家族のありよう(後編)(脚本)
〇L字キッチン
見藤祐護「改めて、誕生日おめでとう!」
ケーキに引っかからないように、テーブルの横で互いにクラッカーを向け合う。
そして紐を引っ張って、天井へ、放つ!
パァン!!
とりどりの吹雪と紙テープが宙を舞い、俺とツカサに降り注いだ。
三ツ森ツカサ「あと二年もしたら十八だし、祐護さんも俺に人生を預けてもいいって思うようになるかもな!」
カラフルな紙テープを浴びたツカサが破顔する。
三ツ森ツカサ「祐護さん、早速あーんしてくれよ」
見藤祐護(良かった、口移しじゃなかった)
十六本のろうそくを撤去して、ケーキを六等分する。
そのうちの一ピースを取り皿に移して、フォークと共にツカサの前に運ぶ。
見藤祐護「ツカサ、口、開けて」
フォークを横にして、ケーキのとんがった部分を一口大に切る。
ツカサが形の良い唇を遠慮なく大きく開く。
俺がそっと入れたケーキに歯を立てて、咀嚼して飲み込んだ。
三ツ森ツカサ「・・・・・・過去最高においしい」
丸く見開いた瞳がキラキラと輝いた。
〇白いバスルーム
見藤祐護(ついにこの時間が来てしまった)
ツカサはすでにすべてを脱ぎ捨てて、風呂場で身体を洗っている。
見藤祐護(朝みたいに迫ったりしないって言ってたし、昔のものとはいえ俺が作った『なんでもいうことをきく』券だし・・・・・・)
見藤祐護(ツカサもそろそろ湯船に行くだろうから、いいかげん覚悟するか)
〇白いバスルーム
全身を洗い終えたツカサは湯船に入らずに俺を待ち構えていた。
胸から腹に走るギザギザの傷跡を指さして、うっすらと微笑んでいる。
三ツ森ツカサ「祐護さん、ここに触ってよ」
これは過去にツカサが交通事故に遭った際に、割れたガラスやコンクリート片が刺さってできたものらしい。
ツカサは躊躇う俺の右手を取って、胸の傷に押し当てた。
縫い合わされた肉が盛り上がっている。
見藤祐護(暖かい。心音もしっかりと感じ取れる。 とても力強くて、早い)
三ツ森ツカサ「祐護さんはこれを受け入れてくれたでしょ? 雨の日は痛むって、信じてくれたでしょ?」
三ツ森ツカサ「お姉ちゃんやお兄ちゃん、他の子たちも同級生も、みんな信じなかったのに」
三ツ森ツカサ「かわいそうぶってるとか、気を引きたいだけとか。 みんな、俺のことなんてわからないのに、好きなように解釈してた」
三ツ森ツカサ「俺がここに来た日は雨だったから、これが痛んで。 胸を押さえてたら、祐護さんは言ったじゃん」
三ツ森ツカサ「『痛いの、平気?』って。 俺、その時はもう、痛いとか言うのやめてたのに」
三ツ森ツカサ「祐護さんは俺の、言わない痛みを感じて、信じてくれた」
ツカサは俺の手首を解放した。
俺はツカサの鼓動から手を離して、代わりに彼の濡れた髪を撫でた。
ツカサがはにかむ。
そこに出会った頃の面影を見つけて、胸の奥がじんわりと暖かくなる。
三ツ森ツカサ「祐護さん、あの時さ、俺にお守りをくれたじゃん。 子が患わないためのものだって」
ツカサが言っているのは、乾燥させたムクロジの実に穴を開けて朱色の紐を通した簡素なお守りだ。
三ツ森ツカサ「紐は少し歪んでたけど、ムクロジはつやつやで。 俺はもらったその日からずっと、肌身離さず持ってる」
三ツ森ツカサ「・・・・・・祐護さんには隠してたけどね」
ツカサに渡したものは茜が俺にくれたものだったけど、苦しんでいるこの子にこそ渡すべきだと思ってそうした。
三ツ森ツカサ「でも、もう隠さない。 ・・・・・・祐護さんはどうしようもなく鈍感だから」
