エピソード2(脚本)
〇星
俺「君を待たせるなんて、贅沢な男だね」
彼女は警戒心をあらわにして、俺の言葉を
無視をする。だけどこんなのはおきまりのことだ。俺は急に腹を抱え苦痛の表情をした。
前田五月「どうしたのよ?」
彼女は周囲を見回しながら、俺のそばに寄ってきた。俺はとびっきりの笑顔をつくり、
俺「君はやっぱりやさしい人だ」
キンキンに凍った氷ですら溶けそうな甘く熱い声で彼女を誘った。彼女も微笑み、俺をやさしげな目で見つめた。
〇レストランの個室
いい雰囲気になってきたところで俺のいきつけのレストランに二人で入り、テンポよく会話を続けた。
彼女の名前は前田五月。やっと彼女に笑顔が生まれてきたと思った頃、
俺「君、多賀野アナに似ているね」
と言ったとき、彼女の表情が突然固まった。しまった! と思ったがもう遅い。
〇店の入口
俺は小走りで彼女を追い越し、振り向きざまに頭を床に頭をこすりつけ、いかないでくれと懇願した。
女性の心を奪うにはこれくらいのやけくそな情熱が不可欠だ。
彼女は、あなたには負けたわとひまわりのような笑顔をみせた。
〇レストランの個室
その後、レストランで彼女から聞いた話は
とても信じられないものだった。
前田五月「私ね、多賀野孝子のキャラクターのモデルなの」
俺にはなんのことやらさっぱりわからない。
前田五月「つまりね。私の姿だけを取り込んで、声はプロのアナウンサーでニュース番組をつくっているというわけ」
前田五月「ようはテレビの多賀野孝子はCGなのよ」
俺「なぜ、そんなややこしいことを?」
俺は彼女がいかれているんじゃないかと疑った。そうそう簡単に信じられる話じゃない。
前田五月「そう、あなたも信じないんだ。私、テレビ局の人からモデルの仕事ということでスカウトされたんだけどね」
前田五月「こんな形でテレビにでるなんて思いもしなかったわ。みんなして多賀野孝子に似ているって声をかけてくるし」
前田五月「もう、本当にうんざりしているのよ。今の女子アナはわがままでアナウンスもいまいちだし」
前田五月「経費節約だからアナウンスはベテランが吹き替えてるってわけ」
〇マンション群
彼女とつぎのデートの約束をしたあと、繁
華街にある俺の住んでいるマンションに帰り、テレビをつけた。
彼女が生放送中の番組に出演中であることを確認したあと、彼女の携帯電話にかけてみた。
〇高級マンションの一室
前田五月「私よ。多賀野アナは生放送中のはずよね。私の話を信じる気になった? 私、さまざまな角度からたくさん撮影されたあとね」
前田五月「うっかりどこかの部屋に入ってしまって、とても信じられない話を立ち聞きしてしまったの」
〇マンション群
俺「なんだよ、信じられない話って?」
と、俺が彼女に訊いたときだ。テレビに出演中の多賀野アナの動きがおかしくなった。頭をグルグルと回し続けている。
それなのに、男性アナは何事もおきていないように、多賀野アナを相手に会話を続けている。
そして突然画面が暗くなり、もう二度となにかを映し出すことはなかった。
その後、家の照明が消え、家のすべての電源も使えなくなった。
〇高級マンションの一室
前田五月「どうやらシステムの変調で、化けの皮がはがれてきたみたいね」
前田五月「ところで本題だけど、滅亡を危惧した政府が、世界じゅうの人々になにも知らさずにね」」
前田五月「たぶん、新しい記憶を植え付けたあとで、少しづつほかの惑星に移住させているらしいの」
前田五月「私もあなたも、どこなのかはわからないけど、地球じゃない星に移住させられているのよ」
〇高層マンションの一室
俺「いったい、どうして極秘に移住させないといけないんだい?」
〇高級マンションの一室
前田五月「もちろん、選択されなかった人々が暴動をおこさないためでしょ。それにね」
前田五月「今、私たちがみている街以外の世界は、本当はVR、立体映像らしいのよ。緊急避難的に移住させているから」
前田五月「きちんとした街をつくることができなかったんでしょうね」
〇高層マンションの一室
俺「なるほど、それで人材不足を補うために君のキャラクターもつくっているわけだ」
〇高級マンションの一室
前田五月「そうみたい。私もこのあいだ知ったばかりなの。でもね、最近ふと思うんだけど、ひょっとして」
前田五月「私たちもたんなるキャラクターにすぎないのかなって。私たち、触れあっていないから、実際に存在しているのかわからない・・・」
〇数字
突然、携帯電話が切れ、手持ちぶさたで窓から外をながめた。艶やかなネオンが灯る街の姿が・・・
無機質な記号や文字の羅列に変化していき、俺自身も、ようやく内部のシステムエラーが修復され、
すべての記憶が復元されてきた。俺はAI搭載のアンドロイド。本来はこの社会を監視、コントロールする役割をする存在だった。
これは本当に存在してるのか?と問いかけてしまうあたり、哲学的要素を感じました。
実際のところ技術が進歩していっても、人間の普遍的なところは変わらなくて、それが人間のかわいいところだと思ってしまいました。
こんなふうにテレビでうつしだされている人物が本当に実在していないとして、CGだったとして、私は気づくことができるのだろうか。その世界では有名タレントが死んでしまったあとでもそのタレントの名物番組は続くんだろうな。いや、それ以前に、私自身がCGではないのか、実在しているのだろうかと不安になりました(焦)
テレビやインターネットを普通に楽しんでいますが、出てくる人たちが本当に存在しているとは限りませんよね。もう随分前からそんな疑念は抱いていても、それでもわたしたちはテレビやインターネットの番組を楽しんでいます。きっとだいぶ騙されているのでしょう。しかし秘密を知ってしまったあとの恐怖と言ったら、ほんとうに恐ろしいです。何も知らずにエンターテインメントを楽しめている日常のありがたさを痛感しました。