ずっと、待ってる。(脚本)
〇山間の集落
おばあちゃん「いらっしゃい。よく来たね」
タクミ「おじゃましまーす!」
おばあちゃんの家に遊びに来るのは、夏休みの恒例行事だ。
今日はおばあちゃんが虫取りスポットへ連れて行ってくれるらしい。
〇けもの道
おばあちゃん「ほら、ついたよ」
おばあちゃん「前にも一度連れて来たことがあるんだけど、覚えてないかね」
タクミ「うーん・・・覚えてないや」
おばあちゃん「まだ幼稚園の頃だったものね。 すっかり大きくなっちゃって」
おばあちゃん「怪我には気をつけて。 遠くへ行っちゃあダメよ」
おばあちゃんの姿が見えなくなるのを確認して、僕は駆け出した。
〇古びた神社
タクミ「わあ・・・」
近くに小さな神社を見つけた。
あれ、道端に紫の花びらが落ちている。
なんの花だろう?
???「すみれの花だよ」
タクミ「わ、びっくりした! 誰・・・!?」
???「あはは、驚きすぎ」
見知らぬ女の子は、ケタケタと笑っている。
スミレ「私、スミレっていうの」
スミレ「あなたはタクミくん、だよね?」
タクミ「どうして僕の名前・・・」
スミレ「あ、え〜っと・・・ ほ、ほら。靴に名前書いてあるし」
タクミ「うわっ、ほんとだ。 ダサいから嫌だって言ったのに、またお母さん勝手に・・・」
スミレはまたおかしそうに笑った。
スミレ「私のお父さんとお母さん、まだ迎えに来ないの。迎え来るまで一緒に遊ぼうよ?」
タクミ「いいよ!」
それから、スミレと森を駆け回って遊んだ。初めて会ったはずなのに、何故か懐かしい感じがした。
時間はあっという間に過ぎ、いつの間にか夕方になっていた。
〇けもの道
タクミ「そろそろ帰らなきゃ。 おばあちゃんが心配するから」
タクミ「スミレのお迎えも、もうすぐ来るかな?」
スミレ「うん・・・もうすぐ来ると思う!」
スミレ「また一緒に遊びたいな」
タクミ「そうだね。この辺りによくいるの?」
スミレ「・・・うん。 ここに来てくれたら、きっと会えるよ」
タクミ「じゃあ、また来るよ」
スミレ「うん、約束ね」
そう言って、この日はスミレと別れた。
〇木造の一人部屋
その夜は、なんだかよく眠れなかった。
スミレが別れ際、寂しそうな顔をしていたのが忘れられなかった。
〇けもの道
それから、毎日のように同じ場所へ遊びに行った。
スミレ「今日も来てくれたんだ」
タクミ「わっ、びっくりした!」
スミレ「タクミくん、すぐ驚くよね。 もしかしてビビリ?」
タクミ「急に出てくるからだろ・・・!」
スミレはよく笑うけれど、何故かいつも少し寂しそうだった。
スミレ「今日は、何して遊ぼうか?」
かくれんぼ、木登り、おにごっこ、思いつく限り色々な遊びをした。
疲れると木陰で座って休み、話をした。
タクミ「スミレのお母さんってどんな人?」
スミレ「えー・・・ 普通のお母さんだよ」
タクミ「じゃあ、学校でいつも何して遊んでる?」
スミレ「うーん、なんだろ・・・」
何を聞いても、スミレの答えは歯切れが悪かった。
タクミ「スミレってさ・・・なんか隠してる?」
スミレ「え?隠してないよ」
〇けもの道
スミレ「あっ!ほら、そろそろ暗くなってきたよ。 おばあちゃん心配するよ」
タクミ「そうだね」
タクミ「・・・僕、明日家に帰るんだ。 だからもう会えなくなる」
スミレの顔色が変わった。
タクミ「だから・・・もし隠してることがあるなら今教えてほしい」
しばらく黙ったあと、スミレが小さな声で言った。
スミレ「実はね。前にも一度タクミくんに会ったことがあるの」
〇古びた神社
5年前──
スミレ「お父さん、お母さん、どこ・・・」
タクミ「おねえちゃん、どうして泣いてるの?」
スミレ「お迎えが来ないの・・・」
タクミ「僕と一緒に遊ぶ?」
スミレ「あはは・・・ありがとう。 小さい子に慰められるなんて、恥ずかしいね」
タクミ「寂しくないように、お歌うたってあげる」
かわいらしい歌声が薄暗い神社に響いた。
スミレ「ふふ、上手。 ありがとう、ちょっと元気出た」
タクミ「えへへ」
「タクミくん!! どこにいるのー!?」
タクミ「あ、おばあちゃんが探してる。 僕行くね」
スミレ「うん!」
タクミ「また、いっしょにあそぼうね! ゆびきりげんまんしよ!」
夕日に照らされながら、笑顔で指切りをかわした。
〇けもの道
スミレ「結局いくら待っても、お父さんもお母さんも来なかった」
スミレ「私を迎えに来る途中、事故に巻き込まれて、病院に運ばれたけど手遅れで──」
タクミ「・・・」
スミレ「私は、お父さんたちを探してるうちに道に迷っちゃったの」
スミレ「それで木の下で休んでたら、寒くて疲れて眠くなってきて、そのまま──」
スミレ「・・・魂だけになった今でも、ここでお父さんとお母さんを待ってる」
スミレ「ずっと言えなくてごめんね。 タクミくんに気持ち悪がられたり、嫌われたりするのが怖かったんだ」
タクミ「スミレ・・・」
思わず、スミレの手を握った。
冷たい手だった。
スミレ「とても寂しくて、辛い時間だったよ。 でも──」
スミレ「タクミくんとの約束が、私を支えてくれた」
タクミ「『また、いっしょにあそぼうね! ゆびきりげんまんしよ!』」
タクミ「・・・」
タクミ「・・・大切な約束、忘れててごめんな」
スミレ「小さい頃のことだもん、仕方ないよ。 それに・・・」
スミレ「偶然にもこうしてまた会いに来て、一緒に遊んでくれた」
スミレ「お父さんもお母さんも来なかったけど、タクミくんは何度も会いに来てくれた」
だんだんと、スミレの色が薄れていくのがわかった。
触れていたはずの手の感触が、少しずつ消えていく。
スミレ「私、ずっと誰かに迎えに来てほしかった。 タクミくんが、それを叶えてくれたんだよ」
スミレ「ありがとう、タクミくん」
タクミ「待って!!スミレ!!」
叫んだときには、もうスミレの姿はなかった。
スミレの居た場所には、すみれの花びらだけが残っていた。
やっと、お父さんとお母さんのところへ行けたのだろうか。
花びらは風に吹かれて、宙に舞った。
夕日に照らされ、きらきら輝いて見えた。
夏休みの田舎という非日常でのタクミとスミレの出会いとそして……、その空気感が伝わってきて心に響きます。
とってもキレイなラストは息を呑みました。
すみれちゃんの健気な様子とずっと待ち続けているという描写にとても感動しました。最後はたくみくんのおかげでお父さんと、お母さんに会えたんだろうなと思うとすごく優しい気持ちになれました。
残されるのは辛いですね。
約束というのは簡単にできるけど守ることはなかなか難しい。
タクミくんのおかげでスミレちゃんが救われてよかったです。両親のもとに行けたかな。