三ツ森ツカサ「『なんでもいうことをきく』。 聞いてくれてありがとう、祐護さん」
見藤祐護「ひゃっ!」
ツカサが俺に抱きついて、温かい胸を俺の腹に押しつけた。
三ツ森ツカサ「もうちょっとだけこうさせてくれよ」
俺の背にツカサの腕が回る。
それ以上のことは何も要求されなかった。
〇ダブルベッドの部屋
見藤祐護「今更だけどこれ・・・・・・誕生日、おめでとう」
ツカサが包みを開いて、キャロルアスターのぬいぐるみを取り出す。
競馬を思わせる優勝レイはあらかじめ取っておいた。
三ツ森ツカサ「これ、アスターだよな!かわいい! ありがとう、祐護さん!」
包みごとアスターを抱きしめて、ツカサはベッドに飛び込んだ。
三ツ森ツカサ「仕方ないから今日はアスターを祐護さんの代わりにしてやるよ。 いつか祐護さんも一緒に抱きしめるけど!」
三ツ森ツカサ「・・・・・・おやすみ、祐護さん」
見藤祐護「おやすみ、ツカサ」
〇高い屋上
見藤祐護(おやすみを言ったはいいけど、結局今日もなかなか眠りにつけなかった)
見藤祐護(ツカサとも色々あった、ありすぎた。 茜のことだって、いっぱい思い出した。 目を閉じてると、二人のことをもっと考えてしまう)
見藤祐護(せめて今日は、昨日よりはマシな徹夜ができるといいな)
花壇に腰掛ける。
黒い夜空に浮かぶでたらめな配置の星たちを、これまたでたらめに結んで星座を作っていく。
見藤祐護(ナイルの流れ座、真実の物差し座。 実在しなさそうな星座って、こんな感じの名前だろうか・・・・・・)
三ツ森ツカサ「祐護さん、レモンバームティーを淹れてきたよ」
見藤祐護「レモンバームティー座もなさそう・・・・・・」
見藤祐護「じゃない!ツカサ、どうして急に!? もう深夜2時過ぎだよ!?」
両手にマグカップを持ったツカサが目の前に立っている。
三ツ森ツカサ「アスター抱いてたら祐護さんのことばっか思い出してモヤモヤして。 祐護さん探したらここにいたから気を利かせただけ」
ツカサがレモンバームティーの入ったマグカップを俺に渡す。
三ツ森ツカサ「それにしたって、なんでここにはテーブルセットを置かないんだ? もののついでで置いてもおかしくない場所だろ」
いつもなら適当にはぐらかす質問だった。
けれど風呂でされた告白を思うと、隠せなかった。
〇雲の上
見藤祐護「もうこれ以上、ここの景色を変えたくないからだよ。 ここに朝が来なくなったの、茜がいなくなってからだから」
〇高い屋上
三ツ森ツカサ「・・・・・・結局茜って性別年齢その他諸々何なんだよ。 っていうか祐護さんの何!?」
見藤祐護「茜は男で、年齢は親子ほども離れてるから。 実際、保護者みたいなものだったし、ツカサが想像するようなことは一切ないから」
三ツ森ツカサ「本当かよ? 話してる祐護さんの目、すっごい潤んでるのに」
俺の下瞼を擦ったツカサの指が、濡れた。
三ツ森ツカサ「・・・・・・その茜より俺の方がよっぽど祐護さんのこと好きだから言うけどさ」
三ツ森ツカサ「俺はここで祐護さんと出会って、祐護さんへの感情をたくさん変化させてきた」
三ツ森ツカサ「心配だったり、安心したり、大切だったり、ドキドキしたり」
三ツ森ツカサ「そんな感じで、ここの景色だって祐護さんの好きに変化させても良いんじゃないか」
三ツ森ツカサ「・・・・・・祐護さんが幸せになれるように」
下瞼に溜まる液体を流す代わりに、マグカップの中のレモンバームティーを飲んだ。
まろやかな甘みに、短く息を吐く。
見藤祐護「・・・・・・好き」
三ツ森ツカサ「どうせ、俺の淹れたものが、とか言うんだろ?」
