第1章:襲撃(脚本)
〇警察署の入口
2130年、日本。
出生率の低下を補うため移民を積極的に受け入れた結果、今や日本の全人口に占める移民の割合は3割を超えるようになっていた。
犯罪の凶悪化が加速し、いまでは一般市民にまで銃の携帯が許可されている。
麻生東亜(ふう・・・ 久しぶりに留置場で1泊したが、体が痛くてたまらんぜ)
雪平エマ「麻生!」
麻生東亜「おう、雪平・・・」
麻生東亜「悪かったな、身元保証人なんか頼んじまって・・・」
雪平エマ「まったくよ! いい迷惑だわ!」
麻生東亜「すまんな。俺は天涯孤独だし、今の知り合いにも、カタギのヤツは少なくてな・・・」
雪平エマ「だからって、現職刑事の私をホイホイと頼んないでくれる?」
麻生東亜「すまん。昔の刑事仲間も今の俺には愛想を尽かしてるみたいでな・・・」
麻生東亜「もう、同期のお前くらいしか頼れる奴がいないんだ」
雪平エマ「私だってもう愛想を尽かしたいわよ!」
雪平エマ「警部補の私が、アンタなんかの身元を引き受けてるなんてことが知れたら、下の者にも示しがつかないじゃない!」
麻生東亜「すまん・・・」
雪平エマ「らしくないわね・・・」
雪平エマ「昔のアンタなら、もっと食ってかかってきてたわよ」
麻生東亜「そうだったかもな・・・」
雪平エマ「それに、昔のアンタなら・・・」
雪平エマ「対象に尾行がバレて警察に通報されるなんてことも、なかったでしょうね」
麻生東亜「・・・・・・」
雪平エマ「昨日入った時に預かった物を、返すわ」
そう言うと雪平は、俺の私物が載ったプラスチック・トレイを持ってきた。
雪平エマ「探偵(オプ)のライセンスカードと・・・」
雪平エマ「携帯端末と・・・」
雪平エマ「ウェアラブル端末と・・・」
雪平エマ「・・・・・・」
紙袋の中の小瓶を見た雪平の手が止まった。
雪平エマ「お酒・・・まだやめてないのね」
麻生東亜「・・・・・・」
雪平エマ「もしかして、尾行に失敗したのもそのせいなんじゃないの?」
雪平エマ「足元がふらついて、対象に身をさらしたりしたとか・・・?」
図星だった。
しかし俺は精一杯の虚勢を張った。
麻生東亜「そんなことはないさ」
麻生東亜「むしろ、飲んでるときのほうがしっかりしてるぐらいだ」
俺は、彼女から取り返した小瓶を上着の内ポケットに乱暴に突っ込んだ。
雪平エマ「・・・銃は持ち歩いてないの?」
麻生東亜「あんなものは・・・もう役に立たん・・・」
麻生東亜「少なくとも、今の俺にはな」
雪平エマ「・・・ふう・・・・・・」
彼女は長いため息をついた。
雪平エマ「今のアンタをミクリが見たら、どう思うかしらね・・・」
麻生東亜「その話はするな!」
麻生東亜「お前だってその話は・・・」
雪平エマ「そうね。悪かったわ・・・」
麻生東亜「いや・・・・・・」
二人の間に気まずい沈黙が流れた。
麻生東亜「・・・すまんが、そろそろ帰らせてもらう」
麻生東亜「明日の朝には依頼人が来るんだ」
麻生東亜「今日じゅうに報告書をまとめなきゃならん」
雪平エマ「そう・・・それじゃあね」
麻生東亜「今回は本当に助かった。ありがとうな・・・」
雪平エマ「バカ・・・礼なんていいから、さっさと行きなさいよ」
麻生東亜「ああ、部下に見られちゃマズいんだっけか。じゃあ、またな」
雪平エマ(バカ・・・)
〇応接室
俺は住居兼仕事場である事務所に、1日ぶりに戻ってきた。
麻生東亜(さて、まずは酒を・・・)
麻生東亜(いや、いかんいかん・・・)
麻生東亜(とりあえず、先に報告書をまとめるか)
俺はPCを開いて口述筆記アプリを起動した。
麻生東亜「あー、10月30日、午後8時40分、対象者Aが対象者Bとともにホテル『シルバニア・ラバーズ』に入るところを確認・・・」
麻生東亜(この後、尾行がバレて警察に通報されたことは、報告には書かないでおくか・・・)
麻生東亜(しかし、くだらないな・・・)
麻生東亜(浮気調査に、結婚相手の身上調査。こんなのが本当に俺のやりたいことだったのか?)
麻生東亜(おまけに、酒を手放せない生活が続いて、もう体もボロボロだ・・・)
麻生東亜(なあ、ミクル・・・お前が生きてたら、今の俺を笑うだろうか)
麻生東亜(それとも、怒ってケツでもひっぱたかれてるかな・・・)
その時、外から誰かがドタドタと入ってくる音がして、俺の妄想は断ち切られた。
イェン「ハァ、ハァ・・・すいませーん!!・・・あっ! いた!」
スイ「よ、よかった・・・」
息せき切って駆け込んできたのは、二人の女の子だった。
イェン「おじさんが、アソーさん!?」
麻生東亜「ああ、そうだが?」
麻生東亜「キミらは、いったい・・・?」
イェン「細かい話は後にして!!」
イェン「今は、一緒に逃げるか、戦う準備をして!!」
スイ「わ、わたしたち・・・」
スイ「お、追われてるんです・・・!!」
麻生東亜「いや、順を追って説明してくれないか?」
イェン「もう、そんなヒマ無いんだってばー!!」
バァーン!!
その時、ドアを蹴り破って何者かが事務所に入ってきた。
怪人「フシュー・・・」
怪人「フシュルルー・・・」
イェン「ほらー、来ちゃったじゃん!!」
麻生東亜「な・・・なんなんだ!! アレはっ!?」
イェン「わかんないけどー、ウチらを追ってきた敵だよー!!」
怪人「コー・・・ホー・・・」
ソイツは突然うなり声を上げると、腕を大きく振りかぶり、応接テーブルに叩きつけた。
バキャッ!!
木製のテーブルが派手な音を立てて真っ二つに割れた。
木片と木クズが周囲に飛び散る。
イェン「きゃあーーっ!!」
スイ「いやぁーーっ!!」
イェン「・・・おじさん強いんでしょ? アイツをなんとかしてよー!!」
麻生東亜「誰に聞いたか知らんが、昔の話だ」
そうこうしてるうちにも、ソイツはじりじりと距離を詰めてくる。
麻生東亜(さっきのコイツのひと振りを見る限り、ヒグマ並みの腕力がありそうだ)
麻生東亜(あれが人間に当たったらひとたまりもないだろう)
麻生東亜「おい・・・」
俺は、ヤツの死角になる位置の机の引き出しをゆっくり開け、中身を二人に見せた。
イェン「・・・!!」
スイ「・・・!!」
俺はヤツから見えないように、指を3本つき出して二人に示した。
最後に、自分の目と耳を指さしてから、ゆっくりまばたきする。
イェン「(うん・・・)」
スイ「(はい・・・)」
二人とも無言でうなずいた。
どうにか意図は伝わったようだ。
怪人「ウウ・・・ウウゥ!!」
ソイツは再びうなり声を上げて右手を振りかぶった。
麻生東亜(今だっ!!)