!」
思いっきり水面を蹴り、勢いよく海の上を宙返りした。
すれすれで怪の牙を避け、着地する。
心臓が破裂しそうなほどにうるさい。
猛スピードで滑りながら、薬師寺と目を合わせた。
薬師寺は険しい表情をしている。
どうやら、まだ怪は追いかけてきているようだ。
そのまま行け!
スワがトランシーバー越しに叫ぶ。
ジェットスキーのスピードはもうこれ以上は出せないんだろう。
赤い瞳がじりじりと距離を詰めてくる。
あと5メートル、3メートル、・・・来た!
怪が勢いよく水面から飛び上がる。
・・・と、波に巻き込まれて俺は体勢を崩した。
茶村和成「ッ、やばっ・・・!」
怪の巨大な口が迫っている。
俺はハンドルに捕まることしかできない。
そのとき、俺と怪のあいだに割り込んで見慣れたストールが宙を舞った。
ストールは元の10倍以上の長さに伸び、螺旋(らせん)を描きながら飛んでいく。
そして描かれた巨大な円の中に、怪が飛び込んだ。
申し訳程度の音を立ててストールは水面に落ちる。
そこにはもう、怪の姿はなかった。
俺は息を乱したまま、呆然として波立つ水面を眺める。
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