イエスもノーも返す気はなかった。
見藤祐護(ツカサの言葉を聞いて、確信めいたものが心に瞬いたんだ)
見藤祐護(ツカサといれば自分の運命だって、「大切な人が必ずいなくなる」って道筋だって、単なる思い込みだって・・・・・・)
見藤祐護(そういう風に思えるようになるんじゃないかって)
架空の夜空で、一粒の星が流れた。
それに続くように、糠星が夜空を滑る。
〇幻想
進む時を見せつけるかのように、星が生まれて、光の線となり、遙か上空を巡る。
見藤祐護「ツカサ、見上げて! 流れ星しかない!」
三ツ森ツカサ「そういう嘘でごまかすのは・・・・・・って! なにこれ!?」
ツカサの動揺になど目もくれず、すべての星は輝きを連れて流れる。
俺は手を合わせる代わりに、マグカップを両手で掴んで目を閉じた。
見藤祐護「ツカサがずっとそばにいますように」
三ツ森ツカサ「今、なんて!?」
見藤祐護「ツカサが患いませんように」
三ツ森ツカサ「最初のヤツ!」
〇高い屋上
見藤祐護「・・・・・・ツカサが患わず、ずっとそばにいますように」
心の中をキラキラと流れる思いが、唇から飛び立った。
三ツ森ツカサ「祐護さん、大好き」
それを受け止める大切な人は、目の前にいた。
見藤祐護(俺の好きに、大好きが返ってきた。 ・・・・・・いつぶりだろう、こういうの)
穏やかな気持ちのまま、残ったレモンバームティーを飲み干す。
見藤祐護「眠れそうになってきた」
三ツ森ツカサ「今日こそ俺と一緒に寝る?」
見藤祐護「・・・・・・だ、ダメ!」
拒否する言葉に緊張が混ざる。
見藤祐護(ツカサが前に言った通り、俺は家族以上の意味でツカサを好きなのかもしれない。 だから・・・・・・)
今はツカサへの気持ちの整理が付くまで、ゆっくりと距離を縮めていきたいと思った。
三ツ森ツカサ「じゃあいつなら良いんだよ?」
見藤祐護「いつか、ね」
三ツ森ツカサ「その時になってやっぱやめたとか言うなよ! 約束だからな!」
見藤祐護「・・・・・・うん、約束」
ツカサを見上げて小指を差し出す。
三ツ森ツカサ「針千本飲ませないってか、ぜってー逃がさねーから! 覚悟しとけよ、祐護さん!」
俺の小指とツカサの小指が強く結びついて、親と子供がするように約束が結ばれる。
それから、ツカサによる追撃が、温かく唇に一つ。
三ツ森ツカサ「・・・・・・俺は祐護さんの恋人目指してんだから、それ忘れんなよ」
見藤祐護「あ、う、うん・・・・・・」
ツカサに聞こえるのではないかと思うほど心音が煩い。
それが俺のツカサへの思いの答えだと、叫ぶように脈打っていた。
見藤祐護(ツカサの唇。柔らかくて、温かかった・・・・・・)
三ツ森ツカサ「どうしたんだよ祐護さん。お、王子からのキスで寝れなくなった?」
見藤祐護「そ、そんなわけ・・・・・・」
否定するだけの材料がない。
唇の感触は消えないし、心音が大人しくなる気配はない。
三ツ森ツカサ「ってか、俺だって照れてないわけじゃないから! じゃ、おやすみ」
空になったマグカップを奪って俺に背を向けたツカサのパジャマの裾を、反射的に握ってしまった。
見藤祐護「あ、ご、ごめ・・・・・・。何やってるんだろう、俺・・・・・・!?」
三ツ森ツカサ「今のでわかったよ、祐護さんは絶対約束破んないって! ・・・・・・やっぱり大好き」
ツカサが身を翻して俺の身体を強く抱きしめた。
見藤祐護(大好き。俺もいつかツカサにそう言うことができるようになるんだろうか)
俺は今の気持ちを表現するように、温かなツカサの背に躊躇しながらもゆっくりと腕を回した。